人工作成が難しい小腸の作製に成功
iPS細胞、ES細胞から様々な細胞、組織を作る試みが行われてきました。
その中で、複雑な組織は人工的な作成が困難であり、その作製方法の構築が各所で試みられています。
そういった作製困難な組織の1つに小腸があります。
これまで小腸の構造的および機能的な特性を再現することは困難でしたが、京都大学のCiRA増殖分化機構研究部門、出口清香特定助教、高山和雄講師らの研究グループは、マイクロ流体デバイスを用いて間質流を再現することで、ヒト多能性幹細胞(iPS/ES細胞)から、小腸における多層構造を持つモデルを開発することに成功しました。
この研究で構築された、機能的および構造的に成熟したマイクロ小腸システムは、創薬研究や疾患研究への応用が期待されます。
小腸の構造
小腸は、食物の消化と栄養の吸収に重要な役割を果たす消化管の一部です。約6~7メートルの長さを持ち、胃と大腸の間に位置しています。小腸は次の3つの部分に分けられます。
十二指腸は胃の出口(幽門)に接続し、最初の約25センチメートルの部分であり、消化酵素を含む膵液や胆汁が流れ込み、食物の消化が進みます。
主に消化の始まりで、酸性の胃内容物を中和し、酵素を用いて脂肪や炭水化物を分解します。
十二指腸に続く部分は空腸で、小腸の中間部分に位置します。
全体の約2.5メートルを占めます。
消化と吸収が活発に行われる場所で、粘膜が非常に豊富な絨毛という小さな突起に覆われ、栄養素の吸収が最も活発に行われる場所です。
小腸の最後の部分は回腸と呼ばれています。
空腸から続き、大腸(盲腸)に接続し、長さは約3.5メートルです。
空腸よりも細く、絨毛もやや少なくなり、特にビタミンB12や胆汁酸の再吸収が行われます。
小腸の内壁は独特の構造をしています。
小腸の内壁は絨毛という多数の指状の突起に覆われており、これにより表面積が大きくなり、栄養の吸収効率が高まります。
この絨毛の表面にはさらに微絨毛という細かい突起があり、これも表面積を増加させ、吸収を効率化します。
さらに腸の内壁には腸腺があり、消化酵素や粘液を分泌して、食物の分解と移動を助けます。
小腸を構成する細胞
小腸を構成する細胞には多くの種類がありますが、小腸上皮細胞に分類される細胞には以下に挙げられる細胞があります。
小腸上皮細胞は、小腸の内壁を覆う細胞の総称で、主に栄養の吸収や防御機能を担っています。
これらの細胞は、小腸の内腔(消化管の内部の空間)に直接接しており、栄養素の吸収や、消化物の通過を助ける重要な役割を果たします。
小腸上皮細胞の主なタイプは次の通りです。
・吸収細胞(Enterocyte):最も一般的な小腸上皮細胞で、食物から栄養素を吸収します。
吸収細胞は微絨毛という多数の微細な突起を持ち、これにより表面積が増加し、栄養吸収の効率が高まります。
・杯細胞(Goblet cell): 粘液を分泌する上皮細胞の一種です。
粘液は小腸の内壁を覆い、消化物の滑りを良くし、上皮を保護します。
・腸内分泌細胞(Enteroendocrine cell):ホルモンを分泌する細胞で、消化過程や食欲を調整します。
・パネート細胞(Paneth cell):腸陰窩に位置し、抗菌物質を分泌して腸内の細菌を制御します。
また、腸幹細胞を保護し、腸の再生を助けます。
小腸上皮細胞の分化誘導の研究
小腸は、粘液層と上皮層、間質層が層状に整列した構造を有していますが、これまで開発されてきたin vitro小腸モデルの多くは小腸上皮細胞が並ぶ上皮層のみから構成されています。
そのため、小腸上皮細胞を支える間質層は存在しませんでした。
また、過去の小腸モデルに含まれる小腸上皮細胞は未熟であり、小腸上皮細胞から分泌される粘液の層の形成も十分にみられませんでした。
ここで重要になるのは“間質流”です。
間質流とは、血管から染み出した血漿成分が間質液となって形成する、間質中の体液の緩やかな流れです。
小腸の基底側に動脈が接続しており、発生過程では、小腸を構成する細胞は間質流に晒されています。
研究グループは、間質流が小腸の細胞の分化を含む小腸発生に重要な刺激ではないかと考えました。
そこで発生過程での間質流をin vitroで模倣することで、ヒトiPS細胞、またはES細胞から小腸モデルの構築を試みました。
間質流を再現するために、細かい孔を持つ多孔質膜で上下に仕切られた流路を持つマイクロ流体デバイスを用いました。
