多発性骨髄腫で、移植のために幹細胞の動員を促進

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骨髄移植の治療効果を改善する方法

Division of Oncology, Washington University School of Medicineに所属するZachary Crees

博士らの研究グループは、骨髄移植の治療効果を改善する方法を、学術誌であるNature Medicineに発表しました。

この内容は第3相臨床試験の結果であり、チキサフォルチドという化合物を使うことによって、移植のための採取と移植自体に適した数の幹細胞が安全に動員できたという内容です。

 

多発性骨髄腫患者地震の健康な幹細胞を採取し、保存して大量化学療法後に再注入すれば、従来の化学療法のみを行う治療方法に比べて患者の生存率は飛躍的に高くなります。

患者の造血幹細胞を採取し、患者に移植する、つまり自家造血幹細胞移植と呼ばれる方法は、効果的である一方で、十分な数の造血幹細胞、前駆細胞を採取できるかどうかが難関でした。

 

これまでに細胞を採取、貯蔵のために患者の血液中に動員するために使われる標準的な薬はG-CSFでした。

G-CSFは骨髄での白血球と幹細胞の生産を助けるタンパク質ですが、何日間か投与しても多発性骨髄腫患者の約50 %は、移植に適した数の幹細胞を生産できるようにはなっていませんでした。

しかし、残りの約50 %の患者には効果があったために使い続けられていたのですが、効率としてあまり良くない方法であると認識されていました。

 

今回使われた化合物であるモチキサフォルチドは、第1相臨床試験において、健常なヒトの循環血中の幹細胞数、前駆細胞数を増やすことが知られています。

Zachary Crees博士らは、このモチキサフォルチドを使って第3相臨床試験を行い、期待通りの結果を得ることができました。

モチキサフォルチドとは?

モチキサフォルチドという化合物は比較的新しい化合物です。

分子間ネットワーク情報を統合したKEGG(Kyoto Encyclopedia of Gene and Genomes)で情報を検索すると、抗悪性腫瘍薬に分類され、pathwayはサイトカインとサイトカイン受容体の相互作用、ケモカインシグナル伝達経路、がんのpathwayに含まれています。

さらに機能などの階層分類を見ると、サイトカインと受容体、サイトカイン受容体、ケモカイン受容体、CXCR4(CD184)として分類されています。

 

モチキサフォルチドは、英語名Motixafortide、旧名はBL-8040/BKT140とされており、薬学分野ではケモカイン受容体CXCR4の新規選択的阻害剤とされています。

CXCR4は、骨髄やリンパ節から末梢血への造血幹細胞、免疫細胞、がん細胞の移動と輸送に関与する、有効な治療標的です。

すでにモチキサフォルチドは再一相試験の結果を受けて、自家移植のための造血幹細胞の動員に機能するとされており、その他にも固形がんおよびその他の血液悪性腫瘍の治療など、いくつかの適応症のためのプラットフォームとして開発に使われています。

さらに高親和性、長い受容体占有率、逆アゴニスト活性などのユニークな特徴により、CXCR4に対するクラス最高のアンタゴニストとされています。

 

発表された論文の内容

Zachary Crees博士ら、多発性骨髄腫においては自家造血幹細胞移植の生存率向上がこの研究の科学的モチベーションと説明しています。

これまでの臨床研究からも、自家造血幹細胞移植が多発性骨髄腫に対して効果のあることは証明されており、幹細胞と前駆細胞数を患者から適した数だけ確保できるかどうかが問題となっていました。

 

他家ではなく自家にこだわり理由は、治療成績にはっきりと差が出ることが明らかとなっているためです。

自家の細胞を使えば拒絶反応が抑えることもでき、移植後の経過に予想される大きな心配事は一つ排除されます。

この自家細胞数の確保のためにモチキサフォルチドを使ったわけですが、論文内では「新規の環状ペプチド型CXCR4阻害剤で、in vivo(生体内)での活性延長ができるように工夫されている」と書かれています。

