ヒト多能性幹細胞から唾液腺オルガノイド作製 再生医療への一歩

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「唾液が出ない」苦しさに、組織を作り直すという発想

唾液は、口の中を湿らせるだけの液体ではありません。食べ物を飲み込みやすくしたり、話しやすくしたりするほか、歯や口の粘膜を守る役割もあります。

そのため、唾液の量が大きく減ると生活への影響は想像以上に大きくなります。食事がしにくい、会話がつらい、口の中が傷つきやすいといった問題が起こり、むし歯などの口腔トラブルにもつながります。

唾液腺の機能が低下する原因の一つが、頭頸部がんに対する放射線治療です。がん細胞へ放射線を当てる際に唾液腺も損傷すると、治療後も長く唾液が出にくい状態が続くことがあります。自己免疫疾患のシェーグレン症候群でも、唾液腺が傷つき、強い口の乾燥が現れます。

現在は、唾液の分泌を促す薬や人工唾液などを使って症状を和らげる方法があります。しかし、一度大きく傷ついた唾液腺そのものを元の状態へ戻すことは簡単ではありません。

そこで研究されているのが、幹細胞から唾液腺の組織を作り、失われた機能を補うという再生医療の考え方です。

2026年9月、University at BuffaloやUniversity of Missouriなどの研究チームが、ヒト多能性幹細胞から唾液腺に似た立体組織を作製した研究を『Nature Communications』に発表しました。

作られたのは「オルガノイド」と呼ばれる小さな三次元組織です。今回の成果は、培養皿の中で唾液腺に似た細胞を作るだけでなく、マウスへ移植した後にも唾液腺の組織として成長する可能性を示しました。

胎児の発達をまねて、幹細胞を「唾液腺のもと」へ導く

今回の研究で重要なのは、幹細胞を単純に培養したわけではない点です。

研究チームは、ヒトの体の中で唾液腺が作られていく発達の流れを参考にしました。もとになったのは、多能性幹細胞(PSC)です。多能性幹細胞は、条件に応じて体を構成するさまざまな細胞へ変化できる細胞です。

研究チームは培養環境を段階的に変え、まず多能性幹細胞を「唾液腺上皮前駆細胞(SGEP)」へ誘導しました。前駆細胞とは、まだ完成した唾液腺細胞ではないものの、将来その細胞へ育つ途中にある細胞です。

さらに、この前駆細胞を三次元環境で育てると、細胞同士が集まり、自ら立体構造を作り始めました。こうして作製されたのが唾液腺オルガノイドです。

オルガノイドの内部には「管腔」と呼ばれる空間が形成されました。実際の唾液腺にも、作られた唾液を集めて流すための構造があります。研究では、作製したオルガノイドがこうした唾液腺に似た構造と、分泌に関係する特徴を持つことが確認されました。

遺伝子の働きについても解析が行われています。研究チームは通常のRNA解析に加え、一つひとつの細胞を詳しく調べる単一細胞RNA解析を利用し、作られた細胞がどのような性質を持つのかを確認しました。

つまり今回の方法は、幹細胞を力づくで一種類の細胞へ変えるというより、体内で起きる発達の順序を人工的に再現しながら、唾液腺へ育つよう導いた方法といえます。

マウスへ移植すると、三つの主要な唾液腺細胞が現れた

培養皿の中で唾液腺に似た組織を作れても、それだけでは再生医療に利用できるとは限りません。体内へ移植したときに生き残り、周囲の組織となじみ、必要な細胞へ成長できるかを確認する必要があります。

研究チームは、作製したヒト由来の唾液腺オルガノイドを免疫不全マウスの顎下腺へ移植しました。免疫不全マウスは移植したヒト細胞を排除しにくいため、ヒト由来組織が体内でどう変化するかを調べる研究に使われます。

University at Buffaloの発表によると、移植されたオルガノイドは40日以上生き残り、マウス自身の唾液腺組織へ組み込まれていました。

さらに、移植後の組織には実際の唾液腺を構成する複数の細胞が確認されました。

一つは「腺房細胞」です。唾液のもとになる液体を分泌する細胞です。もう一つが、作られた唾液を口の方向へ運ぶ「導管細胞」です。そして、腺房の周囲から収縮して分泌を助ける「筋上皮細胞」の特徴を持つ細胞も確認されました。

内部には、唾液が流れる通り道にあたる管腔構造も形成されていました。

つまり、幹細胞由来の細胞が体内でただ生き残っただけではありません。移植された場所の環境に入り込み、唾液腺を構成する複数の細胞へ分かれていく様子が確認されたことになります。

