患者の細胞からiPS細胞を作る
理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター iPS細胞高次特性解析開発チームの林 洋平 チームリーダー、荒井 優 大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、東京理科大学 大学院薬学研究科 博士課程(研究当時))、東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科の早田 匡芳 教授らの共同研究チームは、遺伝性腎臓病の一つである「若年性ネフロン癆(じゃくねんせいねふろんろう)」の患者から作られたiPS細胞を利用して、その病態を培養皿上で再現することに成功しました。
患者の細胞からiPS細胞を作る目的には、いくつかの重要な理由があります。
すでにいくつかの疾患では、患者の細胞からiPS細胞を作製し、研究に使われています。
iPS細胞を作る目的は、まず個別化医療が挙げられます。
個別化医療は、オーダーメイド医療、テーラーメイド医療とも呼ばれ、患者の体質(遺伝的体質を含む)に適した治療を行います。
この個別化医療において、患者自身の細胞から作られたiPS細胞を使うことは、個別の患者に最適な治療を開発することを可能とします。
これにより、拒絶反応のリスクが減り、治療効果が向上します。
そして研究に着目すると、このiPS細胞作製は病気のモデル化を目的として行われることが多く見られます。
患者の細胞から作られたiPS細胞を使えば、その患者特有の病気を試験管内で再現することができます。
これにより、病気のメカニズムを詳細に研究し、新しい治療法を開発する手助けとなります。
さらに薬剤のスクリーニングでは、患者特有のiPS細胞を用いて、さまざまな薬剤の効果や毒性を試験することができます。
これにより、より効果的で安全な薬剤を見つけるプロセスが加速します。
そして臨床を視野に入れると、再生医療という言葉を避けて通ることはできません。
iPS細胞は多能性を持ち、さまざまな種類の細胞に分化できるため、患者の損傷した組織や臓器を再生するために使用できます。
患者自身の細胞を用いることで、免疫拒絶反応を最小限に抑えることができます。
これらの理由から、患者の細胞からiPS細胞を作ることは、医療と研究の両方において非常に有益とされています。
腎臓の機能
今回の研究は、腎臓の遺伝性疾患をターゲットとした研究です。
腎臓は体内で重要な役割を果たす臓器で、主に以下の機能を持っています。
腎臓は血液をろ過し、老廃物や不要な物質を除去します。
糸球体で血液がろ過され、尿細管で再吸収や分泌が行われます。
そして排泄においては腎臓は中心的な役割を持っており、尿として老廃物を体外に排出します。
これは特に尿素やクレアチニン、薬物などの代謝産物を含みます。
尿に関する調節をになっている腎臓は、体液バランスの調整にも大きな役割を果たします。
体内の水分量を調整し、適切な体液バランスを維持するためには、尿量の調整が重要です。
さらに電解質バランスの維持、つまりナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの電解質のバランスを保ちます。
水分、電解質となると、やはりpHの調整が関係します。
酸塩基平衡の維持も腎臓の役割で、体内の酸性度とアルカリ性度を調整し、適切なpHバランスを維持しています。
そして腎臓はレニンという酵素を分泌し、血圧を調節するホルモンシステム(RAA系)も制御しています。
この機能によって血圧の上昇や下降が調整されます。
腎臓が担っている役割はまだまだあります。
腎臓はエリスロポエチンというホルモンを分泌し、骨髄での赤血球生成を促進します。
この機能が不十分であると、貧血を起こしてしまいます。
さらにビタミンDの活性化、カルシトリオールの生成によって腎臓はビタミンDを活性化し、カルシウムの吸収を助けます。
この機能は骨の健康を維持に重要です。
腎臓のこれらの機能により、体内の恒常性が維持され、健康が保たれます。
腎臓が正常に機能しない場合、これらのプロセスが障害され、体液バランスの崩れや老廃物の蓄積、血圧の異常などが発生する可能性があります。
腎臓の構造、ネフロン
腎臓のネフロン(nephron)は、腎臓の機能単位であり、血液をろ過し、尿を生成する役割を担っています。
各腎臓には約100万個のネフロンが存在し、以下の主要な部分から構成されています。
腎小体にはグロメルルスとボーマン嚢が存在しています。
・グロメルルス(糸球体): 毛細血管の塊であり、ここで血液がろ過されます。
高圧の血流が糸球体を通過することで、血液中の水分や小さな分子がボーマン嚢に押し出されます。
