1. 幹細胞治療市場の構成要素と規模
幹細胞治療市場の基本は、幹細胞を使った治療と、その治療に供給される幹細胞などのリソースによって成立しています。幹細胞を使った治療は再生医療とも呼ばれ、医療機関などで行われるもので、それらに供給される幹細胞などはメーカーが製造・販売を行います。
以前ですと、消費者との接点は医療機関にほぼ限定されていましたが、近年では、幹細胞培養上清を使った製品も販売されており、幹細胞自体の市場を構成する要素は多様化の傾向を示しています。消費者が求めているものは、再生医療による患者の機能不全、損傷を受けた組織の修復、抗加齢(アンチエイジング)が代表的なものとして挙げられます。
しかし、多様化が進んでいるとはいっても、やはり中心は「再生医療」に伴う医療の提供と、その治療行為に必要なリソースの提供はこの市場の中心です。今後、幹細胞と創薬のつながりが密接になってくると、患者への医療提供に関わることと、製薬会社などの創薬事業が2本の大きな柱になる可能性がありますが、それままだ先の話になりそうです。
幹細胞治療関係の市場は、2019年には87億3000万アメリカドルの規模でしたが、COVID-19の影響によって、2020年の規模は86億2000万アメリカドル、CAGR(年平均成長率)にして-1.24 %に縮小すると予想されています。
各国政府による封じ込め措置、商業活動の縮小をはじめとして、リモートワークの推奨なども影響しています。予期せぬ形でリモートーワークをせざるを得ない状況になったために、各方面での準備不足が影響しています。しかし、各国で対策、新しい労働環境への準備などが今後進むと考えられるので市場は回復し、2023年には147億6000万アメリカドルまで規模が拡大すると予想されています。
2. 幹細胞治療市場が大きく拡大する理由
幹細胞を使った治療は、COVID-19の影響が出る以前であっても拡大傾向でした。長時間労働、不健康な飲食週間などによる慢性疾患の有病率は、多くの先進国で増加しており、この結果として幹細胞治療の需要が増加したためです。今後も慢性疾患の患者は増え続け、2030年までに、全志望者数の約70%が慢性疾患が原因となることが予想されています。このことからも、今後の幹細胞治療市場の拡大は確実と考えられています。
そして、COVID-19の影響も無視できない状況になっています。予期せぬ形で始まったため、社会的な影響をうけた結果、幹細胞治療市場は一時的な減少を避けることができませんでした。しかし、社会活動が安定した後は先に述べたように市場規模の回復が見込まれているだけでなく、COVID-19によってさらに幹細胞治療市場の拡大に勢いがつく可能性もあるのです。
COVID-19に対する治療で幹細胞を使う、というアイデアはいくつか発表され、データ上は有効とされているものもあります。しかし、直接COVID-19の治療を行わないケースで、幹細胞治療が今後拡大する理由があります。
それは、COVID-19によって死亡する患者の多くは基礎疾患を抱えています。基礎疾患を持つ人が感染した場合、重症化には大きな注意を払わなくてはなりません。健常者が感染するよりも、基礎疾患を持つ人が感染した方が重症化リスクが高くなるからです。
よって、このような状況になった時に基礎疾患を持っていると重症化リスクが高くなる、死亡率が高くなる、と考え、今まで基礎疾患の治療に熱心でなかった人達が基礎疾患の状況改善、または治癒に意識を向けるのではないか、という予想です。
こういった感染症に対して、基礎疾患有病者が脆弱である事は毎日流されるニュースで誰もが知るところとなりました。よって、基礎疾患に対する意識も変わってくるのではないかと予想されています。COVID-19が収束したとしても、冬になれば毎年インフルエンザの流行するリスクは高くなります。このような一般人の意識の変化も幹細胞治療市場の拡大を後押しすると考えられます。
3. 幹細胞治療市場拡大における問題点
