インスリンを補うだけでなく「免疫」に目を向ける治療へ
1型糖尿病では、血糖値を下げるインスリンを作る膵臓のβ細胞が、患者自身の免疫によって攻撃されます。その結果、体内で十分なインスリンを作れなくなり、多くの患者さんは外からインスリンを補う治療を続ける必要があります。
再生医療ではこれまで、失われたβ細胞を幹細胞から作り直し、体内へ移植する研究が進められてきました。一方で、細胞を補うだけでは解決しにくい問題があります。1型糖尿病の原因となる自己免疫が残っていれば、新しく用意した細胞も攻撃を受ける可能性があるためです。
そこで別の方向から注目されているのが、間葉系幹細胞(MSC)です。MSCは骨髄や脂肪、臍帯、歯肉などに存在し、周囲へさまざまな物質を放出して免疫反応を調整する性質を持っています。
2026年9月30日、『Signal Transduction and Targeted Therapy』に、中国の研究グループによる第I相臨床試験の結果が発表されました。研究で使われたのは、歯ぐきの組織から得られた「歯肉由来間葉系幹細胞(GMSC)」です。
今回の研究は、β細胞を新しく作って移植する治療ではありません。MSCが持つ免疫調整作用によって、患者さんに残っているβ細胞への攻撃を抑えられるかを探るアプローチです。
18人を無作為に分け、MSCとプラセボを比較
試験には1型糖尿病の患者18人が参加しました。9人がGMSC群、9人がプラセボ群に無作為に分けられ、患者本人だけでなく評価する側にも投与内容が分からない二重盲検方式で行われました。
GMSC群には、体重1kgあたり100万個の細胞を静脈から投与しました。投与は3週間ごとに計4回です。プラセボ群では代わりに比較用の製剤を投与し、両群とも普段のインスリン治療は継続しました。18人全員が予定された試験を完了しています。
研究者が特に調べたのが「Cペプチド」です。インスリンが体内で作られるときに一緒に生じる物質で、患者自身のβ細胞がどの程度インスリンを作れているのかを知る手がかりになります。
12週時点では、GMSC群でCペプチドの量を示す複数の指標が上昇しました。9人中5人、55.6%でβ細胞機能の上昇が確認されたと報告されています。これに対し、プラセボ群では試験期間を通じてCペプチドが測定下限を下回る状態が続きました。
さらにGMSC群では、1日に必要とするインスリン量の低下も確認されました。1人では最初の投与後にインスリン投与を中止できたと報告されています。
ただし、この1例だけを取り出して「MSCでインスリンが不要になる」と考えることはできません。今回の試験は18人という小規模な第I相試験であり、より多くの患者さんで同じ結果が再現されるかは今後の検証が必要です。
β細胞を作るのではなく、攻撃する免疫を静める
では、GMSCは体内で何をしていたのでしょうか。
研究チームが注目したのが「CD8陽性T細胞」です。T細胞は免疫を担う細胞の一つで、CD8陽性T細胞はウイルス感染細胞などを見つけて攻撃する重要な役割を持っています。しかし1型糖尿病では、この免疫反応が誤って膵臓のβ細胞へ向かうことがあります。
GMSC群4人とプラセボ群4人から採取した免疫細胞を、単一細胞RNAシーケンスという方法で詳しく調べました。約8万1,000個の細胞を解析した結果、GMSC投与後には「疲弊したCD8陽性T細胞」の割合が増えていました。
「疲弊」という名前から、体全体の免疫が単純に弱くなるように感じるかもしれません。しかし、ここでいうT細胞疲弊とは、長く刺激を受けたT細胞の攻撃力が低下した状態を指します。
研究者らは培養細胞や動物実験でもこの仕組みを調べ、GMSCがCD8陽性T細胞の状態を変化させることで、β細胞への自己免疫攻撃を和らげている可能性を示しました。
つまり今回の研究が目指したのは、MSCをインスリン産生細胞へ変えることではありません。患者さんの体に残っているβ細胞を守るため、免疫環境そのものへ働きかけるという考え方です。
再生医療では「幹細胞が別の細胞に変わって組織を補う」という働きが注目されがちです。しかしMSCでは、周囲の免疫や炎症を調整する働きも重要な研究対象になっています。
