ヒトiPS細胞由来心外膜細胞から血管新生や心筋増殖を促す「心臓周皮細胞」を作製

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ヒトiPS細胞由来心外膜細胞から心臓周皮細胞を作製

吉田善紀准教授(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門)、ルセナ-カカセ アントニオ准教授(研究当時:CiRA同部門特命助教、現在:大阪大学)、大学院生の三好悠太郎(CiRA同部門、京都大学大学院医学研究科)らのグループは、ヒトiPS細胞から作製した心外膜細胞において、SMAD3の減少が心臓周皮細胞への分化を促すことを明らかにしました。

心臓周皮細胞は、血管新生、心筋増殖を促す細胞として認識されている細胞です。

 

この研究のポイントは主に3つです。

・ヒトiPS細胞から作製した心外膜の細胞において、SMAD3を減少させると心臓周皮細胞の前駆細胞の特徴をもつ細胞へと分化させる事に成功しました。

・ SMAD3の減少により分化した細胞は、血管内皮細胞と相互作用し血管新生を促進することを明らかにしました。

・ SMAD3の減少により分化した細胞は、心筋細胞の増殖を活性化する物質を分泌することがわかりました。

 

心外膜細胞、心臓周皮細胞とは?

心外膜細胞(しんがいまくさいぼう、epicardial cells)は、心臓を覆う外膜である心外膜(epicardium)を形成する細胞です。

心外膜は、胎児の発生過程で心臓の周りに形成される薄い膜の一部であり、心臓の構造と機能において重要な役割を果たします。主な役割は以下の通りです。

 

心外膜は心臓を外から保護し、心筋(心臓の筋肉層)を支える役割を果たします。

また、心外膜細胞は、胎児期に分化して心筋や心臓の血管(冠動脈)に発展する重要な細胞供給源となります。

このプロセスにより、心臓の血管ネットワークが形成され、心筋に酸素や栄養が供給されるようになります。

 

心筋の再生と修復にも心外膜細胞は深く関わっています。

心外膜細胞は、傷ついた心筋の再生や修復にも関与していると考えられており、研究により、心外膜細胞が特定の条件下で再活性化し、心筋細胞や血管細胞へと分化することで、心臓の損傷部位の修復を促す可能性が示唆されています。

 

そして心臓発生時の信号伝達において重要な成長因子やシグナル分子を分泌し、他の細胞(心筋細胞や血管細胞など)とのコミュニケーションを通じて、心臓組織の正常な発達と機能に貢献しています。

 

心外膜細胞の研究は、特に心疾患の治療や心筋再生医療の分野で注目されており、これらの細胞の機能を利用して心臓の損傷を修復する可能性が模索されています。

 

心臓周皮細胞(Cardiac pericytes)は、心臓内の毛細血管や小動脈の周囲に存在する細胞で、血管の構造や機能の維持、血流の調節に重要な役割を果たしています。

 

心臓周皮細胞は血管壁の外側に位置し、血管内皮細胞を取り囲むことで、血管の安定性と構造の維持を助けます。

これにより、血管の破裂や漏れを防ぎ、血流を正常に保つのに寄与します。

 

そして周皮細胞は、収縮および弛緩の能力を持っており、血管の口径を調節することで血流量を制御します。

これにより、酸素や栄養の供給が必要な心筋細胞に適切に届けられるように調整されています。

 

さらに心臓周皮細胞は、血管の新生(血管新生)やリモデリングにも関与しています。

傷ついた血管が修復される際や新しい血管が形成される際に、周皮細胞は血管内皮細胞と協力してそのプロセスを支えます。

 

心臓の損傷や病気に伴う炎症反応の際、心臓周皮細胞は炎症性サイトカインの分泌に関与することで、免疫細胞の反応を調整します。

この機能は、心臓組織の損傷後の修復過程にも影響を与えます。

 

研究によると、心臓周皮細胞は再生能力を持つ細胞であり、特定の条件下で心筋細胞や血管細胞に分化する可能性があるとされています。

これにより、心筋の再生や修復のメカニズムとしても注目されています。

 

心臓周皮細胞の機能や特性の解明は、心臓病の治療や心筋再生医療の発展に寄与する可能性があり、特に心臓の損傷後の回復や再生プロセスに関する研究が進められています。

 

SMAD3というタンパク質について

SMAD3(Mothers Against Decapentaplegic Homolog 3)は、主に細胞増殖、分化、発生、修復に関わるシグナル伝達経路であるTGF-β(トランスフォーミング成長因子ベータ)シグナル経路において中心的な役割を果たすタンパク質です。

SMAD3は、以下のような機能や特徴を持っています。

 

・TGF-βシグナル伝達の主要因子:SMAD3は、TGF-βリガンドが細胞表面のTGF-β受容体に結合すると、リン酸化されて活性化されます。

リン酸化されたSMAD3は、SMAD4と結合して細胞核に移行し、特定の遺伝子の発現を調節します。

この過程を通じて、TGF-βが誘導する細胞の応答を媒介します。

 

・細胞増殖と分化の制御:SMAD3は、細胞の増殖や分化に関与する遺伝子の発現を制御します。

例えば、SMAD3を介したTGF-βシグナルは、腫瘍抑制因子として働き、細胞増殖の抑制やアポトーシス(細胞死)を促進します。

このため、正常な細胞周期の維持やがん細胞の増殖抑制にも重要です。

 