幹細胞治療市場の拡大にハードルがないわけではありません。幹細胞治療の多くは、現時点では高額なコストを必要とします。この高額なコストこそが市場拡大のハードルです。
先進国では、公的な医療資金は常に問題を抱えています。この状態でコストのかかる幹細胞治療の医療費を、ある程度公的資金で負担するだけで、今の問題はさらに大きな問題となってしまいます。平均費用は、アメリカでは2万アメリカドルから2万5000アメリカドル、メキシコ、中米では3万アメリカドルから3万数千アメリカドル、そしてアジアでは平均して5万アメリカドルかかります。
一時的に幹細胞治療のニーズが増加し、市場が拡大したとしても、現在の経済システムでは各国の公的医療資金が持続できなくなった時点で市場の拡大は終了し、拡大時よりもはるかに早い勢いで市場は縮小します。ただでさえ持続が危ぶまれている公的医療資金に、高額治療である幹細胞治療がとどめを刺す形になってしまいます。
そのため、現在の幹細胞治療における大きな課題の1つに、「コストの削減」が挙げられます。コストを削減することによって幹細胞治療をさらに普及させる、また国の公的医療資金に対する負担を減らす、を行わないと幹細胞治療市場は不安定な市場となってしまいます。
また、先進国だけでなく、中堅国、発展途上国には多くの慢性疾患有病者が存在しています。しかし、不十分な公的医療資金、国民の経済状況などで十分な治療を受けることができない人が多いことが現状です。これが先進国と比較して、中堅国、発展途上国の平均寿命が短いという事につながっています。そして、中堅、発展途上国への市場拡大を考えるのであればコスト削減は必須であり、こういった国々に市場を拡大させることができれば、幹細胞治療市場は持続性を持った市場になると考えられます。
4. 今後の幹細胞治療市場の展望
今後の幹細胞治療市場の展望として、戦略的なパートナーシップの存在が重要になってきます。市場を構成している企業は、戦略的パートナーに対して投資を増加させつつあります。直接競合しない企業が、相互利益を目的として共同プロジェクトを行う、というスキームが主なものになっています。
例えば、2018年、重篤な疾患を対象として遺伝子編集プラットフォームを用いたトランスフォーマティブ医療を開発したバイオテクノロジー企業であるCRISPR Therapeuticsと、カリフォルニア州に拠点を置く再生医療企業のViaCyteが、糖尿病治療のための同種幹細胞治療薬の開発と商業化に向けて提携しています。こういった提携の特徴は、他分野での提携と比べてかなり目的が具体的で明確、というところにあります。
幹細胞治療、再生医療では新しい技術の開発には大きなコストがかかるため、予め目的を具体化し、効率重視のプロジェクトを運営しないと、失われるものが大きくなってしまいます。また、一方でそのコストの大きさゆえに、各企業は提携、共同開発に対しては抵抗なく行うという面もあります。市場を見通したい場合は、Aという企業とBという企業が提携すると何ができるのか?を予想することが重要です。
そして、市場がターゲットとする地域ですが、2019年時点では北米地域が最大の市場でした。市場拡大のターゲットは世界という事は当然なのですが、特にアジア太平洋地域、欧州、中東は力を入れるのではないかと考えられます。この地域の国々は苦労しているとはいえ、相対的に公的医療資金が充実しており、中国、中東には新たな富裕層も生まれつつあるためです。
そして市場を判断するためには、療法のタイプ(同種幹細胞療法、自己幹細胞療法など)、細胞の由来(成体幹細胞、誘導多能性幹細胞、胚性幹細胞)、用途の別(がん、自己免疫疾患などのターゲットとなる疾患)を意識して区別する必要があり、それぞれの特性を把握しておく必要があります。
さらに、今後はエンドユーザー(医療機関など)は多様化する可能性があるため、何が何にどう使われるか、という事についても注意が必要です。そしてそれに伴って、何が規制されるのか、規制によって被害を受ける領域はどこなのかは常に気にしておかなければならない事柄でしょう。