幹細胞ニュース|iPS細胞による世界発の視細胞移植|神戸市立病院

目次

1. 神戸市立アイセンターとは?

神戸市立アイセンター病院は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使って作成し網膜シートを作成し、網膜色素変性の患者に移植する世界初の手術を2020年10月上旬に行いました。この治療の内容を紹介する前に、この手術を実施した神戸市立アイセンター病院に着いて解説します。

関西圏は、京阪奈地域、兵庫県に科学系の研究機関、研究施設を多く持ちます。地域別に見ると、関西は人口あたりの高等機関の学生が最も多い地域です。再生医療においては、山中教授が在籍する京都大学をはじめとして、幹細胞研究を行っている研究機関が多数存在します。

神戸には、理化学研究所の神戸キャンパスがあります。神戸市が推進する神戸医療産業都市構想の中核研究拠点として、2002年に開設されました。約1200人の研究者、研究支援者が研究しており、網膜の再生研究の第一人者、高橋政代博士はここで研究を行っています。

その神戸に、神戸私立医療センター中央市民病院と先端医療センター病院の眼科機能を集約・拡充して2017年に開設されたのが神戸市立アイセンター病院です。眼科に特化し、眼科中核病院として標準的な治療から、高度最先端医療までを提供することを目的に作られました。

2. 網膜色素変性の患者へ、世界初の移植手術

この神戸市立アイセンター病院で、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って作られた網膜シートを、網膜色素変性の患者に移植する手術が2020年10月上旬に行われました。網膜シートを網膜色素変性の患者に移植する手術は世界初です。2020年度中には、2例目の手術を予定しているとのことです。

網膜色素変性は、網膜に異常が起こる疾患で、遺伝的な原因とされています。実際にこの疾患の原因遺伝子が複数個特定されていますが、どの遺伝子が原因化によって病態が異なるため、対応、治療が困難な疾患とされています。視力低下、視野の狭窄、夜盲(暗いところや夜間に物が見えにくくなる)が主な症状です。急性の疾患ではなく、数年から数十年かけて少しずつ進行し、日本では、4000人から8000人に1人が発症すると言われており、厚生労働省は難病に指定しています。現在、国内で約4万人の患者がいるとされています。

この網膜色素変性は、治療方法が確立していません。そのため、疾患の進行を止めることができません。疾患の進行に伴って表れる症状に対する対処療法が中心となります。この疾患の根本的な治療として、この網膜シートの移植は注目されています。

3. 網膜色素変性とは?

網膜色素変性をもう少し詳しく解説します。この疾患の原因は遺伝子であると述べましたが、遺伝子の異常は視細胞(光の刺激を電気細胞に変換する)、または視細胞に接触している網膜色素上皮細胞に起こっているとされています。視細胞には2種類あり、錐体細胞は網膜中心の黄斑に集中して存在し、明るいところで色を認識する役割を持っています。桿体細胞は錐体細胞周辺に分布し、わずかな光を識別します。桿体細胞は色の識別はできませんが、光に対して敏感なため、暗いところでの視力を担当しています。

網膜色素変性は、最初に桿体細胞が変性し、続いて錐体細胞の変性へと進行するケースが多く見られます。暗いところでの視力を担当する桿体細胞がまず変性するため、症状として初期に夜盲が出ることが多いのはこのことが原因です。ただし、このようにハッキリと遺伝子の異常が原因であると特定できるのは網膜色素変性患者の半分程度で、他の患者の遺伝子傾向は明確な証明がなされていません。

症状は、まず夜盲が起こります。この夜盲はほとんどの場合、疾患の初期段階に見られます。視野の狭窄は、通常は病状が進行してから見られるケースがほとんどですが、まれに初期症状として見られる場合もあります。視野狭窄が起こると、視野の中央部しか見えなくなる、または中央のみが欠けて周辺しか見えない、下側のみが見えるなどパターンはいくつかあります。

