植物が示す多様な気孔の作り方を幹細胞で再現

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植物の幹細胞を使った研究

東京大学大学院理学研究科の塚谷裕一教授、古賀晧之助教らの研究グループは、植物の幹細胞を使って植物の気孔の作り方に多様性が生まれる仕組みを明らかにしました。

この研究は、研究グループの大学院生であるドル有生氏によって行われました(現在は博士号取得し、奈良先端科学技術大学院大学 日本学術振興会特別研究員)。

研究内容は国際学術誌である、Journal of Experimental Botanyに「Experimental validation of the mechanism of stomatal development diversification」というタイトルで発表されています。

 

幹細胞を使った研究はヒト、マウスなど哺乳類を使った研究が多く発表されていますが、これは再生医療など医学的な応用を狙ったものが多いため、ヒト、もしくはヒトが属する哺乳類を使った研究が盛んに行われているためです。

植物の幹細胞を使った研究は、植物の発生生物学分野に密接に関係した知見が得られるため、研究結果は農学に応用することが期待されています。

 

植物の気孔とは?

植物の気孔は、葉の表皮に存在する小さな開口部です。

2つの孔辺細胞が唇のような形で向かい合った構造になっており、この2つの細胞が形を変化させることで開口部の大きさが調節されます。

そして気孔から様々な物質が出入りするため、主に光合成、呼吸、蒸散のための外部気体との物質交換に使われています。

 

光合成に必要な二酸化炭素は、気孔を通じて空気中から供給されます。

植物が光合成によって酸素を生成させることはよく知られていますが、この酸素も気孔を介して植物内から空気中に放出されます。

そして植物内からの水分の放出、つまり水蒸気の放出も主に気孔が使われています。

気孔の開閉は、光、水分などによって調節されていることが知られています。

植物自体が水不足になった場合は気孔を閉じて体内の水分が蒸散するのを抑制しています。

 

気孔は陸上植物(コケ類をのぞく)に存在していますが、気孔の分布、数は種にとって異なり、同じ種の中でも環境によって異なっています。

双子葉植物では、木に分類されるものでは主に葉の裏側にのみ存在し、草などでは葉の表側よりも裏側に多く見られます。

単子葉植物には多様性があり、表側に多いもの、裏側に多いもの様々です。

 

気孔はどうやって作られるか?

気孔のもととなる細胞は「気孔幹細胞」です。

気孔幹細胞はメリステモイドと呼ばれ、多角形の形態を示します。

複数回の分裂を経ると、丸みを帯びた孔辺母細胞と呼ばれる細胞に分化し、その後に1回細胞分裂をすると機構を構成する孔辺細胞となります。

 

この気孔幹細胞が分裂を何回も繰り返して気孔を形成しますが、植物種によって作られ方が異なります。

気孔幹細胞が何回分裂すれば気孔になるのか、については分裂回数が植物種によって異なるため一概に述べる事はできません。

しかし、この多様性が生まれる仕組みはほとんどわかっておらず、今回の研究成果でその解明のための一歩が踏み出されたと言えます。

 

研究グループが着目したのはオオバコ科のアワゴケ属である植物には、種によって気孔を作るための細胞分裂が異なっている点です。

アワゴケ属という近縁種であっても分裂回数に多様性があるということは知られていましたが、その原因などはわかっていませんでした。

 

アワゴケはこけという名前が付いていますがコケの仲間ではなく、花を持つ被子植物です。

オオバコ科であり、世界中には50種類以上が生息しており、水中と陸上両方で生育できる種類から、陸上のみ、または水中でのみで生育できる種類までタイプは多様です。

 

研究の結果、大まかな原因は気孔を作るために重要な遺伝子の作用するタイミングが異なっているのでこのような多様性が生まれていると考えられていました。

しかしそのタイミングの違いがどのように気孔の作り方に変化をもたらすのかどうかは証明されていませんでした。

 

幹細胞を使ってどのように研究したのか?

研究に使われたのはシロイヌナズナです。

シロイヌナズナは、世界中で最もよく分子生物学、遺伝学で使われているモデル植物です。

アブラナ科の一年草であり、気孔の発生の研究は主にシロイヌナズナで行われてきました。

シロイヌナズナの利点は遺伝子操作がしやすい点にあり、ショウジョウバエと同様に遺伝子操作の利便さを理由として使われてきたという経緯があります。

 

研究グループは、気孔形成に関与する遺伝子群の作用するタイミングの違いをシロイヌナズナで人為的に再現しました。

その結果、遺伝子の作用する時期をずらすと、予想通りの気候形成パターンを示すことが明らかにされました。

 

気候形成に関与する遺伝子

気孔をつくる際は、気孔のもととなる気孔幹細胞の分裂を維持する遺伝子SPEECHLESS(SPCH)と、その分裂を終結する遺伝子MUTEが順番にはたらくことが知られていました。

この研究では、このSPCHとMUTEのはたらく時間間隔の違いが気孔の作り方の多様性を生み出しているのではないかと仮説を立て、シロイヌナズナにおける遺伝子操作によってMUTEのはたらくタイミングを変更し、実際に気孔の作り方が変化するかを調べました。

その結果、予想通りMUTEを早くした時は気孔幹細胞の分裂が減り、MUTEを遅くした時は分裂が多くなり、それぞれシロイヌナズナとは異なる他の野生植物のようなパターンを示しました。

これにより、遺伝子のはたらく間隔に基づく、気孔作りの多様化の仕組みが実証されました。

 

SPCH遺伝子は気孔幹細胞の分裂を促進し、MUTE遺伝子は分裂を呈する機能を持っています。

この2つの遺伝子の作用するタイミングが種によって異なることが気孔の形成多様性を生んでいますが、確認するためには遺伝子操作によって作用するタイミングを変える必要があります。

その遺伝子操作を行って得られた研究成果が今回発表された論文の内容です。

 

今回の研究成果を具体的に挙げると、以下の3点にまとめられます。

  1. 葉にある気孔の作り方が植物種によって多様である仕組みに関する仮説を、気孔を作る遺伝子のはたらくタイミングに注目して証明しました。
  2. 葉にある気孔の作り方が植物種によって多様である仕組みに関する仮説を、気孔を作る遺伝子のはたらくタイミングに注目して証明した。
  3. 植物の暮らしを支える気孔の進化過程の解明や、農業応用が期待される気孔の構造改変に向けて重要な知見が得られた。

 

用途が広がる幹細胞研究

このように医療分野だけでなく、農業分野への発展を視野に入れた植物の研究でも幹細胞は使われています。

「その植物の形がどう作られていくのか」を解析するためには幹細胞は非常に便利なツールであり、ヒト、マウスなどの哺乳類と比べて倫理的なハードルも低いため、使いやすい研究ツールという位置づけにあります。

 

この研究では、植物の進化過程の理解と、光合成などをコントロールする上で農業的に重要な気孔形質の改良方法の開発につながる重要な知見を得ることができました。

しかし、論文著者達は「遺伝子の改変をした」という点において「自然環境における状態を完全に再現したものではない」としており、今後さらに自然な状態の植物に近づけた解析を目指しています。

 

ヒトの幹細胞を用いた研究でも「遺伝子改変がどこまで通常の状態に近いのか?」は重要な問題となっています。

生物の身体は1つの遺伝子のみが作用して起こる現象はほとんどなく、ほとんどの場合は複数遺伝子によって多くの種類のタンパク質が作られ、それらが相互作用することによって目に見える現象が起きています。

幹細胞をより自然た状態に近づける研究はすでにいくつかの研究チームが着手しており、これからはそういった研究報告が増えていくでしょう。

 

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