大阪公立大、イヌのiSP細胞作成の新しい技術を開発
大阪公立大学大学院獣医学研究科の鳩谷晋吾教授と塚本雅也客員研究員(国立成育医療研究センター研究員を兼任)らの研究グループはアニコム先進医療研究所、ときわバイオと共同で、イヌiPS細胞の安定作製に成功したと発表しました。
6つの初期化遺伝子を特定し、尿由来細胞に導入することで、従来の線維芽細胞を用いた作製手法と比較して作製効率が約120倍に向上させ、さらにはフィーダー細胞を用いないイヌiPS細胞の作製にも成功しました。
この研究を行った研究グループは、大阪公立大学を中心としています。
大阪公立大学は、2022年4月に大阪府立大学と大阪市立大学が合併してできた大学ですが、大阪府立大学、大阪市立大学として迎え入れた学生がまだ在籍しているため、大阪公立大、大阪府立大、大阪市立大の3つの名称を適宜使っています。
アニコム先進医療研究所は、アニコムホールディングス株式会社が運営する獣医学の研究施設です。アニコムホールディングスは、日本の大手動物保険会社であり、アニコム先進医療研究所はその一環として設立されました。
この研究所は、獣医学における先進的な医療技術や治療法の研究開発を行い、イヌやネコなどの動物たちの健康増進に貢献することを目指しています。具体的には、先進的な診断技術や治療法の開発、再生医療の研究、遺伝子療法の検討などが行われています。
アニコム先進医療研究所は、獣医学の分野での先進的な知見や技術の普及・発展を支援し、動物たちの健康を守ることを主な事業としている企業です。
ときわバイオは、日本のバイオテクノロジー企業の一つで、主に再生医療や幹細胞技術を活用した研究開発を行っています。
iPS細胞やES細胞(胚性幹細胞)を用いた研究を行っている企業の一つとして知られていおり、これらの幹細胞技術を活用することで、細胞治療や組織再生などの医療応用に参入している企業です。
また、幹細胞技術を応用した医薬品の開発や、疾患のメカニズム解明なども行われています。
ときわバイオは、多様な疾患に対する治療法の開発や、幹細胞技術の応用拡大に向けて、研究開発を進めています。
尿由来の細胞とは?
この研究では、「尿由来細胞」を使っています。
組織・器官由来の細胞、例えば「神経由来細胞」、「肝臓由来細胞(一般的には肝臓細胞と呼ぶことが多い)」などであれば想像しやすいのですが、尿由来の細胞となるとなかなか想像は難しいかもしれません。
尿由来の細胞は、尿から採取される細胞のことを指します。
つまり、尿に含まれている細胞という意味で、これらの細胞は、尿中に含まれる細胞が尿道を介して排出されることで得られます。
尿から採取される細胞の中には、主に尿路系や泌尿器系からの細胞が含まれます。
廃棄される細胞が主に含まれていそうですが、健常な細胞もなんらかの原因で尿に混入することが多く見られます。
また、尿由来の細胞には、尿中の細胞やエクソソーム(小胞状の小さな細胞成分)から得られる情報が含まれています。
これらの細胞は、非侵襲的な方法で採取することができ、従来の組織採取方法に比べて簡便であり、その採取方法は患者にとって負担が少ないとされています。
肝臓や腎臓などの臓器から細胞を採取するには、手術レベルの処置が必要です。
また、低侵襲性と言われている皮膚細胞の採取も、相手がヒトであれば話も通じて了解を得やすいのですが、相手がイヌなどのペットであるとそれも困難です。
しかし尿であれば排出するものであり、日常的に回収が可能ですので「非侵襲的」に細胞を採取するにはうってつけです。
現在尿由来の細胞は、研究や治療の分野でさまざまな用途でつかわれています。
例えば、尿中の細胞やエクソソームに含まれる遺伝子情報やタンパク質情報を解析することで、がんの診断や治療に役立つ可能性があります。また、尿由来の細胞を用いて再生医療や細胞療法の研究も行われており、様々な疾患の治療に応用される可能性があります。
