1. 間葉系幹細胞を使ったコロナ患者の治療が次のステージへ
2021年6月15日、ロート製薬は新型コロナウイルス感染によって重症化した肺炎患者を対象として行っていた再生医薬品の開発が、新しい段階である第2段階の臨床試験(治験)に入ったことを発表しました。
2020年8月から進行していた第1段階の治験で、安全性をクリアしたことが確認され、第2段階に進むことが可能となりました。
この第2段階の治験では、20人の患者を対象に有効性を評価することが目的で、予定では2022年の9月に完了するとしています。
必要な承認申請の方法と時期については現段階で未定としています。
この開発は、2020年6月にロート製薬がコロナウイルスに感染した患者に間葉系幹細胞を投与する治験計画を医療品医療機器総合機構(PMDA:Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)に申請したことが始まりです。
研究開発は、主に大阪大学医学部付属病院で行われ、新型コロナウイルスに感染した重要の肺炎患者のうち、人工呼吸器を装着するレベルの患者をターゲットとして進められてきました。
新型コロナワクチンは、感染前の防御として重要ですが、感染して重症化した患者の治療方法は別途開発しなければなりません。
おそらく、コロナ感染に伴うCOVID-19による疾患、症状の治療方法は喫緊の課題として、関係機関による審査、承認作業は優先的に行われたと予想されます。
また、ロート製薬は2011年から再生医療に関する研究開発に着手しているため、10年分のノウハウの蓄積があります。
細胞培養技術、無菌製剤技術を使って参入したロート製薬は、これまで蓄積したノウハウを投入し、比較的早い時期に第2段階に入る準備が整ったものであると予想されます。
2. 治験の流れ
治験は一般的に、第I相(第1段階)から第III相(第3段階)の3段階で行われる事が多いのですが、抗がん剤などの副作用が比較的強い薬品については、アレンジした方法で行われるケースがあります。
まずロート製薬が完了した第1段階(第I相試験、フェーズI)では、投与した場合の薬物の吸収、身体の中の分布、代謝、排泄と、副作用がどのレベルで出るかなどの安全性について検討されます。
これらの検討は、患者ではなく健常者を使って行われる試験であり、第2段階で用いるための用法、用量を決定するための試験と解析が行われます。
そして今回始まる第2段階(第II相試験、フェーズII)は、比較的少数の患者を対象にして、第1段階に続いて薬物の吸収、代謝、排泄などの試験を行います。
大きな違いは、第1段階が健常者を使っての試験だったのに対し、第2段階では実際の患者を使って行われるという点です。
そのため、有効性の試験、健常者では出ていなかった副作用が患者では出るかどうか、用量を徐々に増やしていけばどうなるのか、など目的に応じて様々なタイプの試験が行われます。
最後の第3段階では、実際にその薬品を使う可能性の高い患者を対象としてます。
規模も大きくなり、大規模なデータで、有効性の検証と安全性の検討が行われ、第2段階で確認された有効性が確かな物かどうかの証明もこの段階で行われます。
現在は、大阪大学医学部付属病院とロート製薬で試験を行っていますが、この段階になると試験に参加する施設も増えます。
3. 治療のターゲットは具体的には何か?
この治療は具体的にはどんな症状をターゲットにしているのでしょうか?
まず、新型コロナウイルスに感染した時、肺の細胞に起こる事を解説します。
コロナウイルスが侵入した細胞は、免疫細胞に自分が異物に感染したことを知らせるためにサイトカインという物質を細胞の外に分泌します。
このサイトカインは、免疫細胞への緊急信号となり、この信号を目標に免疫細胞が集まり、感染した細胞を攻撃します。
サイトカインは緊急信号の役割だけでなく、免疫細胞を活性化させる役割も担っています。
免疫細胞は、ウイルスに感染した細胞を攻撃、破壊して、細胞内でしか増えることができないウイルスが増殖する場所を奪おうとします。
攻撃するために集まってきた免疫細胞は、サイトカインによって活性化するだけでなく、自分たちもサイトカインを分泌します。
これはさらなる援軍を求めるシグナルと考えてよいでしょう。
このシグナルによって、次々と免疫細胞が現場に駆けつけます。
しかしそのうちに、免疫細胞は健常細胞も攻撃し始め、暴走気味の状態になってきます。
これが肺で起こった場合、肺の血管細胞などの体内に酸素を送るために重要な細胞群も攻撃され、ダメージを受けることがあり、ダメージを受ける細胞が増えると呼吸困難に陥ります。
これはサイトカインストーム、またサイトカイン放出症候群とも呼ばれており、コロナウイルス感染時だけではなく、他の病原体感染、疾患でも起こるケースがあります。
さらに、コロナウイルス感染時にはサイトカインストームによって血栓症が起こりやすいという報告もあります。
血栓症は突然起こる事が多く、これによって引き起こされるからの機能障害は血流不足、つまり酸素不足によるものがほとんどなので、不可逆的な身体機能障害が残ってしまいます。
血栓症が起こる可能性は全身にあるため、脳で起こった場合は深刻なダメージを人体に与えてしまいます。
ロート製薬による幹細胞治療はこれを防ぐための手段として開発されている治療方法なのです。
4. 具体的な治療方法について
この治療に使う幹細胞は、脂肪間葉系幹細胞です。
患者の脂肪から、脂肪間葉系幹細胞を採取し、人工培養して増殖させます。
増殖した脂肪間葉系幹細胞は、週1回、1億個ずつ患者に点滴で投与され、この投与を4週にわたって行います。
投与の目的はサイトカインストームの抑制で、点滴によって投与された脂肪間葉系幹細胞は血管から血流、そして全身に行き渡ります。
全ての血液は、いずれ肺を通過しなければならないので、点滴によって体内に入った間葉系幹細胞は高い確率で肺に向かうことになります。
間葉系幹細胞は、骨、軟骨、リンパ系の組織、循環器系組織の細胞に分化、発展することができるというユーティリティ性を持つ細胞であるので、免疫細胞によって破壊された肺の血管細胞などの修復、再生も可能です。
さらに、患者から採取した間葉系幹細胞ですので、拒否反応のリスクが極めて低く、安全性の確保についても他家幹細胞よりも有利な点です。
さらに、この治療を現時点でiPS細胞、ES細胞で行うと、コストが高くなることが避けられません。
予測される患者数と、投与しなければならない細胞数を考えると、COBID-19の様なケースではiPS細胞などを使うのは適当とは言えません。
大量の患者が出るおそれのある疾患の治療は、効率性が必要です。
iPS細胞も、今後環境が整備されてくればこういった疾患への治療に使うこともできるのですが、現時点ではiPS細胞のストック自体も多くありません。
ワクチン接種が世界で進行していますが、ワクチンを打ったから絶対にコロナウイルスに感染しないわけではありません。
今後数年から10年くらいにわたって、新型コロナウイルスに対しては十分な注意を払うことが必要でしょうし、それに対する治療方法の確立も急がなければなりません。
ロート製薬が開発しているこの治療方法は、まさに今あるもので新しい的に対処するという緊急的な状況に適した治療法ということができます。
生命が助かったとしても、COVID-19で肺に重い障害を持ってしまうと、その後の生活の質(QOL)が下がり、本人、家族に大きな負担を強いることとなってしまいます。
そのためにも一刻も早いこの幹細胞を使った治療法の確立が望まれています。