iPS細胞由来イヌ間葉系幹細胞(MSC)をはじめとした多様な再生医療等製品の研究開発を推進

目次

1. ヒトだけではない再生医療

再生医療はヒトだけでなく、獣医学、畜産学の分野においても利用されています。

Vetanic社は、日本大学と慶應大学の共同研究成果を土台としているアカデミア発のバイオベンチャー企業です。

この企業は、ヒト以外の動物向けにiPS細胞由来再生医療等製品の開発を進めています。

 

iPS細胞の研究のうち、報道されるものの多くはヒト、マウスです。

他の動物種、例えばイヌなどでは、ヒト、マウスと比べてiPS細胞の樹立が困難です。

これは細胞が多能性誘導耐性を持っているためです。

 

日本大学生物資源学部、獣医学科獣医外科学研究室、久留米大学医学部動物実験センター、慶應大学医学部生理学教室の研究グループは、この耐性をクリアし、臨床応用に適したiPS細胞を作成する技術を開発し、共同で特許を出願しています。

 

iPS細胞由来イヌ間葉系幹細胞などを中心として再生医療等製品の開発を行っており、動物用再生医療等製品として製造販売承認申請を行い、実用化を目指しています。

これらの製品は、「医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」によって規制されており、ヒトのものであれば厚生労働省に申請を行いますが、今回の場合は動物ですので農林水産省に申請を行う予定です。

 

この研究は、今回のイヌが初めてではなく、グループは他の動物で成功したものを応用して実用化を目指しています。

2. 動物応用の第一歩

iPS細胞は、無限の増殖能力と、生体内におけるほぼ全ての細胞系列への分化能力を持つことから、再生医療や発生生物学において重要なリソースです。

これまでは、マウス、ヒトなどでiPS細胞の樹立が報告されてきましたが、iPS細胞誘導に使ったリプログラミング因子が細胞内に残存していると、移植実験に用いたときに腫瘍形成(がん化)、細胞分化異常が起こることが報告されていました。

つまり、リプログラミングした後は、リプログラミング因子はiPS細胞内にあっては困るわけです。

マウス、ヒトではリプログラミング因子の除去は容易ですが、他の動物では困難である事が知られています。

 

研究グループは、ヒト、マウス以外でリプログラミング因子が消失したiPS細胞の樹立方法を検討しました。

まず着手した動物はマーモセットです。

マーモセットは、霊長目(サル目)に分類されるサルですが、新世界ザルの一種とされています。

全ゲノムの配列が決定されており、遺伝子を使った研究開発には便利な実験動物であり、マウスよりもヒトに近いことから様々な研究に使われています。

 

このマーモセットの胎児、成体由来の繊維芽細胞から研究チームはiPS細胞を効率的に樹立することに成功し、始原生殖細胞などへの分化誘導にも成功しました。

つまり、リプログラミング因子の影響を完全に排除することに成功したわけです。

 

そしてこの方法を、イヌ、ブタで応用を試みたところ、マーモセットと同様にリプログラミング因子が消失したiPS細胞の樹立に成功しました。

これによって、霊長目(ヒト、サルなど)、食肉目(ネコ、イヌ、クマなど)、鯨偶蹄目(ラクダ、イノシシ、シカ、カバ、クジラ、イルカなど)の動物から統一された方法で医療に使用可能なiPS細胞の樹立が可能となりました。

3. 獣医分野でもiPS細胞に集まる期待

再生医療は、ヒトの疾患治療方法として様々な方法が研究されています。

特に、難治性疾患治療においては、これまで難しかった根治療法を可能にするものとして大きな期待が寄せられています。

 

獣医学、獣医療の分野でも、再生医療、細胞治療は積極的に行われており、間葉系幹細胞治療法は一部の動物病院で臨床応用されています。

しかしこのような医療ができるのは一部の先進的な動物病院のみで、日本全国で同じ治療を受けられるわけではありません。

 

獣医学における再生医療、細胞療法はここの動物病院が行う献身的な努力に依存しています。

国が音頭を取って大規模プロジェクトとして臨床応用可能のレベルまで引っ張り上げるというヒトの医療で使われているプロジェクト運営は行われていません。

 

現在、すでに世界初のイヌ脂肪由来同種間葉系幹細胞製剤が承認され、販売が開始されていますが、現時点ではまだ黎明期という段階です。

4. ビジネスとして展開するためのステップ

この脂肪由来間葉系幹細胞製剤の課題として、この原料が動物に依存していることから、製剤のロット間の均質性が挙げられます。

これは安全性も含めて、原料を供給する動物個体の個体差に起因することが多く、利用が増えるに従って起きるドナー動物への身体的な負担という倫理的な問題も含めて大きな懸念が存在します。

 

この問題の一部を、Vetanic社は解決するために、積極的にiPS細胞を使用する予定です。

樹立したiPS細胞によって、均質製品の供給と大量製造を可能とし、多様な再生医療等製品に展開できれば、ドナー依存性を低く抑えることができます。

 

Vetanic社は、元々こういった事を目的として設立された会社です。

大学発の再生医療技術の社会実装、という言葉で表現される動物臨床への実用化がこの企業の目標です。

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST、Japan Science and Technology Agency)の大学発新産業創出プログラムの社会還元加速プログラム発のベンチャーとして創業しています。

 

動物、畜産への応用を国を挙げてやる段階ではないが、ビジネス的に成功する道筋があれば大学発のベンチャーとして立ち上げてもスムーズにいくはずだ、という思惑ではないかと予想されますが、まずは立ち上げの援護射撃は国から行われています。

独自の動物iPS細胞樹立技術を基盤とすれば、世界に例のない企業となることは確実で、世界展開が可能な企業になることが十分考えられる企業です。

 

最近になってVentanic社は、第三者割当増資を行って資金を調達しています。

この資金は、イヌiPS細胞由来間葉系幹細胞製剤の製造方法の改良・開発、非臨床試験と臨床試験の実施資金、そして製造拠点の整備に使われる事が発表されています。

さらに、間葉系幹細胞製剤に続く2つ目の動物再生医療等製品の開発に着手するためのパイプラインへの資金注入にも使われます。

5. 拡がるペットビジネスの波にのれるか

日本では、様々な業種が少子高齢化の影響を受け、介護などの業種であるならばともかく、他の業種では多かれ少なかれこの影響を受けています。

その中で、ペットに関する産業の規模は大きく衰退することなく、むしろ拡がる部分もあるという状態です。

 

少子化の原因として、晩婚化、未婚を選ぶ人の増加もありますが、子供を産んで育てる、そしてそれなりの教育を受けさせるということに対して、収入の割に出費が大きくなってしまうために、避ける若い人増えているということもあります。

そのため、ペットを飼うという選択肢を選ぶ人々が増えている現状です。

 

当然、こういった現象には様々な問題がつきまといますが、一昔前のペットとは異なり、ほぼ家族の一員として扱うケースが増えています。

そういった状況で、ペットの健康に何らかの問題が生じた場合は、以前よりも医療に対してのコストを気にしないという傾向が顕在化しつつあります。

 

そういった状況では、昔であれば諦めていた疾患であっても、手段があればなんとか治してやりたいという心境に飼い主がなることは想像できます。

こうした傾向から、再生医療はこれからニーズが高まるのではないかと予想されています。

ビジネスとして成立するという理由と、飼い主のニーズが以前よりも厳しくなっている、つまり、何とかして健康な身体に近づけて欲しいという要求が多くなってきたという傾向から、こうした動物に関する再生医療等製品は今後も需要が高まっていくと予想されます。

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