研究の詳細
ヒトにおいては、胚性幹細胞(ESC)や人工多能性幹細胞(iPSC)を含む多能性幹細胞(PSC)を用いた再生医療が盛んに研究されています。
ヒトに使う前段階の前臨床モデルにはげっ歯類がよく用いられますが、寿命が短いことや生活環境の問題から、これらのモデルは適切とされていません。
しかし、イヌはヒトと同様の環境で生活し、げっ歯類よりも長生きで、ヒトと同様の疾患が自然に発症するためイヌのiPS細胞作製は、ヒトの前臨床段階の研究に有用とされています。
しかし繁殖サイクルが特殊であることや、卵子の体外成熟や体外受精が困難であることから、難易度が高く、倫理的な問題があるために研究に用いるケースは少なくなっていました。
しかしイヌiPS細胞は再生医療に最適な細胞源であることは確実で、研究グループはこの研究に着手し、これまでにヒトKLF4、OCT3/4、SOX2、C-MYCを導入した線維芽細胞からのイヌiPS細胞の誘導を報告しています。
しかし、初期化効率が低いため、iPS細胞誘導に利用できるイヌの体細胞の種類は限られています。
ここで研究グループは、ヒトで尿サンプルから簡便かつ非侵襲的に単離される尿由来細胞が、iPS細胞誘導のための魅力的な細胞源であるということに着目しました。
尿検査は動物病院では一般的です。
したがって、イヌの尿由来細胞からiPS細胞を作製すれば、応用の可能性が広がると研究グループは考えました。
iPS細胞を作製するためには、その助けとなるフィーダー細胞が必要です。
イヌiPS細胞を培養するフィーダー細胞としては、一般的にマウス胚線維芽細胞が使用されていますが、マウス胚線維芽細胞は実験条件にばらつきをもたらし、病原体伝播や免疫拒絶反応のリスクを増大させます。
これらの観点から、イヌiPS細胞はフィーダーフリー(フィーダー細胞を使わない)の条件下で作製され、維持されるべきであると研究グループは考えました。
しかしイヌの場合、初期化効率が低いことが、フィーダーを使わない条件下でのiPS細胞誘導の妨げとなっています。
フィーダーフリーの条件下で様々な体細胞を初期化するためには、初期化効率を向上させる必要があります。
2020年にはKLF4、OCT3/4、SOX2、C-MYCにNANOGとLIN28Aを加えることで、初期化効率が向上しすることがヒトの細胞で明らかになっています。
さらに、様々な生物種の体細胞は、多様な多能性関連因子を用いて初期化することができますが、初期化の成功は、転写因子を提供する生物種に依存する可能性があることが証明されています。
そこで研究グループは、センダイウイルスベクター(SeV)を用いてイヌのKLF4、OCT3/4、SOX2、C-MYC、NANOG、LIN28Aを導入することで、イヌ細胞の初期化効率が向上し、フィーダー細胞を用いずに様々な細胞種からフットプリントフリーのiPSCを作製できるのではないかと考えました。
イヌのKLF4、C-MYC、NANOGの一次配列を、サンガー配列決定を用いて得られたイヌの参照ゲノムを含むCanFam3.1データベースから推論することにより同定し、これらの配列は、ヒトやマウスで見つかった配列とは大きく異なっている事を確認しました。
そしてイヌのリプログラミング因子の推定配列を再検討し、配列を決定しました。
そしてイヌの遺伝子を組み込み、159cf.および162cf.と呼ばれるイヌの6因子をコードするイヌ特異的SeVを作製、イヌの6因子SeVを用いて、イヌ細胞の初期化効率を向上させ、フィーダーフリー条件下でciPSCを作製することを目指しました。
その結果、予想通りに実験は成功し、今回の発表となりました。
研究グループは今後、世界中の研究者にイヌiPS細胞を提供し、獣医療での再生医療実現を目指すとしています。
ヒトの再生医療だけでなく獣医医療における再生医療の発展につながる成果と期待され、注目が集まっています。