iPS細胞を使って多発性嚢胞モデルの作製に成功、
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の増殖分化機構研究部門の前伸一特定拠点講師と、同部門の長船健二教授を中心として、北海道大学医学部大学院医学研究科、株式会社CyberomiX、京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンター、慶應大学先端生命科学研究所で構成された研究チームは、iPS細胞から集合管を作製し、難病である多発性嚢胞腎の病態モデルを作製することに成功しました。また、このモデルを活用して、治療薬候補の物質を見出しました。
この研究は多くの機関から支援を受けて行われたもので、大塚製薬株式会社、日本学術振興会、国立研究開発法人科学技術振興機構、日本医療研究開発機構、さらにムーンショット型研究開発制度、iPS細胞研究基金が支援をしております。
重要なポイントは3つで、
- iPS細胞から作製した腎集合管オルガイドを使って、多発性嚢胞腎モデルの作製に成功。
- 疾患モデルを活用して多発性嚢胞腎の治療薬候補を見出した。
- 京大発スタートアップ企業のリジェネフロ社が近く治験を開始する。
となります。
そして、この研究のキーワードとなるものは以下の4つです。
集合管
腎臓の最小単位をネフロンと呼びます。
ネフロンは後腎ネフロン前駆細胞から分化します。
このネフロンは腎臓の中で、集合管と呼ばれる構造と連結しています。
集合管では尿細管から流れてきた水分を再吸収し、尿となって尿管から膀胱へと運ばれます。
集合管、尿管、暴行の一部は尿管芽から分化することが知られています。
オルガノイド
試験管内で人工的作られた細胞の塊をオルガノイドと呼んでいます。
しかし、ただ細胞の塊であればオルガノイドかといえばそうではなく、臓器の機能を備える、または臓器の機能の一部を備えているものがオルガノイドと呼ばれています。
常染色体優性多発性嚢胞腎
左右両側の腎臓に多数の嚢胞が発生して、徐々に腎機能障害が進行する疾患です。
嚢胞は腎臓以外にも、肝臓、膵臓に生じることがあります。
尿管芽
胎生期の腎臓前駆組織の一つで、生体内では多数の枝分かれを繰り返して成熟し、将来尿の排泄路である集合管、下部尿路系などに分化します。
多能性嚢胞腎とは?
多発性嚢胞腎は、腎臓に水が溜まった嚢胞という袋状のものが多数形成され、腎臓の機能が低下してしまう難病です。
中でも、常染色体優性多発性嚢胞腎では、主に集合管から嚢胞ができますが、ヒト細胞を用いて、この症状を再現したモデルはありませんでした。
常染色体優性多発性嚢胞腎は、腎臓内に多数の嚢胞を形成する進行性の難病で、人工透析や腎移植を必要とする末期腎不全に至ります。
1,000〜4,000人に1人が罹患し、世界の腎不全の5~10%を占めています。
患者の腎嚢胞は、糸球体や腎尿細管上皮より発生することもありますが、主に集合管から発生します。
集合管で特異的に発現する受容体であるアルギニン・バソプレシン受容体2の拮抗阻害剤であるトルバプタンは、常染色体優性多発性嚢胞腎の治療薬として唯一承認されていますが、疾患の進行を止めることはできません。
これまでの研究で、常染色体優性多発性嚢胞腎の患者由来のiPS細胞から作製した腎尿細管嚢胞モデルがいくつか報告されています。
これらのモデルを用いて現在までにいくつかの研究が行われ、嚢胞形成を抑制する候補化合物が同定されたものの、常染色体優性多発性嚢胞腎動物モデルに対する治療効果は示されていません。
この治療効果などを確認するためにヒトiPS細胞から集合管オルガノイドを作製した報告もありますが、アルギニン・バソプレシン受容体2など常染色体優性多発性嚢胞腎の集合管嚢胞形成に関与する分子を発現する発生段階に達していませんでした。
つまり、不完全なモデルにしか到達できていなかったわけです。
