骨髄移植でミトコンドリアを届ける 難病マウスで見えた新機序

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細胞の「発電所」が壊れる病気に、新しい発想が生まれた

私たちの細胞には、生命活動に必要なエネルギーを作る「ミトコンドリア」があります。よく細胞の発電所にたとえられる小さな器官で、食べ物から得た栄養を利用し、ATPというエネルギー源を作っています。

このミトコンドリアが正常に働かなくなるのが、ミトコンドリア病と呼ばれる病気の一群です。脳や心臓、筋肉など、特に多くのエネルギーを必要とする臓器が影響を受けやすく、原因となる遺伝子も症状もさまざまです。

今回、スタンフォード大学を中心とする研究チームが注目したのは「フリードライヒ失調症」です。FXNという遺伝子の異常によってフラタキシンというたんぱく質が不足し、神経や心臓などに障害が起こる遺伝性疾患です。研究成果は『Nature Communications』に掲載されました。

この研究で明らかになったのは、壊れたミトコンドリアを細胞の中で直接修理する方法ではありません。

健康な骨髄から生まれた免疫細胞が、正常に働く自分のミトコンドリアを周囲の細胞へ「受け渡す」という仕組みです。つまり、細胞そのものを置き換えるだけでなく、細胞の中にあるエネルギー産生装置まで別の細胞へ届けられる可能性が見えてきました。

研究はマウスを使った前臨床段階ですが、骨髄移植と再生医療を考えるうえで、これまでとは違う役割に光を当てた成果です。

骨髄から生まれた免疫細胞が、脳と心臓へ入り込む

研究チームは、フリードライヒ失調症の特徴を再現したYG8-800というマウスを使用しました。このマウスは、病気の原因となるヒトFXN遺伝子の異常を持ち、神経や心臓に障害が現れます。

通常の骨髄移植では、まず患者側の造血細胞を減らしてから、健康な提供者の骨髄に含まれる造血幹細胞を移植します。造血幹細胞は、その後さまざまな血液細胞や免疫細胞を作ります。

今回の研究では、研究チームはブスルファンとPLX3397を使って、骨髄だけでなく各組織に存在する骨髄系の免疫細胞も置き換わりやすい環境を作りました。その後、正常なフラタキシンを持つマウスの骨髄を移植しています。

すると、移植された骨髄から生まれた細胞が脳や心臓へ入り込みました。

脳では「ミクログリア」と呼ばれる免疫細胞に似た細胞として定着します。ミクログリアは脳の中を動き回り、傷ついた細胞や異物の処理などを行う細胞です。心臓などでは、マクロファージと呼ばれる免疫細胞として組織に存在します。

脳内で確認されたドナー由来細胞の約97%は、CD11bという骨髄系細胞の特徴を示していました。単に骨髄細胞が血液中を流れているのではなく、脳の組織へ入り、そこにいる免疫細胞を置き換えていたことを示す結果です。

健康なミトコンドリアが、隣の病んだ細胞へ渡されていた

ここから、研究チームはさらに興味深い現象を確認しました。

移植に使った骨髄細胞と、その中にあるミトコンドリアを別々の蛍光色素で追跡できるようにしておくと、細胞本体はドナー由来ではないにもかかわらず、ドナー由来のミトコンドリアを持つ細胞が脳や心臓で見つかったのです。

つまり、骨髄から生まれたミクログリアやマクロファージが、周囲の神経系の細胞や心筋細胞へミトコンドリアを渡していました。

研究チームは培養細胞でもこの現象を調べています。正常な線維芽細胞では、ドナー由来ミトコンドリアを取り込んだ細胞は約2%でした。一方、フラタキシンが不足した疾患モデルの線維芽細胞では約20%に達し、およそ10倍高い取り込みが確認されました。

さらに、細胞同士が直接触れられない条件にするとミトコンドリア移動は大きく減りました。ミトコンドリアが培養液の中を偶然漂って入ったのではなく、細胞同士の接触が重要であることを示しています。

疾患モデル細胞が、なぜ正常細胞より多くのミトコンドリアを受け取るのかは完全にはわかっていません。研究者らは、ミトコンドリアに強い負担を抱えた細胞ほど、外から届いた正常なミトコンドリアを取り込み、あるいは保持しやすい可能性を示しています。

