英London大、アルツハイマー病発症を3.5年前から予測できる血液検査法を考案

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検査ツールとしての幹細胞

再生医療において、人工的な臓器、器官を作成して移植するという流れが幹細胞の役割の主なものです。

一方で、幹細胞を使って様々な疾病の検査を行おうとする研究も進められています。

 

まず検査対象者の体細胞を採取します。

この時に採取する細胞は対象者の身体に負担を与えない部分から採取するため、入院などが必要ないケースがほとんどです。

採取した体細胞は、遺伝子操作によってiPS細胞に作りかえられます。

 

検査対象者の細胞から作ったiPS細胞は対象者本人の細胞であるが故に、検査などの結果において個人差、個体差を考える必要がありません。

例えば、脳細胞で検査を行いたい場合はこの検査対象者のiPS細胞を分化させて脳細胞を作成し、検査に用います。

得られた検査結果は、その対象者自身の細胞から得られた結果のため、テーラーメイド的な解釈が可能になります。

 

遺伝子配列から対象者ががんにどれだけなりやすいかなどの遺伝子が関連する疾病を検査する方法はすでに多くの疾病で確立されています。

遺伝子配列は重要な情報ですが、実際は他の遺伝子から作られるタンパク質との相互作用も関与してくるため、リスク予測としてはかなりゆらぎの部分を残していました。

 

そこで実際の細胞を検査で使い、遺伝子検査の結果と併せて判断するという方法が求められました。

この方法ですと、疾病リスクが高い精度で予測することが可能です。

 

iPS細胞の出現以来、こうしたテーラーメイド的な細胞検査を確立しようとする研究が行われてきましたが、イギリスのロンドン大学で、検査対象者の血液と幹細胞を使ってアルツハイマー病のリスクを予測する検査方法が確立されました。

 

アルツハイマー病とは

アルツハイマー病は神経変性疾患の一つで、現在はよく知られている疾病の一つです。

認知症の60%から70%がこのアルツハイマー病が原因とされています。

 

初期症状では直近の出来事を思い出せなくなり、進行に従って言語障害、見当識障害、気分が落ち込む、意欲の低下、自己否定、行動障害など様々な症状が表れます。

病状が悪化すると家族、社会から隔離された状態となり、身体機能が失われてしまいます。

身体機能が衰えるとアルツハイマー病自身が死因となる事もあり、診断後の余命は一般的に3年から9年とされています。

 

2021年にアルツハイマー病の根本的な原因に作用する「アデュカヌマブ」という新薬が承認されましたが、この薬は病気の進行を食い止めるだけで失われた脳機能は回復しません。

治療法、薬には一時的に症状を改善するものもありますが、その進行を止めること、脳機能を元に戻すことは現在ではほぼ不可能です。

 

アルツハイマー病の原因は十分に解明されているとは言えませんが、多くの遺伝子、環境要因が関連しています。

その中でも脳内でのアミロイド異常蓄積は原因としてほぼ確実視されています。

 

アミロイドとは特定の構造を持ち、水に溶けない繊維状のタンパク質です。

ただしアミロイドの定義は、組織病理学、生物物理学など分野によって異なる点が多く、解明されていない事も多い分子です。

器官、臓器にこのアミロイドが異常に蓄積すると、アミロイド症などの神経変性疾患の原因になると言われています。

 

アルツハイマー病に関連するアミロイドはアミロイドβとされています。

このアミロイドβが脳内に異常蓄積するとアルツハイマー病の原因になりますが、アミロイドβはアルツハイマー病の発症20年から30年前に脳内への蓄積が始まっています。

 

アルツハイマー病の新しい検査方法の確立

イギリス、King’s College Londonの精神医学・心理学・神経科学研究所(IoPPN:Institute of Psychiatry, Psychology & Neuroscience)は2023年1月27日、アルツハイマー病(AD)の発症を最大で3年半前から予測可能となる血液検査を考案したと発表しました。

 

検査の概略は、まず検査対象者から血液を採取します。

この血液から血清成分を調整し、ヒト海馬前駆細胞、または幹細胞に添加します。

発症の可能性があれば、添加後の細胞の変化でわかるというのが今回確立された検査の流れです。

 

これまでアミロイドβの検査は、PET検査、髄液検査が必要でした。

今回確立された検査方法はこれまでの検査とは異なり、低コストで検査対象者への負担も少なくて済みます。

 

この検査方法と同様の検査を確立しようとする試みは、このイギリスのグループだけでなく、日本の国立長寿医療研究センター、中村昭憲室長の研究グループでも行われています。

 

これらの研究グループは、侵襲性が低い(つまり患者への負担が少ない)、低コスト、安全、を目標として検査方法を研究していました。

しかしアミロイドβは微量であり、検出、定量が非常に難く、従来の技術では難しいとされていました。

 

ここ最近で、今回のイギリスの研究グループと、日本の研究グループで新しい検査方法が確立されたわけですが、これらの方法で以下の3通りの臨床応用による貢献が期待できます。

 

  1. 治験のスクリーニング検査:現在のアルツハイマー病治療薬の多くは、PET検査でアミロイドβ病理の存在を確認することが前提となっていますが、軽度認知障害、無症状の高齢者においてはPET検査ではアミロイドβ陰性となる確率が高いため、コスト的な問題が存在します。

今回の検査方法は、これらの問題を低減するものであると期待されています。

  1. 臨床診療において:臨床症状のみでアルツハイマー病を診断することは簡単ではありません。

血液検査でアミロイド病変についての情報が得ることができれば認知症の診断に役立ち、治療方針の決定、予後の予測に役立ちます。

  1. 予防医療:根本的な治療方法が十分確立されていないのが現状ですが、各方面で研究が進んでいます。

この治療方法の確立が前提になりますが、将来的には高齢者検診の中にこの検査を組み込むことによってアルツハイマー病のリスク保有者を同定し、早期介入、発症予防のリスクマネジメントに利用することも期待されます。

 

個人情報の問題

この新しい検査方法によって得られる情報は、アルツハイマー病の予測、予防に役立ちますが、一方で個人情報の面で今後解決しなければならない問題を抱えています。

アミロイドβの蓄積は、アルツハイマー病発症のかなり前から始まっているため、現在40歳代、50歳代の人でもこの検査によって陽性と診断される場合があります。

陽性と判断された場合、将来的にアルツハイマー病発症リスクが陰性の人よりも高くなり、保険への加入などで不利益を受けかねません。

 

さらに将来的な問題だけでなく、陽性という結果を根拠として、職場などで不利益を受ける可能性も存在します。

アルツハイマー病についての社会的な認知度は高いのですが、一方で歪曲された情報、誤解なども少なくないため、アルツハイマー病についての正確な情報の発信が今後不可欠になります。

 

そのため、まずはこうした検査結果は厳重に秘密が守られなければならず、医療面、科学技術面の進歩だけでなく、倫理面、法整備なども必要になります。

病院などの医療機関における患者、検査対象者の個人情報保護は重要な問題です。

全ての医療機関ではこうした個人情報の保護に配慮はされていますが、時折情報の漏洩、情報を入れた媒体の紛失などがニュースになります。

 

疾病の中には社会的に影響を与えるものが多いため、科学的な事柄だけでなく、社会的な整備も必要になっている現状ですが、こうした検査によって得られる情報が増えてくればそれに伴う法整備も必要になってくるため多くの分野での協調による進歩が必要になります。

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