1. 順天堂大学にダイレクトリプログラミングの研究室開設
順天堂大学とアステラス製薬株式会社は、順天堂大学大学院医学研究科内に共同研究講座「ダイレクトリプログラミング再生医療学講座」を開設すると発表しました。
この講座は2021年10月から3年間開設され、その期間、ダイレクトリプログラミングの研究を行います。
順天堂大学は江戸時代に創立した蘭方医学塾が始まりです。
蘭方医学とは、出島のオランダ医師を介して伝えられた医学で、当時は最先端の内容でした。
その後、千葉県佐倉に移転した時に、医学塾順天堂と改名し、初めて順天堂という名前を使いました。
1943年に順天堂医学専門学校となり、1946年に順天堂医科大学、そして1951年に新制大学である、順天堂大学となって今に至ります。
箱根駅伝など、スポーツで有名な大学ですが、始まりは医学塾であり、私立大学医学部の中では、研究が盛んな大学として知られています。
現在、6つの学部と3つの研究科、そして附属病院は6つ保有し、「教育」、「研究」、「診療・実践」の柱で高いレベルを持つ大学です。
アステラス製薬は、2005年に山之内製薬と藤沢薬品工業が合併して発足した製薬企業です。
2012年の医薬品売上高では世界18位で、武田薬品、第一三共、大塚ホールディングス、エーザイと、国内製薬大手5社に数えられる企業です。
現在は世界70ヶ国で事業活動を展開しています。
この2つの組織によって設立されたダイレクトリプログラミング再生医療学講座は、代表者を、順天堂大学内の研究所である、難病の診断と治療研究センター長の岡崎康司博士が務め、実際の研究指揮は特任教授として着任した松本征仁博士が執ります。
2. ダイレクトリプログラミングとは?
受精卵から個体が掲載されていく過程で、細胞はそれぞれの役割に従って、分化誘導されてその機能に特化した細胞となります。
体内で行われる分化は不可逆的なもので、いったん分化した細胞は、その分化方向を逆戻りすることも、別な分化方向に向かうこともできません。
その不可逆的な分化細胞を、人工的に分化前の状態に人工的に戻すことに成功したのがiPS細胞です。
分化し、特化された機能を持つ細胞にある遺伝子グループを組み込むことによって、その分化をキャンセルし、分化前の細胞に戻す技術は現在の医療研究に大きな影響を与えました。
分化前に戻されたiPS細胞は、培養条件を変えることで、様々な細胞に分化することができるため、これからの医療には欠かせない細胞になるでしょう。
そして新しい医療技術として最近研究が盛んな分野が「ダイレクトリプログラミング」です。
この技術は、分化して機能が特化した細胞を、iPS細胞を経由せずに直接多の分化細胞に変換するという技術です。
「体細胞に遺伝子導入することによって異なる細胞に転換する」という言い方もされ、iPS細胞を経由しないために、コストの軽減、時間の短縮が可能となる技術です。
この技術からは、「これからiPS細胞は必要ないのではないか?」という疑問も生まれますが、一概にそう言えるものではありません。
ES細胞の倫理的な欠点などを解消するために生まれたのがiPS細胞ですが、iPS細胞が普及しつつある現在でも、ES細胞の必要性は変わっていません。
ES細胞を使った研究、ES細胞を使った治療方法の開発は、その過程で生まれる知見がiPS細胞にも応用できる可能性があるため、現在はES細胞とiPS細胞を車の両輪として再生医療研究が進められています。
同様に、ダイレクトリプログラミングのこれからの発展、応用には、iPS細胞、ES細胞を使った分化誘導の研究が必要ですし、ダイレクトリプログラミングが不可能な場合、いったんiPS細胞を作成するという治療方法も採用されるでしょう。
さらに、ダイレクトリプログラミングの技術から、さらに効率化された、またコストの軽減が実現したiPS細胞を使った医療も開発される可能性があります。
3. 共同研究講座がターゲットとする疾患
共同研究講座がターゲットとする疾患は、アンメット・メディカル・ニーズの高い疾患とされています。
アンメット・メディカル・ニーズとは、いまだに治療方法が確立されていない、見つかっていない疾患に対する医療的なニーズのことです。
