iPS細胞を使った血管研究で新しい成果
大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe:World Premier International Research Center Initiative)の武部貴則教授、東京医科歯科大学統合研究機構先端医歯工学創成研究クラスター 創生医学コンソーシアム 佐伯憲和プロジェクト助教、タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA共同研究プログラム、Takeda-CiRA Joint Program for iPS Cell Applications)の川上絵理主任研究員、滋賀医科大学、名古屋大学の共同研究グループは、ヒト iPS 細胞由来の血管オルガノイドを作成し、それを用いて、新型コロナウイルス感染によって血管炎が発症し、血栓形成が誘発されることを見出しました。
研究成果は、アメリカ科学誌「Cell Stem Cell」のオンライン版に、「Complement factor D targeting protects endotheliopathy in organoid and monkey models of COVID-19」というタイトルで掲載されました。
さらに血管炎発症における分子を特定し、この分子をターゲットとする抗体製剤を試作、サルへの投与実験を行って効果を確認しました。
新型コロナウイルスに感染した場合に確認される症状は様々な形態がありますが、血管に血栓ができやすくなるのはその症状の一つです。
血管に形成された血栓は、多臓器不全につながることが知られていますが、新型コロナウイルスに感染してからの血栓形成までのメカニズムについては明らかではありませんでした。
この研究によって、重症化過程で生じる血管内皮の損傷、血栓形成などを抑えることで、重症化予防につながる新規治療薬の開発が期待されます。
新型コロナウイルスの感染者は2023年の時点で世界で7億人にものぼります。
その中で、600万人以上の方々が亡くなっています。
新型コロナ感染時の主な症状として、発熱やせきからはじまり、症状が進行すると呼吸困難や肺炎になることがわかっています。
この時点でかなりの重症化となり、生命の危機の一歩手前に入ってくる段階になり、この状態からさらに進行すると、免疫細胞や血小板が活性化され血栓の形成が促され、サイトカインストームと呼ばれる免疫反応を引き起こします。
サイトカインとは、感染症などをきっかけとして、マクロファージなどの炎症細胞、上皮細胞、血管内皮細胞などから分泌されるたんぱく質です。
サイトカインの中でも強い炎症応答を引き起こすものが炎症性サイトカインと呼ばれており、血液中に大量に放出されると、過剰な炎症反応が引き起こされ、様々な臓器に致命的な傷害が生じます。
このような病態がサイトカインストームと呼ばれており、通常は外来異物から防御するシステムが、暴走することで逆にヒトの身体に悪影響を与えるという結果になってしまいます。
血管炎は新型コロナウイルス感染によって起きる特徴的な症状の1つですが、身体の一部に起こるのではなく、全身で血栓が形成され、多臓器不全につながります。
ここは治療のための研究を一刻も早く行うことが求められているのですが、新型コロナウイルスが感染しうる人間の血管のモデルが存在せず、感染の状態を模倣した人工的な血管モデルの作製が困難です。
そのため、血管炎、ひいては、血栓形成が生じる過程の詳しいメカニズムの解明に至らず、治療法の開発が遅れていました。
日本を挙げての研究
この研究は国も注目しており、以下の研究助成金が投入されています。
日本医療研究開発機構(AMED: Japan Agency for Medical Research and Development)の再生医療実現拠点ネットワークプロジェクト、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム、再生・細胞医療・遺伝子治療研究課題(非臨床PoC取得研究課題)、肝炎等克服実用化研究事業、肝炎等克服緊急対策研究事業、新的先端研究開発支援事業 ユニットタイプ「感染症創薬に向けた研究基盤の構築と新規モダリティ等の技術基盤の創出」研究開発領域、革新的先端研究開発支援事業 ユニットタイプ「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域。
とにかく多くの助成金を投入して研究開発が行われています。
まさに国を挙げてiPS細胞を使って行った研究開発ということができます。
さらに、科学技術振興機構(JST:Japan Science and Technology Agency)と日本学術振興会(JSPS:Japan Society for the Promotion of Science)も支援しており、ムーンショット型研究開発事業、科学研究費基盤A、さらにT-CiRA共同研究プログラムからも支援を受け、まさにオールジャパンで行われた研究です。
T-CiRA共同研究プログラムは2016年度から開始した京都大学iPS細胞研究所(CiRA)とタケダの10年間の共同研究プログラムを指します。
CiRAの山中伸弥教授の指揮のもと、CiRA、理化学研究所、東京医科歯科大学の研究者のリードによりアカデミアとタケダの研究者が協働してiPS細胞技術の臨床応用に向けた最先端の研究を行っています。
研究の詳細
本研究の具体的な内容を以下に挙げます。
・新型コロナウイルス感染によって重症化した患者の血液データから、補体代替経路の活性化を伴う血管炎の存在を明らかにしました。
・新型コロナウイルス感染が可能なヒト血管オルガノイドモデルの開発に成功し、補体代替経路が血管炎や血栓の原因となることを発見しました。
・補体代替経路を増幅するD因子に着目し、D因子を阻害する半減期延長型抗D因子抗体を用いて新型コロナウイルス感染モデルの血管炎症の軽減に成功しました。
補体は、抗体が異物を捉えた後に、抗体の働きを補う役割をします。
補体の活性化の経路にはいくつかあり、補体代替経路は抗体がまだ作られていない場合の緊急の経路と考えられています。
まずポイントとしては、新型コロナウイルス感染によって生じる血管炎に類似した症状を再現することが可能なヒトiPS細胞由来血管オルガノイドモデルを開発することに成功したことです。
このオルガノイドの確立によって、in vitro感染実験による網羅的遺伝子発現解析が可能となり、重症患者の方々の血液検体の網羅的タンパク質発現解析データなどとの比較が可能となりました。
この比較解析から、補体代替経路と呼ばれる分子経路群が、血管炎の症状が強い人で特に上昇していることを見出しました。
さらに、オルガノイドを事前に移植し、人間の新型コロナウイルスの感染状態を模倣する血管を再構成した動物を使った実験が可能となりました。
この解析において補体代替経路を薬理学的に阻害する実験が可能となり、実験結果から血管炎・血栓形成の症状を緩和できるというデータを得ることができました。
つまり補体代替経路を阻害する薬があれば、血管炎の治療につながる可能性があると仮説を研究グループは立てました。
研究グループは仮説をもとに、補体代替経路の構成成分でもあるD因子に着目し、網内系に移行した抗体がリサイクルされる仕掛けを施した長時間作動型の抗体製剤を用いて薬効を評価しました。
研究グループはサルを実験動物として使い、新型コロナウイルス感染モデル試験を行いました。
この抗体製剤は、血管炎に重要な経路を阻害することで補体の活性化を抑制し、免疫反応を弱め、血管保護効果を示すことを実証しました。
この研究は、人工的に作製した組織で血管にウイルス感染する病気の研究ができることを示した研究結果です。
新型コロナ感染症だけでなく、デング熱など血管に関わる他の病気の研究や、治療法開発にも役立つ可能性があります。