 

この化合物を使った試験、GENESIS試験は、かいつまんで表現すると、多発系骨髄腫における自家造血幹細胞移植のための幹細胞、前駆細胞動員における「モチキサフォルチド + G-CSF(従来の動員薬)のプラセボ+G-CSFに対する優越性を評価することを目的とした前向き第3相、二重盲検、プラセボ対照、他施設試験」として行われました。

ちょっとまわりくどい、わかりにくい試験名ですが、臨床試験名の常として「行うことが明確に表現されていること」が条件ですのでこのような表現になったものと思われます。

 

この試験は、患者122名、5ヶ国の18施設で行われるという大規模な臨床試験でした。

この臨床試験では有効な結果が得られていますが、これと同じくらい重要なのが副作用派現れるのか?あるとすればどんな症状か?です。

副作用として報告されたものは、疼痛(約50 %)、紅斑(27.5 %)、痒疹(21.3%)が多く、重篤な副作用は見られなかったと論文では報告しています。

 

結果として、モチキサフォルチドと従来の動員薬であるG-CSFを併用した場合の安全性と効果がプラセボ群(対照群)と比べて証明されました。

治療中に発生した副作用などの有害事象のほとんどは短時間のみで良好な方向に進み、大きな問題を示しませんでした。

そしてG-CSFの加えてモチキサフォルチドを1回投与しただけで、多発性骨髄腫患者の80人(試験に参加した患者の93 %)で、自家造血幹細胞移植に適した数の幹細胞と前駆細胞が採取されました。

 

この試験において、コントロールとしてG-CSFのみを投与した場合のデータも出していますが、この場合は42人(試験に参加した患者の26 %)のみが必要数の幹細胞と前駆細胞を確保したにとどまりました。

 

さらにモチキサフォルチドと従来の動員薬であるG-CSFを併用した場合、自己再生と細分化の促進に関連する未分化の造血幹細胞を「選択的」に大量動員することも示されました。

ただし、この分子メカニズムは不明で、現時点では現象の入り口と出口が明らかになっているのみのため、今後はこの分子メカニズムを研究する方向で試験・研究を行うグループも出てくると考えられます。

 

理想的な治療方法に近づいた今回の研究成果

自家造血幹細胞移植の有効性は、適切な自家造血幹細胞、前駆細胞を集める能力に依存する、と以前から言われており、幹細胞、前駆細胞の大量採取のために体内でこれらの細胞を動員するためにはどうすればよいかについては多くの研究がされてきました。

 

理想的な幹細胞、前駆細胞動員方法は、迅速であり、ロバストネス(頑健性、つまり一定の効果がいつでも期待できるということ)、信頼性、忍容性(薬剤の副作用が投与された人にとってどの程度耐えることができるか)が高く、1回のアフェレーション(動員のための処理)でほぼ100 %の患者が、最適な数の有効な幹細胞、前駆細胞を動員できる方法です。

 

現在はG-CSFを使った処理、動員が最も広く使用されているのですが、半分くらいの患者は、複数回の注射によっても最適数の細胞を確保できないことが多く、さらに15 %から30 %位の割合の患者は、G-CSFを8回注射しても十分な細胞数を収集することができません。

また、年齢によってもこの回収細胞数が大きく影響されることもG-CSFを使った処置では問題であり、汎用性の高い動員方法は長く現場から求められてきました。

 

注射の回数が多くなると患者にとっては侵襲性が高くなりますし、その回数の注射をこなしたとしても確率的に十分量の幹細胞を確保できない可能性が高いということは、治療中の患者に身体的な負担だけでなく精神的な負担も与えることになってしまいます。

 

この研究報告では、それらを一気に解決できる可能性が示され、今後はさらに安全性の確認試験、そして分子メカニズムの解明によってその現象が起こることがミクロレベルでも証明されれば、安心して使える治療方法となるでしょう。

第3相臨床試験までこぎ着けたこの治療方法は、実用化までもう少しです。

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