1. ES細胞から腎臓を作り出すことに成功
熊本大学発生医学研究所の西中村隆一教授らの研究グループは、マウスのES細胞から、マウス腎臓を作ることに成功したと発表しました。
この研究グループは、2014年にはマウスES細胞と、ヒトiPS細胞から腎臓のネフロン前駆細胞を誘導する方法を世界に先駆けて確立し、腎臓組織の人工的な作成を研究する分野で世界をリードしました。
さらに2017年にはやはり腎臓組織の一部である尿管芽を多能性幹細胞から誘導する方法を発表しています。
後に詳しく述べますが、この研究によって、腎臓に重要な3つの前駆細胞全ての人工誘導方法が確立され、今後の腎臓疾患の治療に大きな進歩が見られました。
まず、ヒトの腎臓についての一般的な解説をしましょう。
ヒトの腎臓は、腰のやや上、背中側にある臓器で、左右1つずつあります。
腎臓の役割で最も大きなものは、尿の生成です。
腎臓には心臓から送り出される血液の約25 %が流入し、腎臓内の糸球体で濾過されます。
ここで濾過された液体は原尿と呼ばれ、成人で1日におよそ150リットル作り出されています。
この原尿の中には、老廃物、アミノ酸、電解質、糖、そして水分が含まれています。
この段階で、原尿には老廃物のように身体に必要のない物質と、アミノ酸などのように身体に必要武物質が含まれている状態です。
そしてボウマン嚢という場所を原尿が通過し、尿細管を流れている間に再吸収され、血液中に戻されます。
老廃物のみとなった尿は、尿管から膀胱へ流れ、尿として排尿されます。
老廃物は体内に蓄積されると健康を害するため、スムーズになるべく早く体外に排出される必要があります。
腎臓の作用により、体内の水分量、血液中の電解質濃度が一定に保たれ、さらに血圧の調節も腎臓は行っています。
他にも骨を作るための栄養素の活性化、赤血球を作るために必要な造血ホルモンの合成など、健康を保つ上で非常に重要な臓器です。
腎臓に障害が起こると、タンパク質や赤血球が尿の中に多く含まれるようになります。
尿検査で異常に認められるというのは、こういった現象が検出されるときであり、腎臓病などのサインである可能性が高いとされています。
腎臓は、慢性腎臓病などで機能を失うことがありますが、検査などで異常が見つかったときに対処をしないと、検査の結果以外、例えば自覚症状がないまま疾患が進行し、自覚症状が出るときにはかなり病状が深刻化しているケースがほとんどです。
この疾患の怖さは、腎臓の働きは回復することがほとんど見込めず、進行を遅らせることのみが治療としての手段になることです。
2. 腎臓疾患の治療
腎臓疾患の治療には、一般療法、食事療法、透析療法、血漿交換療法などがあり、その時の病状に応じて治療方法が選択されます。
患が進行して尿を作る機能が完全に失われると、透析療法、腎移植が選択されます。
これはつまり、「尿を作る機能が完全に失われると、治療によって元に戻す事ができない」ためです。
透析は腎臓の機能を人工的に代替する治療で、定期的な通院が必要であり、患者に大きな負担がかかります。
さらに透析にはいくつかのパターンがあり、病状など、患者の状況に応じて、血液透析(Hemodialysis)、腹膜透析(Peritoneal Dialysis)、血液濾過(Hemofiltration)、血液透析濾過(Hemodiafiltration)、持続性血液透析濾過療法(Continuous hemodiafiltration)、そして血漿交換、二重濾過、直接血液吸着療法を含むアフェレーシス(Apheresis)が選択されます。
腎臓疾患のポイントは、慢性化する率が高いため進行、悪化を防ぐことが重要です。
進行すると、心不全、高血圧、脂質異常症などの合併症を発症する事が多く、腎臓の機能を消失と同時に他臓器に大きな疾患を抱えてしまうことになります。
腎臓機能が完全に失われた場合の治療方法として用いられている透析療法は人工的に腎臓機能を代替する治療方法、腎移植は失われた腎臓機能を他家からの移植された腎臓によって代替しようとする治療方法です。
そして幹細胞研究の進歩から、もう一つの流れができます。
それこそが、今回の研究成果に見られる、「幹細胞によって腎臓を作り出す」という方法です。
その作り出した腎臓を移植すれば、腎移植と同様の治療効果が期待できるばかりか、もし自分の細胞から作成したiPS細胞から作った腎臓であれば、他家移植による拒否反応も防ぐことができます。
