不妊治療に新技術。iPS細胞で卵子作成

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iPS細胞で不妊を解決

少子化の原因は1つではなく、様々な要因が絡み合っています。

経済的な理由で子供を産む決断ができないなどの理由と共に、子供を産んで育てる環境にあるが子供ができない、つまり不妊に悩むカップルも少なくありません。

不妊症治療は少子化を食い止めるための重要な方策の一つです。

 

この不妊治療にiPS細胞を使おうというベンチャー企業が日本に存在します。

東京都文京区にあるDioseve(ディオシーヴ)は、iPS細胞由来の卵子を生殖医療に応用することを考えて設立された企業です。

すでに海外では事業化を目指す企業もあり、倫理的な問題などの課題もありますが、実用化された場合のインパクトは計り知れません。

 

Dioseveは、現代表取締役の岸田和真氏と現取締役兼最高技術責任者である浜崎伸彦博士が共同で立ち上げました。

岸田和真氏は早稲田大学卒、アメリカの投資銀行であるHoulihan LokeyでM&Aアドバイザーを務めた後にDioseveを立ち上げました。

一方浜崎伸彦博士は、京都大学理学研究科で博士号取得後、九州大学医学研究院助教、そしてDioseve立ち上げに参加し、現在は米ワシントン大学/HHMI特別研究員 熊本大学客員准教授を兼任しています。

 

Dioseve本社は東京都文京区ですが、研究拠点は東京の日本橋と熊本に置かれています。

日本橋の研究拠点は日本橋ライフサイエンスビルディング内にあり、同じ建物内には東北大学、大阪大学も研究拠点を置いています。

熊本の研究拠点は、熊本大学医学部キャンパス内、生命科学研究部・医学教育部の建物内に置かれています。

 

晩婚化が進んで、子供が欲しいカップルでもなかなか子供を授かることができないというケースが増加しています。

また、比較的若い時期に結婚したとしても、出産、育児に対応できる経済力を持つまでに時間がかかり、子供を考える年齢が一昔前よりも上昇してしまうケースも多数見られます。

卵子の発生メカニズム

卵子のもとをたどると、始原生殖細胞にたどりつきます。

始原生殖細胞は、男性では精子に女性では卵子に発生する細胞です。

 

始原生殖細胞は、体細胞分裂を繰り返して卵原細胞になります。

この卵原細胞が成長すると、一次卵母細胞になり、卵子への発生準備を完了します。

この時点では、細胞の染色体は体細胞と同様に2倍体ですが、一次卵母細胞が細胞分裂を始めると染色体が一倍体となります。

これは減数分裂と呼ばれる細胞分裂で、生殖細胞特有の細胞分裂です。

 

1個の一次卵母細胞が分裂し2個の細胞になると、1つが二次卵母細胞、もう1つが第一極体になります。

この分裂を第一分裂と呼びます。

この二次卵母細胞がさらに分裂して2つの細胞ができると、1つが卵、もう1つが第二極体になります。

この分裂は第二分裂と呼ばれています。

第一分裂でできた第一極体も分裂するので、第二極体は1つの一次卵母細胞から3つできる計算になります。

 

これらの細胞分裂は卵細胞特有のもので、分裂する際には均等に分裂するわけでなく、将来卵に発生する方が大きい、つまり細胞質を多く持っています。

発生した極体はやがて退化し消滅しますが、このメカニズムは卵になる細胞の細胞質を減らさないためのメカニズムと考えられています。

不妊症

不妊症は男性、女性双方それぞれに原因があり、カップルのどちらかが不妊症であると子供が作れないということになります。

DioseveのiPS細胞研究では卵子の形成を目標としているので、ここでは女性の不妊症について解説します。

 

女性の場合妊娠に至るためには、排卵、受精、受精卵の輸送を行って着床というステップが必要です。

このうちどれかに障害があると「女性因子による不妊症」となります。

理解するためには、内分泌と排卵因子、卵管因子、子宮因子に分けて考えると理解が容易です。

 

内分泌・排卵因子の場合は、月経がない(無月経)などの月経異常を伴うことが一般的です。

視床下部下垂体系に異常がある場合、疾病としては高プロラクチン症、多嚢胞性卵巣症候群、早期卵巣機能不全、黄体機能不全などが知られています。

卵巣そのものが原因とする場合は、ターナー症候群、多嚢胞性卵巣症候群などが上げられます。

 