再生医療へつなげるうえで、「作れた」から「移植後にも組織として存在できた」へ一歩進んだ点が、今回の研究の大きな意味です。

人工唾液とは違う「分泌する組織を補う」治療への可能性

現在、口の乾燥に対して行われている治療の多くは、残っている唾液腺を刺激して分泌を促したり、足りない水分を人工唾液などで補ったりするものです。

これらは症状を和らげるために重要ですが、強く損傷した唾液腺そのものを新しく作る治療ではありません。

今回の研究が目指している方向は異なります。多能性幹細胞から唾液腺組織を作り、将来的に傷ついた組織を細胞レベルで補うという考え方です。

この方法が実用化されれば、頭頸部がんの放射線治療によって唾液腺が傷ついた人や、慢性的に唾液が少ない患者さんに対する新しい研究方向につながる可能性があります。また、シェーグレン症候群など、唾液腺が障害される病気の研究モデルとしての利用も考えられます。

もう一つの利点は、ヒト由来の組織を実験室で作れることです。

人の唾液腺を研究するために、生きた人から何度も組織を採取することはできません。幹細胞由来のオルガノイドがあれば、病気がどのように進むのかを調べたり、新しい薬の候補をヒト組織に近い環境で試したりできます。

特にiPS細胞を利用する場合には、患者由来の細胞からオルガノイドを作るという発展も考えられます。

ただし、今回実証されたのはマウスへの移植までです。患者さんに移植して唾液分泌を回復させた研究ではありません。この段階を区別して理解することが重要です。

「生き残る」だけでは足りない、実用化までに残された課題

今回の研究では、移植したオルガノイドが40日以上生存し、マウスの唾液腺へ組み込まれることが確認されました。しかし、人への治療へ進むためには、さらに多くの条件を満たす必要があります。

最大の課題の一つが、本当に十分な量の唾液を作り、口の中まで届けられるかという点です。

唾液腺は、単なる液体を作る袋ではありません。腺房細胞が唾液を作り、細い導管からより太い導管へと送り、最終的に口の中へ流します。この通り道と移植組織が正しくつながらなければ、細胞が分泌しても口腔内へ唾液を届けられません。

さらに、唾液の分泌は神経によって細かく調整されています。食べ物を見たり、においをかいだり、口の中で食べ物をかんだりすると、神経からの信号によって唾液腺が働きます。

研究チームも今後、オルガノイドが既存の導管や神経と適切につながる条件を調べる予定です。また、どの発達段階のオルガノイドを移植するのが最も適しているのか、より成熟した細胞を安定して作れるかも検討します。

多能性幹細胞を利用する以上、移植前の細胞の品質や、目的外の細胞が混ざっていないかを確認することも重要です。

研究責任者のAndreadis氏自身も、人への応用にはまだ長い道のりがあると説明しています。

今回の成果は治療法の完成ではありません。細胞を作り、立体組織を作り、さらに生体内で唾液腺として成長させるという一連の流れを示した前臨床研究として見る必要があります。

「足りない唾液を補う」から「唾液腺そのものを再生する」未来へ

再生医療の大きな目標の一つは、失われた機能を薬だけで補うのではなく、機能を担っていた細胞や組織そのものを再構築することです。

今回の研究は、その考え方を唾液腺に広げるものです。

多能性幹細胞を唾液腺上皮前駆細胞へ誘導し、三次元のオルガノイドを作り、さらに生体内へ移植すると、腺房細胞、導管細胞、筋上皮細胞などへ分化しました。ここまでの流れを一つの研究で示せたことは、唾液腺の再生を考えるうえで重要な土台になります。

オルガノイドには、治療以外の役割もあります。

患者由来のiPS細胞などから唾液腺を作れるようになれば、病気がどの細胞から始まり、どのように組織が壊れていくのかを調べるモデルとして使える可能性があります。薬の候補をヒト由来組織で評価する創薬研究にも応用できます。

一方で、今回の研究から「ドライマウスを治療できる」「シェーグレン症候群に使える」と判断することはできません。十分な唾液を長期間分泌できるのか、安全に移植できるのか、人の唾液腺でも正常に働くのかはこれから確かめる必要があります。

それでも、唾液が少なくなったら人工的に補うという考え方から、失われた分泌組織そのものを作り直すという方向へ研究は進み始めています。

幹細胞から作った小さな「ミニ唾液腺」が、将来の再生医療や病気の研究にどのようにつながっていくのか。今後の検証が注目されます。


[出典]

Nature Communications
Development-inspired approach for the derivation of functional and transplantable salivary gland organoids from human pluripotent stem cells

University at Buffalo
UB researchers grow salivary mini organs from pluripotent stem cells

EurekAlert!
UB researchers grow salivary glands from pluripotent stem cells

Phys.org
Salivary gland mini-organs grown from pluripotent stem cells offer potential path to treating severe dry mouth

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