48週間で重篤な有害事象は確認されなかった
新しい細胞治療では、効果だけでなく安全性の確認が欠かせません。特に今回の試験は第I相であり、安全性を評価することが重要な目的です。
研究では48週間にわたって患者さんを追跡しました。その結果、GMSC群とプラセボ群の間で、低血糖の発生頻度に明確な差は確認されませんでした。GMSCを投与したことで低血糖が増えたという結果ではありません。
一部の患者さんでは、頭痛、けいれん、顔面のむくみ、睡眠障害などの有害事象が報告されています。ただし、研究ではこれらとGMSC投与との統計学的に有意な関連は確認されず、いずれも追加の治療を必要とせず改善しました。
重篤な有害事象や、有害事象を理由とした試験中止もありませんでした。
これは初期の安全性データとして重要な結果です。一方で、18人を48週間観察しただけでは、まれな副作用や数年単位の安全性までは判断できません。
また、今回用いられたのは歯肉由来MSCです。MSCは骨髄、脂肪、臍帯などさまざまな組織から得られますが、由来によって性質が完全に同じとは限りません。そのため、今回の結果をそのまま骨髄由来MSCやほかのMSCへ当てはめることもできません。
安全性と有効性をより明確にするには、さらに多くの患者を対象とした比較試験と、長期間の追跡が必要になります。
「β細胞を補う」と「β細胞を守る」は両立できるのか
1型糖尿病の再生医療では、現在大きく異なる二つの方向から研究が進んでいます。
一つは、iPS細胞などからインスリンを作るβ細胞や膵島細胞を作製し、失われた細胞を補う方法です。国際幹細胞普及機構でもこれまで、iPS細胞由来の膵島細胞を用いる臨床研究について紹介してきました。
もう一つが、今回のようにMSCの免疫調整作用を利用し、残っているβ細胞を自己免疫から守ろうとする方法です。
両者は目的が異なります。細胞置換療法では、すでに失われたインスリン産生能力を補うことを目指します。一方のMSC療法では、免疫環境を調整し、残っているβ細胞の機能を維持することが重要になります。
今回の参加者では、GMSC群の一部でCペプチドが増えています。ただし、これが長期間続くのか、どのような患者さんほど反応しやすいのかはまだ分かっていません。
病気の発症から時間がたち、β細胞がほとんど残っていない患者さんでも同じ作用が期待できるかという問題もあります。
それでも、1型糖尿病に対する幹細胞研究が「新しいβ細胞を作る」だけでなく、「免疫からβ細胞を守る」という方向へ広がっていることは、今回の研究から見える重要な変化です。
小さな第I相試験から、MSC治療の次の検証へ
今回の試験は、歯肉由来MSCを1型糖尿病患者へ投与し、プラセボと比較した初期の臨床研究です。無作為化・二重盲検という方法で比較し、18人全員が試験を完了した点は、臨床研究として重要です。
一方、18人という人数では、治療の有効性を確定することはできません。GMSC群は9人しかおらず、そのうちβ細胞機能の上昇が確認されたのは5人です。インスリンを中止できた1人の結果も、個別例として慎重に見る必要があります。
今後は、より大きな臨床試験で同じ結果が再現されるかを確かめる必要があります。投与する細胞数や回数、効果が期待できる患者さんの条件、長期的な安全性を明らかにすることも課題です。
それでも今回の研究は、MSCが持つ「免疫を調整する力」を、人の1型糖尿病で実際に評価した点に意味があります。幹細胞治療というと、傷ついた組織を新しい細胞で置き換える方法をイメージしがちですが、MSCには周囲の免疫環境へ働きかけるという別の可能性があります。
1型糖尿病に対する再生医療は、細胞を「作る」技術と、細胞を「守る」技術の双方から進み始めています。
今回の第I相試験は、そのうち後者を臨床で検証する一歩です。今後の大規模試験によって、MSCの免疫調整作用がどこまで患者さんのβ細胞を支えられるのか、さらに明らかになることが期待されます。
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