病状がさらに進行すると、視力が低下し、文字が読みにくい、物がかすんで見えるという症状が起こります。また、まぶしく感じる、視野が全体的に白っぽくなる、視界内の光が点滅するという症状になるケースもあります。発症の年代は幅広く、子供の頃からこういった症状を訴える場合、40歳を過ぎて症状を自覚する場合、様々です。

今回移植手術をした患者は、症状が「視力が失われ、明暗がわかる程度」まで進行していることから、かなり病状が進行した患者であるといえます。

4. iPS細胞を使った角膜移植との関連

iPS細胞を使った眼の治療は、2019年に角膜の移植が行われています。角膜をドナーから移植する場合は、拒絶反応が起きたり、移植後1年ほどで問題が生じるために視力が再び失われるなどが報告されていました。しかし、iPS細胞を使った角膜移植では、サルなどでは拒絶反応が起きにくく、視力低下のリスクも低いことが証明されています。つまり、角膜そのものをドナーから移植するよりも、機能が長期間維持されます。

角膜は、眼の前方に位置し、今回の手術で移植した網膜は、眼の後方に位置しています。iPS細胞から角膜細胞を分化させるには困難が伴っていましたが、網膜、網膜色素上皮を分化させる方法は、比較的早い時期に確立されていました。角膜移植は、iPS細胞からの分化誘導にSEAM法という培養方法を使い、最終的には細胞を単体、混合状態で移植するのではなく、シート状に加工して移植を行いました。

おそらくは、角膜移植と網膜移植の基礎研究は平行して行われ、互いの基礎研究の結果をリンクさせながら進められたと思われます。その結果、網膜もiPS細胞から分化誘導した細胞群をそのまま移植するのではなく、シート状に加工して移植した方が定着しやすい、そして視力を回復させる可能性が高いと判断され、今回の手術に至ったと考えられます。

網膜色素上皮細胞(RPE細胞)については、2013年に滲出性加齢黄斑変性の患者6人に網膜再生の臨床研究を行うと発表されています。この時に網膜色素上皮細胞シートを作製したのは、大日本住友製薬と理研が認定した生命科学系ベンチャーのヘリオス社です。

今回のiPS網膜シート移植は、臨床研究に入ることが2020年6月に発表されています。この時のタイトルは、「網膜色素変性に対するiPS細胞由来網膜シート移植に関する臨床研究」でした。この研究の一環として今回の手術が行われたのですが、細胞シートの作製は、網膜上皮と同様に、京都大学iPS細胞研究所で事業として行っている「iPS細胞ストック事業」で保管しているiPS細胞を使い、大日本住友製薬が網膜シートを作製しています。完成された網膜シートは、神戸市立アイセンター病院で網膜色素変性患者の網膜下に移植されました。

そして今回の手術での最重要な目的は、「網膜組織の生着(狙い通り網膜組織が患者のものとして構築されるのか?)」、「視機能の回復(視力の回復、光の刺激が健常時と同様、またはそれに近いレベルに回復するのか?)」、そして「安全性の確認」があります。

安全性の確認は、「移植した細胞が腫瘍化(がん細胞化)しないかどうか」、「拒絶反応が起きないか(他者のものとして、患者の免疫機能が細胞を攻撃しないか?)」について、1年後、2021年の秋に評価します。

このプロジェクトは、臨床研究を行う神戸アイセンター病院、網膜シート作製の大日本住友製薬(iPS細胞の供給は京都大学iPS細胞研究所)、臨床研究協力機関として神戸中央市民病院、基礎データ研究協力機関(免疫データなどを使い拒絶反応の有無を調べる)として理化学研究所、他に、日本医療研究開発機構、大阪大学特定認定再生医療等委員会、神戸医療産業都市推進機構が協力体制をとって進めています。

手術は行われましたが、今年度中に2例目を行い、1年間経過を見てこの手術が実用に耐えるかどうかを判断するわけですが、この移植手術が実用化されれば、この疾患の根本的な治療方法となるだけでなく、眼球全体の再生へ向けて大きな知見を与えると考えられています。

目次