卵管が原因になるものとしては、性器クラミジア感染症が原因の卵管留水腫、クラミジア感染症だけでなく子宮内膜症も原因となる卵管間質部閉塞があります。

これらの場合は卵子、精子の輸送、相互作用が阻害されて不妊となります。

特にクラミジア感染症は不妊の大きな原因となり、若年女性が上腹部痛を起こす場合はクラミジア感染症由来のフィッツヒューカーティス症候群の可能性があり、早期の対処をしない場合は結果として不妊症をまねく場合があります。

また、不妊症まで至らない場合でも、卵管の輸送能力の低下による子宮外妊娠が起こりやすくなります。

最後に子宮が原因の場合ですが、ほとんどが子宮の形態異常です。

子宮筋腫、子宮内膜症、アッシャーマン症候群などが知られています。

卵子の機能低下、妊孕力の低下

ここまで挙げたものは、臓器・器官の原因によるものでしたが、卵子そのものに問題があるケースも少なくありません。

結婚する年齢が上昇し、30代、40代での初婚は珍しくなりました。

 

生殖能力は、男性の場合は40歳から低下すると言われていますが、女性の場合は卵子の生成が大きなカギを握っており、26歳周辺からこの生成能力が低下し、妊娠しにくくなると言われています。

胎児期に卵子数は700万くらいあり、出生後に200万まで減少します。

この時点では当然生殖能力はないのですが、体の中では卵子は生産されています。

思春期になりますと、約50万となり26歳周辺を境に低下し始めます。

この低下スピードは平均32歳でさらに加速し、40代後半から始まる閉経期で0になります。

 

卵子の機能低下は染色体にも表れ、何らかの染色体異常を持つ胎児の確率は、20代で0.006 %、30歳で0.1 %、40歳で0.9 %、そして45歳では3 %となります。

リスクで考えると、20歳と比較して40歳ではリスクが16倍、45歳で56倍に上昇します。

また、10代でも卵子数が40代後半のレベルという若年不妊症のケースもあります。

 

不妊症において卵子が問題となるケースは、何らかの原因で「卵子が産生されない」、または「卵子は産生されるが受精できない、または受精しても胎児に発生しない」というケースです。

後者の場合は、卵子自体が異常な卵子のため、その原因が母体そのものにあるのかどうかを突き止めないと不妊治療が効果を挙げません。

Dioseveの挑戦

iPS細胞から卵子を作る試みは、2016年に九州大学の林克彦教授と京都大学の斎藤通紀教授がマウスで行った研究が有名です。

この研究では、iPS細胞からステップごとに人工的に分化させる方法を採用しています。

つまり、iPS細胞から自然に卵子に分化させるのではなく、それぞれのステップで人工的な操作を行いながら卵子にしていくという方法です。

 

この方法は、培養期間が1ヶ月以上かかり、人工的な成長因子を投入し続けるために、コストが非常に高くなります。

さらに胎児の卵巣に似た環境を作ることも必要で、とんでもないコストがかかってしまいます。

 

そこでDioseveは米ワシントン大学/ハワード・ヒューズ医学研究所の浜崎伸彦特別研究員が開発した技術を使うことにしました。

iPS細胞をステップごとに分化するのではなく、iPS細胞から直接卵子を作成するという方法です。

 

この方法では成長因子を使わず、複数の遺伝子を発現させるのみで、マウスの卵子での実験では培養期間を5日程度と大幅に短縮に成功しました。

この方法ですとコストが飛躍的に低くなり、事業化の可能性も出てきています。

 

しかしまだ技術的にクリアしなければならない課題があります。

それは、このiPS細胞由来の卵子に受精させた場合、受精卵の細胞分裂が途中で止まってしまうという課題です。

 

さらに倫理的な課題も存在します。

日本のガイドラインではヒトのiPS細胞から作った卵子と精子を受精させる研究は禁じられています。

ここまでDioseveはマウスを使って研究を行ってきましたが、実際にヒトに応用するとなるとヒトでの試験は避けて通ることができません。

 

現在Dioseveは、研究用マウスの卵子提供から事業を始め、研究機関が必要に応じて受精させ、実験動物の調達をしやすくするという事業の展開を考えています。

その後、小型霊長類のマーモセットで同様の事業を行い、その間に倫理的な議論を深めてヒトでの実用化を目指すとしています。

 

すでにアメリカでは、皮膚細胞から卵細胞へのリプログラミングを目指すベンチャー企業、そして九州大学などの研究成果をベースにしているスタートアップも生まれています。

現時点では、Dioseveの技術はこれらの技術と比べてコスト面で優位に立っており、今後は3次元細胞集団、オルガノイドの専門家などを雇用し、研究を発展させていく予定です。

 

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