さらに、集合管オルガノイドを用いて常染色体優性多発性嚢胞腎の嚢胞形成やバソプレシン受容体2の拮抗阻害剤であるトルバプタンの治療効果を再現した報告はありませんでした。
研究の詳細
本研究では、集合管を形成する前駆体である尿管芽を利用してモデルの作製にチャレンジしました。
まず、ヒトiPS細胞から作製した尿管芽細胞の拡大培養を行い、集合管オルガノイドの発生段階を進めることに成功しました。
常染色体優性多発性嚢胞腎の原因遺伝子にPKD1という遺伝子があります。
研究チームは、ゲノム編集によりこのPKD1遺伝子を働かない状態にしたヒトiPS細胞を作製しました。
すると、そのiPS細胞由来の集合管オルガノイドがすべて自発的に多数の嚢胞を形成しました。
これは嚢胞形成の開始メカニズムを解明し、集合管嚢胞モデルの構築に成功したことになります。
マウスでこのモデルを作る場合は、PKD1遺伝子をホモでノックアウトしたマウスを使います。
このマウスでは、尿管芽の後期分枝期から集合管嚢胞を形成することがすでに報告されています。
ヒトも同様のメカニズムで嚢胞が形成されているのであれば、PKD1遺伝子がホモでノックアウトされた尿管芽先端細胞から、対応する発生段階で集合管へ誘導する事で集合管嚢胞を再現できると考えられます。
研究グループは健常人由来のヒトiPS細胞をゲノム編集という技術を使ってPKD1遺伝子のホモノックダウンしたiPS細胞を使って分化誘導実験を行いました。
すると、6週間以上拡大培養後に集合管へと誘導処理したオルガノイドに嚢胞が発生することが確認されました。
現在使われているトルバプタンをこのオルガネラに作用させると、嚢胞のサイズは小さくなり、薬効が確認されました。
さらに、この集合管オルガノイドを使った常染色体優性多発性嚢胞腎モデルを使って、創薬シーズになる化合物のスクリーニング系を確立しました。
このスクリーニング系は96種の化合物を同時にスクリーニングできます。
一般的に使われている96穴プレートで行われるため、このスクリーニング系の同時スク
リーニング数は96種類となっています。
384穴のプレートも存在しますが、おそらく384穴プレートですと、オルガノイドのサイズが収まりきらなくなるため、96穴プレートが最適だと考えられます。
スクリーニングの結果
研究グループはこのスクリーニング系を使って解析を行い、レチノイン酸受容体作動薬であるTTNPB(別名、アロチノイド酸)、オールトランス型レチノイン酸の処理によって嚢胞のサイズが抑制することを明らかにしています。
このスクリーニング結果は、嚢胞の抑制がレチノイン酸受容体を介して行われていることを示唆しています。
オールトランス型レチノイン酸の処理も効果を示しましたが、特にマウスを使った試験ではよい結果を収めています。
常染色体優性多発性嚢胞腎モデルマウスは重篤な腎嚢胞を発症し、それに伴う腎不全により生後14日程度で死亡します。
研究グループは、生後3日目のマウスに5または10 mg/kgのオールトランス型レチノイン酸を腹腔内注射し、生後9日目に解析を行いました。
オールトランス型レチノイン酸投与による体重減少は観察されませんでしたが、体重に対する腎臓の重さの割合は、ATRA投与群で対照群と比較して有意に減少しました。
そしてこのマウスの腎臓の断面を観察すると、10 mg/kgのオールトランス型レチノイン酸処理群はコントロール群と比べて一部嚢胞の形成が抑制されていました。
さらに、腎機能の指標である血中尿素窒素値(BUN)の上昇が有意に抑制されていました。
今回見出した薬剤候補は、リジェネフロ社によって治験が開始される予定です。
リジェネフロ社は腎疾患の治療薬を開発、生産、販売する会社で、この研究グループの中心的な役割を果たした長船教授によって設立された企業です。
腎臓は一度壊れると修復ができない臓器とされており、腎移植を除いて根治的な治療法はいまだ存在していません。
この問題を解決することを目標とした企業であり、本研究から始まる常染色体優性多発性嚢胞腎の開発に注目が集まっています。