アストロサイトとは?
アストロサイト(astrocyte)は、脳と脊髄に存在するグリア細胞の一種です。
これらの細胞は、脳を含めた中枢神経系の機能を支える重要な役割を果たしています。
役割にはいくつかあり、
アストロサイトはニューロンを物理的に支持し、ニューロン間の適切な配置を保つ役割である構造の支持、ニューロンに対する栄養分の供給がまず挙げられます。
さらに、アストロサイトは血液脳関門の形成と維持に重要な役割を果たします。
BBBは血液中の有害な物質が脳内に侵入するのを防ぎ、脳細胞を化学物質などから守っています。
さらにいくつかの役割が存在します。
・シナプスの調節:アストロサイトはシナプス周囲のイオン環境を調節し、シナプス伝達の効率を高めます。
特に、カリウムイオンの濃度を調整する役割が重要とされています。
・神経伝達物質の取り込みと再利用: アストロサイトは神経伝達物質を取り込み、それを再利用することで神経伝達を制御します。
・傷害応答: CNSが傷害を受けた際、アストロサイトはグリア瘢痕形成(gliosis)と呼ばれるプロセスを通じて傷害部位を修復し、保護します。
・シナプス形成の促進: 発達期や神経再生過程において、アストロサイトは新しいシナプスの形成を促進します。
これらの機能を通じて、アストロサイトは神経系の健康と機能維持に不可欠な役割を果たしています。
そして近年の研究により、アストロサイトが認知機能や神経疾患においても重要な役割を果たしていることが明らかにされています。
iPS細胞由来アストロサイトの分化と機能評価系を開発
これだけ重要な役割を果たすアストロサイトですので、再生医療においても重要視されています。
その第一歩として、iPS細胞を分化させ、アストロサイトを構築する研究は盛んに行われています。
理化学研究所バイオリソース研究センターiPS創薬基盤開発チーム、野中秀樹客員研究員、近藤孝之客員研究員(京都大学iPS細胞研究所特定拠点講師と兼任)、井上治久チームリーダー(京都大学iPS細胞研究所教授)らの共同研究グループは、iPS細胞からアストロサイトへ分化誘導する方法の改良と、ハイスループットスクリーニングに適合するiPS細胞由来アストロサイトの表現型解析法の開発に成功しました。
ハイスループットスクリーニング(High-Throughput Screening、HTS)とは、多数の化合物を迅速かつ効率的に試験し、生物学的活性を評価するための技術です。
この手法は、特に医薬品開発や分子生物学の研究において広く用いられており、ハイスループットスクリーニングの主な特徴とプロセスは以下の通りです:
ハイスループットスクリーニングは数千から数百万の化合物を一度に試験することが可能です。これにより、新しい生物活性物質や薬候補の迅速な発見が可能になります。
このハイスループットスクリーニングは高度に自動化された装置を使用して行われます。ロボットアーム、プレートリーダー、液体ハンドリングシステムなどが組み合わさることで、短時間で大量の試験が行うことができます。
ハイスループットスクリーニングで集められたデータ、そしてその解析は、各ウェルでの反応結果はプレートリーダーなどの検出機器によって読み取られます。
このデータは専用のソフトウェアで解析され、有望な化合物が選定されます。
薬剤発見、分子標的の同定、毒性評価、そして化合物の毒性評価や安全性プロファイリングがハイスループットスクリーニングの主目的ですが、最近ではスピード、効率、コスト削減にも注目が集まっています。
今回、共同研究グループは、理研BRCに寄託されたヒトiPS細胞から改良した分化誘導法を用いて、均質なアストロサイト集団を作製しました。
このアストロサイトをハイスループットスクリーニングに適合する多検体処理が可能な培養プレートに播種したのち、サイトカイン放出能、遊走機能、オートファジー応答機能、カルシウムシグナル応答といったアストロサイト機能表現型解析を行うためのプラットフォームを開発しました。
さらに、この機能表現型解析法を患者さん由来iPS細胞に適用することで、病態表現型の探索にも応用可能であることを示しました。
今回開発したヒトiPS細胞由来アストロサイトと解析プラットフォームは、疾患モデルと病態解明研究および治療法開発につながる成果です。
アストロサイトと再生医療
アストロサイトは再生医療において重要な役割を果たす細胞であり、中枢神経系の修復や再生に寄与する可能性があります。
アストロサイトはCNSが傷害を受けた際に活性化し、損傷部位周辺でグリア瘢痕を形成します。
グリア瘢痕は損傷が広がるのを防ぎ、炎症を抑制します。
さらにアストロサイトは神経保護因子(例:BDNF、GDNFなど)を分泌し、ニューロンの生存と修復を促進し、これらの因子は神経細胞の再生と機能回復を助けます。
シナプス形成、軸索再生の支援の促進もアストロサイトの重要な役割です。
損傷部位にアストロサイトを移植することで、損傷した神経組織の再生と機能回復を促進する試みが行われています。
アストロサイトは移植先で神経保護因子を分泌し、先述したようにニューロンの生存を支援します。
現在では、iPS細胞ES細胞からアストロサイトを分化させ、これを移植することで神経再生を図る研究も進んでいます。
アストロサイトを用いた疾患モデルの開発(例:アルツハイマー病、パーキンソン病、ALSなど)は、病態の解明と新しい治療法の開発に役立ちます。
これにより、アストロサイトの機能異常が疾患にどのように関与しているかを理解し、治療標的を特定することができます。
そして治療法開発においては、アストロサイトをターゲットにした治療法(例:アストロサイトの活性化抑制や保護因子の分泌促進)の研究が行われ、神経疾患の進行を遅らせたり、症状を改善したりする可能性が探られています。
研究の課題と展望
しかし、アストロサイトの役割や機能は非常に複雑であり、その完全な理解にはさらなる研究が必要です。
また、アストロサイトの移植や活性化の制御には技術的な課題が伴います。
今回の研究でグループは、アストロサイトに起因する病態の理解や創薬研究につなげるため、ヒトiPS細胞由来のアストロサイトに対して多検体処理に適合するスケールでの機能表現型解析法の構築に挑みました。
理研に寄託されたヒトiPS細胞から、神経系細胞への分化途中の培地組成検討と細胞播種密度の最適化により改良した分化誘導法を用いて均質なアストロサイト集団を作製しました。
このアストロサイト集団をハイスループットスクリーニングに適合する多検体処理が可能な培養プレートに播種し、アストロサイトのマーカーであるGFAPやS100βタンパク質を発現していることを確認しました。
そしてヒトiPS細胞から数カ月の培養期間を経て作製されるアストロサイトは、一様な細胞集団を得ることが困難であり、病態解析や化合物スクリーニングへの適用は限定的でした。
本研究で開発したヒトiPS細胞由来アストロサイトと解析プラットフォームは、ハイスループットスクリーニングの実験系に適合し、疾患モデルと病態解明研究および治療法開発に貢献することが期待されます。
アストロサイトの品質維持と安定供給の実現は、多くの中枢神経系の疾患、損傷による問題解決の研究が進歩するものとして期待されています。