大きく分けると、「患者数が多く、治療薬を必要とする声が多い疾患」と「患者数は少ないものの、治療薬の必要性が高い疾患」の2つに大別できます。
前者に分類される疾患は、がん、生活習慣病、認知症、そして生命に支障はなくても生活の質(QOL)Quality of life)に大きな影響を与えるため、患者から治療方法の確立を強く求められている、不眠症、偏頭痛などが含まれます。
後者は、患者数が5万人未満の希少疾患と呼ばれる難病が含まれます。
これらの疾患に対するニーズは、疾患に効果のある「オーファンドラッグ(希少疾患用医薬品)」と呼ばれる治療薬の開発も含まれます。
特にこういった希少疾患は、製薬会社にとっては需要が少なく、採算がとれるかどうか不透明なために開発が敬遠されてきた経緯があります。
しかし、薬事法が近年改正されたことにより、オーファンドラッグ指定を受ける医薬品には助成金が交付され、開発費が税金控除の対象になるなどの政策が実施されています。
プレスリリースでは、共同研究講座がターゲットとするアンメット・メディカル・ニーズの高い疾患として1型糖尿病が挙げられています。
1型糖尿病は、脾臓のインスリンを分泌する細胞であるベータ細胞が破壊されてしまう疾患です。
ベータ細胞が破壊されてしまうためにインスリンがほとんど出なくなるため、血糖値が上昇してしまいます。
そのため、インスリン製剤による治療が必要な疾患です。
なぜベータ細胞が破壊されるのか?については、疫システムがうまく働かないために、自分の細胞を攻撃してしまうと考えられていますが、原因は確定していません。
ベータ細胞の破壊は、一般的に進行性であり、疾患の進行に従ってインスリンが全く分泌されない状態となります。
そのためにインスリン注射が欠かせない状況になり、この状態をインスリン依存状態と呼びます。
この疾患の進行の違いによって、1型糖尿病は3つに分類されています。
まず、劇症1型糖尿病は、急激に発症し、1週間程度でインスリン依存状態になります。
インスリン補充が遅れると、糖尿病ケトアシドーシスとなり、重篤な状態になります。
1型糖尿病で最も頻度が多いのは、急性発症1型糖尿病です。
糖尿病の症状が出てから数ヶ月でインスリン依存状態になります。
一時的に体内に残存しているインスリンが効果を現す時期がある患者もいますが、再びインスリンによる治療が必要となります。
最後に、最もゆっくりと進行するのが緩徐進行1型糖尿病です。
半年から長い場合は数年かけてインスリン分泌が低下していきます。
発症初期は、2型糖尿病のようにインスリン注射を使わなくても血糖値のコントロールが可能ですが、ベータ細胞の破壊に従ってインスリン治療が必要になります。
4. 研究の方向性
目的はアンメット・メディカル・ニーズの高い疾患の治療方法確立ですが、現時点では研究の目標はリリースされておりません。
1型糖尿病をターケットの1つとすることから、体内の余剰細胞を、インスリンを分泌するベータ細胞に形質転換することが目的の1つではないかと予想されています。
しかし、ベータ細胞は破壊され続けるため、常にダイレクトリプログラミングによってベータ細胞を供給しなければならないため、かなり難しい知慮方法になります。
そのため、おそらく「ベータ細胞の破壊を抑制する手段の開発」と「ベータ細胞へのダイレクトリプログラミング」が両輪となって研究が進むのではないかと予想されます。
ベータ細胞の破壊を最小限まで抑制し、不足したベータ細胞をダイレクトリプログラミングによって補充するという流れで1型糖尿病を克服する治療方法が開発されていくのではないでしょうか。
特定の細胞が破壊される、不足するなどの原因によって発症する疾患は、1型糖尿病を初めとして多数存在します。
順天堂大学とアステラス製薬の共同研究講座で行われる治療方法の開発は、こういった疾患を克服するための治療方法のひな形となることが期待されています。
場合によっては、ダイレクトリプログラミング以外に、iPS細胞によるベータ細胞の供給も視野に入れると考えられ、期間限定の講座ですが、大きな研究業績が期待されます。