数値シミュレーションをマイクロ流体デバイス内を流れる液体に対して行ったところ、下部流路の培地を灌流することで、培地が多孔質膜の微細孔を通って下部流路から上部流路に垂直方向に染み出すことがわかりました。
さらに、下部流路の培地の灌流速度を最適化することで、生体内の緩やかな体液流である間質流と同等の速度および方向の流れを再現できました。
作製したマイクロ流体デバイスの上部流路にiPS細胞、またはES細胞をセットし、下部流路の培地を低速で灌流しながら小腸を構成する細胞に分化誘導しました。
その結果、小腸モデルの「マイクロ小腸システム」が構築されました。
3次元培養の重要性
3次元細胞培養、または3D細胞培養とは、細胞を通常の2次元的な平面ではなく、3次元的な環境で培養する技術です。
この方法では、細胞が身体の中の状態に近い3次元構造を形成し、より生体内に近い形で機能することが可能です。
次元培養では、細胞が生体内で経験するような物理的・化学的環境が再現されるため、細胞の形態、機能、相互作用が2次元培養よりも生体に近くなります。
さらに3次元環境では、細胞がより自然な形で互いに接触し、相互作用することができます。
これにより、細胞の分化や増殖、信号伝達などのプロセスが2次元培養よりも生理的に正確に反映されます。
応用面では、3次元細胞培養は、薬剤の効果や毒性を評価するためのモデルとしても優れており、腫瘍モデルや組織モデルの作成に広く利用されています。
2次元培養では観察できない細胞の応答を捉えることができるため、薬剤開発や個別化医療において重要な役割を果たします。
この研究では、絨毛様に隆起した三次元構造を有する上皮層の構築に成功し、上皮層の下層には間質層が整列し、多層構造を成すことがわかりました。
また、電子顕微鏡解析により、間質流を作用したマイクロ小腸システムでは、表面に微絨毛を持つ円柱状の均一な小腸上皮細胞が観察されました。
これは、静止培養を行った実験では観察できませんでした。
マイクロ小腸システムの有用性
一般的に、マイクロ小腸システム(Microintestinal System)とは、主に小腸の構造や機能を模倣した、微小なデバイスやシステムを指します。
これは「臓器チップ(Organ-on-a-chip)」の一種であり、特に小腸のような複雑な臓器の生理的機能を再現することを目的としています。
マイクロ小腸システムは、小腸の上皮細胞、筋層、血管構造、さらには腸内細菌などの要素を微小なデバイス上に再現します。
これにより、栄養吸収、薬物代謝、免疫応答などの小腸の主要な機能をシミュレートできます。
今回の研究では、この再現レベルが一定の成功を収めたことで、かなり有用なマイクロ小腸システムの構築に成功したと評価されています。
このシステムでは、細胞の挙動や機能をリアルタイムでモニタリングできるため、薬物の吸収速度や代謝、毒性の評価などを高い精度で行うことが可能です。
さらに、患者の細胞を用いてマイクロ小腸システムを構築することで、個別化医療において特定の薬物に対する反応を予測し、最適な治療法を選択する助けになります。
またマイクロ小腸システムは、動物実験に代わる新しい研究モデルとしても注目されています。
小腸の生理機能を人為的に模倣できるため、人間の小腸における反応をより正確に予測することができます。
どんなことに応用されるのか?
新しい薬物の吸収、代謝、毒性を評価するために、製薬会社や研究機関で使用される事が予想されます。
特に、経口薬が小腸でどのように吸収されるかを検証するためのモデルとして重要です。
また、クローン病や潰瘍性大腸炎など、消化器系疾患のメカニズムを解明するための研究ツールとしても使用されます。
システムを用いて病態の再現や治療法の検証が可能です。
そして食品成分の消化・吸収過程を模擬することで、機能性食品やサプリメントの開発にも利用されます。
特定の栄養素や添加物がどのように小腸で吸収されるかを詳細に調査できます。
この研究で、マイクロ小腸システムは、微細加工技術やバイオエンジニアリングの進展により、細胞を微小なチャンバーやチャネルに配置し、流体の流れを制御しながら小腸の機能を再現することによって可能になりました。
これにより、従来の培養システムでは再現できなかった複雑な生理機能を、より生体に近い形で研究することができるようになっています。