3. 研究グループが目指す、「腎臓作成」
腎臓に限らず、臓器の多くは「管」が重要です。
腎臓は濾過が主な機能なので、腎臓内に多数分岐された管の周辺に、濾過装置が配置されています。
この構造はかなり複雑で高次な構造で、これらを構成する細胞は、ネフロン前駆細胞、尿管芽、間質前駆細胞の3つの前駆細胞から作られます。
この研究グループは、3つの前駆細胞のうち、ネフロン前駆細胞と尿管芽について、マウスES細胞とヒトiPS細胞を使って誘導する方法を確立しました。
今回の研究では、もう1つの前駆細胞である間質前駆細胞を誘導する方法を確立しています。
さらにマウスES細胞から構築したこの間質前駆細胞を、同じくマウスES細胞から誘導したネフロン前駆細胞と尿管芽と組み合わせることによって、腎臓の高次構造を構築することに成功しています。
構築された腎臓構造の細胞集団は、「マウスES細胞由来の人工腎臓」と言えるものであり、実際にこの腎臓をマウスに移植すると血管がこの腎臓内に誘導され、さらに臓器としての成熟が確認されました。
ネフロン前駆細胞は、血液を濾過して尿を賛成するネフロン(糸球体、尿細管)、尿管芽は多数に分岐して集合管と呼ばれる尿の排泄路を作ります。
この集合管は分岐の先端でネフロンとつながりますが、これらの隙間を埋めるのが間質であり、間質前駆細胞から作られます。
間質前駆細胞は他にも重要な役割を持っています。
ネフロンの分化、尿管芽の分岐は、この間質前駆細胞がコントロールするため、腎臓の高次構造を構築するためには間質前駆細胞は必須の細胞です。
研究グループは、胎児期のマウス腎臓で間質前駆細胞の遺伝子発現パターンの特徴、発生メカニズムを解析し、間質前駆細胞になる幹細胞が含まれている後方中間中胚葉の単離方法、そして単離した組織細胞を間質前駆細胞まで誘導する培養条件を特定しました。
このデータをもとにして腎臓の高次構造を人工的に作成、そしてマウスに移植したわけですが、先にも書いたように、移植するとさらにこの人工的な腎臓は成熟しました。
体外で人工的に作った腎臓には血管がありませんでしたが、移植することによって、マウスの血管が伸びて人工腎臓に侵入し、血液が流れ込んだことが原因です。
この成熟によって、濾過機能に重要なメサンギウム細胞、血圧調節を行うレニン産生細胞などの特殊な間質細胞もES細胞から分化しました。
つまり、今回の研究で、腎臓に必要な3つの前駆細胞のうち、分化誘導に成功していなかった間質前駆細胞の誘導に成功したことによって、マウスへの移植実験段階まで進み、移植実験によってまだ誘導方法が確立されていなかった間質の細胞群の誘導が見られたということになります。
3つの前駆細胞誘導法が揃い、実際にマウスに移植することが可能になり、有用なデータを非常に多く得ることができたということも、この研究が臨床応用に貢献したポイントです。
4. 腎臓の再生に大きな光
現段階ではマウスを使った実験ですので、感覚的にはヒトに応用するには遠く思えるかもしれませんが、この段階はかなりヒトへの応用が近くなったと解釈することができます。
メサンギウム細胞の分化誘導、レニン産生細胞の分化誘導は、いずれも腎臓の機能を担う重要な細胞ですので注目されていましたが、その誘導が移植と血流によって可能になったということは、今後血流内のどのような成分が誘導を促したか?を解析することを可能にしています。
誘導する分子がわかれば、その分子の性質などから、分化誘導するための培養条件がある程度絞り込めますので、今後の研究展開は一気に加速すると考えられます。
これまで、腎臓機能を失った患者は、なかなか適合したドナーが現れない腎移植を待つ、そして定期的に透析をするために医療機関に通う、という負担を背負わざるを得ませんでした。
腎臓機能を復活させる治療方法がなかなか確立されないために、人工的な治療によって腎臓の機能を代替する、または新しい腎臓をドナーから移植するという方法を取るしかありませんでしたが、今後は自分の細胞から作られた人工的な腎臓を移植する方法が治療方法として主力になる可能性があります。
また、生まれつき腎臓機能に問題を抱えるケースもあるため、こういった人々がその後の生活を健常人と同じ生活の質で行うためにも、腎臓の再生、人工的な構築は重要な応用研究課題と言えるでしょう。