・線維化と創傷治癒:SMAD3は、創傷治癒や組織の線維化にも関与します。

TGF-βシグナルが過剰に活性化されると、SMAD3は線維芽細胞の活性化とコラーゲンなどの細胞外マトリクス成分の生成を促進し、組織の線維化を引き起こします。

このことは、肝臓や肺、腎臓などで見られる線維化疾患に関係しています。

 

・免疫調節:SMAD3は、炎症や免疫応答の調節にも関与しており、特にT細胞の分化に影響を与えます。

SMAD3を介したシグナルは、免疫系の抑制や炎症の制御に重要な役割を果たし、自己免疫疾患や炎症性疾患にも関係しています。

 

・疾患との関連:SMAD3の変異や異常な活性化は、さまざまな疾患の原因となることが知られています。

例えば、SMAD3の機能不全や変異は、マルファン症候群関連疾患や動脈瘤の発生、さらに線維化疾患やがんの発展に関与する可能性があります。

 

以上のように、SMAD3はTGF-βシグナル伝達の中心的な役割を果たし、細胞増殖、分化、免疫応答、創傷治癒、線維化といった多岐にわたる生理的過程を調整しています。

そのため、SMAD3は、さまざまな病態における治療標的としても注目されています。

 

iPS細胞から分化させた心臓の細胞について

iPS細胞から分化させた心臓の細胞は、心筋細胞や血管内皮細胞、心臓周皮細胞など多様な細胞に分化させることが可能で、主に再生医療や薬剤開発の分野で注目されています。

iPS細胞由来の心臓細胞は、以下のような特徴と応用が期待されています。

 

・収縮機能を持つ心筋細胞の生成:iPS細胞から分化した心筋細胞は、心臓の拍動に関与する収縮機能を持ち、実際に拍動を観察することが可能です。

これにより、心筋細胞としての機能を備えたモデルを作り出すことができます。

 

・心筋梗塞などの治療:心筋梗塞などで損傷した心筋をiPS細胞由来の心筋細胞で補うことで、心臓組織の再生が可能になると期待されています。

これにより、心機能の回復や患者の予後改善が期待されています。

 

・冠動脈や毛細血管の再生:iPS細胞から分化した血管内皮細胞は、血管を形成する能力があり、特に冠動脈や心臓の毛細血管など、心臓の血流改善を目的とした再生医療に役立つと考えられています。

 

・血管疾患の研究モデル:iPS細胞由来の血管内皮細胞を用いることで、動脈硬化や血栓症、心臓の血管異常に関わるメカニズムの解明や新規治療薬の開発が進められています。

 

・心臓周皮細胞や線維芽細胞の分化と修復/組織構造の維持とサポート:心臓の周皮細胞や線維芽細胞に分化させることで、心臓の組織構造を補強し、心臓の安定性や修復を助ける役割を果たすと考えられています。

特に、心臓の損傷部位での細胞補充やリモデリングに役立つ可能性があります。

 

・薬剤の心毒性評価:iPS細胞から作られた心筋細胞を用いることで、新薬候補が心筋にどのような影響を与えるかを評価できます。

特に、薬剤が心拍数や心筋の収縮に与える影響をリアルタイムで観察できるため、心毒性を予測するための重要なツールとなっています。

 

・病気特異的iPS細胞の活用:心疾患患者から作成したiPS細胞を使って、特定の遺伝的な心臓病を再現することも可能です。

この技術により、病気のメカニズム解明や個別化医療に役立つ情報を得ることができます。

 

・オルガノイド(ミニ心臓)の作製:iPS細胞から心臓のオルガノイド(ミニ心臓)を作製する技術も進んでいます。

これにより、心臓の複雑な構造や機能を部分的に再現でき、より現実に近い環境で薬剤の効果や疾患メカニズムの研究が可能です。

 

iPS細胞由来の心臓細胞は、心臓病治療の新たな選択肢として期待されるほか、創薬や病態解明のための研究ツールとしても重要です。

 

今回の研究の詳細

今回の研究でヒトiPS細胞から分化させて24日目の心外膜細胞に対して、一時的に特定の遺伝子発現を抑制することのできるsiRNAを用いて、SMAD3の発現を抑制し、細胞内のSMAD3を減少させました。

その結果、siRNA処理後の時間経過に伴い、細胞の形態が紡錘形に変化しました。

さらに、遺伝子発現を調べたところ、上皮間葉転換のときにみられる遺伝子発現の変化が確認され、特に心臓周皮細胞に特異的な遺伝子の多くが発現上昇しました。

 

このSMAD3の発現を抑制した細胞は、心臓周皮細胞の前駆細胞に似ており、この細胞の変化において、SMAD3のリン酸化状態は変化していなかったことから、従来とは異なる様式のSMAD3の上皮間葉転換の経路と考えられます。

さらに、SMAD3の発現を抑制した細胞をさらに調べると、血管新生を促進するタンパク質VEGFAなどの分泌の増加が確認されました。

 

本研究では、ヒトiPS細胞から作製した心外膜細胞のSMAD3を減少させることで、心臓周皮細胞の前駆細胞の特徴をもつ細胞へと分化することを見出しました。

さらに、SMAD3の減少により誘導された細胞は、生体由来の血管内皮細胞やヒトiPS細胞から作製した心筋細胞と相互作用し、それぞれ心臓の再生につながる作用を発揮しうることを確認しました。

ヒトiPS細胞を用いて、さらに心外膜細胞の分子メカニズムを明らかにすることで、今後、新たなアプローチの心疾患の治療法にも応用可能な生物学的な知識基盤となることが期待されます。

 

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