・ボーマン嚢(ボウマン嚢): 糸球体を包むカプセル状の構造で、ろ過された液体(一次尿)を受け取ります。
尿細管には3つの重要な構造が存在しています。
・近位尿細管: 一次尿中の水分や栄養素、イオンが再吸収されます。
・ヘンレのループ: 水分とナトリウムの再吸収が行われ、尿の濃縮が進みます。
・遠位尿細管: 最終的な調整が行われ、水分や電解質の再吸収が続きます。
遠位尿細管から集められた尿がさらに濃縮され、集合管で最終的な尿として腎盂(腎盤)に運ばれます。
このネフロンは以下に挙げる機能を持っています。
まずはろ過です。
血液が糸球体を通過する際に、血液中の水分や小さな分子がボーマン嚢にろ過されますが、大きな分子や細胞成分は糸球体を通過せずに血液中に残ります。
つぎに再吸収です。
近位尿細管やヘンレのループ、遠位尿細管で、一時的に尿に含まれた水分や重要なイオン、栄養素が再吸収され、体内に戻ります。
そして尿細管での分泌では、不要な物質や過剰なイオンが血液から尿へ分泌されます。
最後に排泄です。
最終的な尿が集合管を通じて腎盂に集められ、尿管を通じて膀胱に運ばれ、体外へ排出されます。
腎臓の遺伝性疾患
腎臓の疾患は、時に腎臓移植を必要とすることがあります。
その疾患の中に遺伝性の腎疾患も含まれ、この疾患は健康管理だけでは防ぐことができないものがあります。
遺伝性腎臓病は、遺伝子の異常によって引き起こされる腎臓の疾患群を指しますが、これらの疾患は家族内で遺伝し、様々な形で腎機能に影響を及ぼすことがあります。
以下に主な遺伝性腎臓病の種類とその特徴を説明します。
多発性嚢胞腎(PKD: Polycystic Kidney Disease)は2つの疾患に分類されます。
まず常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)です。
最も一般的な遺伝性腎疾患で、腎臓に多数の嚢胞が形成され、腎機能が低下し、成人期に症状が現れることが多い疾患です。
そして稀ですが常染色体劣性多発性嚢胞腎(ARPKD)があります。
この疾患は幼少期に症状が現れることが多く、重篤な腎障害を引き起こします。
この2つの疾患の違いは、常染色体優性か常染色体劣性か、です。
アルポート症候群(Alport Syndrome)は、腎炎、聴覚障害、視覚障害を伴う疾患です。
遺伝子の異常により、腎臓の基底膜が正常に形成されないため、腎機能が徐々に低下します。
この疾患の遺伝形式は、X染色体連鎖優性遺伝、常染色体劣性遺伝、常染色体優性遺伝などがあります。
フィンランド型先天性ネフローゼ症候群(Congenital Nephrotic Syndrome of the Finnish Type)は、生後早期に大量のタンパク尿を引き起こし、腎不全に至る疾患です。
主にフィンランドで見られる常染色体劣性遺伝の遺伝病です。
その他にも、α-ガラクトシダーゼA酵素の欠乏により、グロボトリアオシルセラミドが蓄積し、腎機能障害や心血管障害、皮膚の症状が現れるファブリー病(Fabry Disease)、低分子タンパク尿、腎結石、腎不全を引き起こすデンシティン遺伝性腎症(Dent Disease)、そして補体システムの異常により、腎臓の糸球体に炎症が生じ、腎機能が低下する低補体血性膜性腎症(Complement-Related Membranoproliferative Glomerulonephritis)がよく知られています。
若年性ネフロン癆
そして今回の研究のテーマである若年性ネフロン癆も遺伝性腎疾患の1つです。
この疾患は、腎臓のネフロン(腎単位)が正常に機能しなくなることで引き起こされる遺伝性の腎疾患で、特に若年層において発症しやすいとされています。
多くの場合、家族歴があることが多く、常染色体劣性遺伝または常染色体優性遺伝によって引き起こされます。
そして病気が進行するにつれて腎機能が低下し、最終的には腎不全に至ることがあります。
症状としては、尿の量が異常に多くなる、夜間に頻繁に尿意を感じるから始まり、体が水分を保持できなくなるため、脱水状態に陥りやすくなります。
さらに血中のカリウム濃度が低くなる低カリウム血症が起こり、骨密度の低下や骨の変形が見られることがあります。
現時点でこの疾患は、早期診断と適切な管理が重要とされています。
つまり、根本的な治療が不十分なために、早期発見、発症後の健康管理に頼らざるを得ないのが現状です。
今回の研究で、若年性ネフロン癆の患者から作られたiPS細胞を利用して、その病態を培養皿上で再現することに成功したということは、若年性ネフロン癆の分子メカニズムを研究するツールが確立されたということになります。
今後、この確立された方法で作成された細胞が、若年性ネフロン癆の分子メカニズムの解析に使われる事で、疾患の理解に大きな貢献をすると期待されます。