受け取った「発電所」は、実際に働き始めた

重要なのは、ミトコンドリアが移動しただけではありません。受け取った側の細胞で、エネルギーを作る仕組みに変化が起きていました。

フリードライヒ失調症モデルマウスの中枢神経系では、ATP産生や酸化的リン酸化に関係する遺伝子の働きが高まりました。酸化的リン酸化とは、ミトコンドリアが酸素を使って効率よくATPを作る仕組みです。

小脳では、ミトコンドリアの呼吸鎖を構成するたんぱく質が大きく減少していました。未治療の疾患モデルでは、調べた複合体の量が正常対照の約10〜51%まで低下していました。

これに対し、正常な骨髄由来細胞へ置き換えたマウスでは、一部の呼吸鎖たんぱく質が正常対照の約69〜84%まで回復しました。完全に正常化したわけではありませんが、エネルギー産生に関わる分子レベルの変化が確認されています。

心臓でも、心筋の障害や線維化、酸化ストレスに関係する遺伝子の活動が低下しました。

こうした変化に伴い、骨髄移植を受けたマウスでは生存や成長にも改善がみられました。また雌マウスでは、自発的な移動量、筋力、運動の協調性、心臓の構造やポンプ機能などにも改善が確認されています。

ただし、すべての指標が完全に正常化したわけではありません。研究者ら自身も、今回の治療効果は「部分的な改善」として評価しています。

遺伝子を一つずつ届ける治療とは違う可能性

ミトコンドリア病の治療が難しい理由の一つは、病気が一つの臓器だけに起こるとは限らないことです。

脳、心臓、筋肉など全身の細胞へ正常な遺伝子を届けるには、大きな技術的な壁があります。特に脳には「血液脳関門」という仕組みがあり、血液中から多くの物質が簡単には入り込めません。

今回の方法が特徴的なのは、免疫細胞自身の移動能力を利用できる点です。

骨髄から生まれた細胞は血液を通して全身へ移動し、脳ではミクログリア、ほかの組織ではマクロファージに似た細胞として定着できます。そして周囲の細胞と接触し、ミトコンドリアを渡します。

研究チームは将来的な考え方として、患者自身の造血幹細胞を取り出し、原因遺伝子を修正してから体内へ戻す方法にも言及しています。修正された造血幹細胞から健康な免疫細胞を作り、それらをミトコンドリアの「運び手」として利用するという発想です。

ただし、これは今回実証された治療ではありません。研究で実際に行われたのは、正常なドナー骨髄をフリードライヒ失調症モデルマウスへ移植する実験です。

それでも、骨髄由来細胞が単に新しい血液を作るだけでなく、ほかの臓器へ細胞内の構造まで届けられるという発見は、造血幹細胞移植の役割を広げる可能性があります。

「ミトコンドリアを届ける治療」へ進むには何が必要か

今回の成果は、人のフリードライヒ失調症に骨髄移植を行えば同じ改善が得られることを示したものではありません。研究段階は前臨床であり、マウスモデルと培養細胞で確認された結果です。

骨髄移植には強い前処置が必要になることがあり、感染症をはじめとする重大な合併症も起こり得ます。今回使われた骨髄系細胞の置換方法を、そのまま患者に適用できるわけではありません。

また、ミトコンドリア移動だけですべての改善を説明できるかも、今後確認する必要があります。正常な骨髄由来細胞へ置き換わることで炎症状態が変化した影響など、複数の仕組みが関係している可能性があります。原著論文でも、ミトコンドリア移動による回復は完全ではないことが示されています。

一方で、この研究が示した「細胞が別の細胞へ健康なミトコンドリアを渡す」という現象には大きな意味があります。

再生医療では、幹細胞が別の細胞へ変化して組織を作り直す働きだけでなく、周囲の細胞へ物質を渡し、傷ついた環境を支える働きにも注目が集まっています。今回の研究は、その物質が細胞小器官であるミトコンドリアそのものである場合があることを示しました。

今後、人でも同じ仕組みが安全に利用できるのか。どの病気、どの臓器でミトコンドリア移動が起こりやすいのか。そして遺伝子編集した造血幹細胞と組み合わせられるのか。

「壊れた細胞を交換する」だけではなく、「健康な細胞から必要な部品を届ける」という再生医療の新しい考え方につながる研究として、今後の検証が注目されます。


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