手足の再生を目指す研究
手足の切断は、さまざまな原因によって引き起こされることがあります。
交通事故、労働災害、自宅での事故、スポーツ中の事故、そして重い物が落下したり、挟まれたり、鋭利な物で切られたりすることで手足が切断されることがあります。
疾患が原因のケースも多く、重度の血管疾患(動脈硬化、血栓形成など)や感染症(壊疽など)が手足の血流を阻害し、組織壊死を引き起こす場合、切断が必要になることがあります。
また、骨肉腫などの悪性腫瘍が手足の組織に侵入し、切断を必要とするほどの損傷を与えることがあります。
さらに先天的異常、つまり稀な先天性の欠損や異常が手足の正常な発育を妨げる場合、切断が必要になることがあります。
また、手足以外でも指の切断事故は多く起きています。
九州大学大学院理学研究院の熱田勇士講師(元・ハーバード医科大学研究員)、ハーバード医科大学遺伝学研究科のClifford Tabin教授らの研究グループは、手足の再生につながる前駆細胞を産み出すリプログラミング法の確立を通して、側板中胚葉で四肢前駆細胞を特定化する因子の同定を試みました。
この研究はDevelopmental Cellに「Direct Reprogramming of Non-limb Fibroblasts to Cells with Properties of Limb Progenitors」というタイトルで論文発表されました。
Developmental Cellは、発生生物学、再生生物学に大きな影響力を持つ国際学術誌で、多くの研究者、研究機関が購読しています。
そのため、多くの研究者がこの研究成果を目にしているため、今後大きな動きが生まれる研究成果であることが期待されます。
この論文に発表されているように、研究グループは非四肢細胞に四肢前駆細胞の性質を付与できるリプログラミング因子群を同定しました。
これらの因子群は四肢発生過程においても、四肢前駆細胞特定化の役割を担う可能性が高いと見られています。
この研究結果は、非四肢細胞から四肢前駆細胞様の細胞を生み出せる可能性を持ち、四肢再生医療への応用に期待される研究結果です。
手足はどうやって作られるのか?
私たちの手足(四肢)は胚発生期において側板中胚葉という組織からつくられます。
側板中胚葉の一部が四肢前駆細胞と呼ばれる細胞、今回の研究の柱である細胞yとなり、その四肢前駆細胞は胚発生後期に骨、軟骨、腱などの結合組織といった四肢の主要組織を形成します。
四肢の基礎となる「原基」とされている肢芽は発生生物学研究の実験モデルとして、ヒトだけでなく昆虫にいたるまで研究対象とされていました。
特に昆虫の羽は、そのもととなる元気が幼虫時代から存在し、このメカニズムはいずれヒトの再生研究に役立つと考えられ盛んに研究が行われていました。
それらの研究によって多数の肢芽形成関連遺伝子の候補が見出されてきましたが、ヒト
側板中胚葉に初めに“四肢前駆細胞らしさ”をもたらす遺伝子の実体は未だ明らかではありません。
四肢の研究の歴史
側板中胚葉は中胚葉組織です。
四肢の元となる肢芽の形成は、一部の側板中胚葉細胞が四肢前駆細胞と呼ばれる細胞集団へと誘導されることにより開始されます。
側板中胚葉は、四肢組織だけでなく、心臓や体腔壁など四肢以外の臓器や組織を生み出すことも知られています
四肢前駆細胞は発生が進行するにつれ、四肢内の骨や軟骨、靭帯、腱、真皮といった結合組織へと分化します。
四肢の前駆体である肢芽は主に四肢前駆細胞とそれらを覆う表皮細胞から成る単純な構造であり、形態形成の普遍原理を調べるための適切なモデル系として用いられてきました。
これまでマウス胚やニワトリ胚を用いた研究から、肢芽形成に関わる遺伝子や、肢芽の発生を促FGF(Fibroblast Growth Factor)などの分泌因子が数多く見出されてきました。
しかし側板中胚葉内で四肢前駆細胞をはじめに特定化し、四肢前駆細胞と他の側板中胚葉由来組織を区別する細胞内因子は同定されていませんでした。
研究グループは、肢芽で発現する遺伝子の中で、非四肢由来の細胞を四肢前駆細胞様細胞へと転換できる因子、すなわちリプログラム因子を同定することをまずは目指しました。
予定四肢領域で特異的に発現し、四肢前駆細胞ではない細胞に四肢前駆細胞の性質を与えることができれば、それに係わる分子は、四肢発生過程においても四肢前駆細胞を誘導する役割を持つ可能性が極めて高いためです。
研究の詳細は?
まず初期肢芽形成領域でのみ働く遺伝子群をリプログラム因子の候補としてリスト化しました。
その後、それらの遺伝子の中で、四肢由来ではない細胞に四肢前駆細胞に特徴的なマーカー遺伝子の発現を促すものが含まれるかを調べたところ、転写因子に分類されるPrdm16、Zbtb16とRNA結合因子に分類されるLin28aを組み合わせて使用すると、四肢前駆細胞マーカー遺伝子群の発現が誘導されることがわかりました。
この操作によって作られた細胞をマーカー遺伝子の発現が誘導された細胞をrLPC(r四肢前駆細胞:reprogrammed Limb Progenitor-like Cell)と命名しました。
四肢前駆細胞はLimb Progenitor-like Cellと英語で呼ばれており、そこにリプログラミング、reprogrammedのrをつけた呼称です。
r四肢前駆細胞はその遺伝子発現プロファイルのみならず、内在性の四肢前駆細胞と同様の分化能力を持つことを研究グループは明らかにしています。
この成功は世界初の研究成果であり、今後の再生医療研究に大きな影響を与えると考えられています。
この研究は、RNAシーケンスという最新の技術を用いて行われており、再生研究の進歩による知見と、実験技術の大きな進歩に支えられて成功しました。
遺伝子の探索は少し前までは大きな労力を必要とする実験が主でした。
マイクロアレイによる遺伝子発現の網羅的解析が可能となったことによって、こうした研究にバイオインフォマティックスという分野が生み出され、今回の研究のように全ての遺伝子から標的遺伝子の候補となる遺伝子を探し出すことが、それまでよりも低コスト、短時間で行えるようになりました。
その結果、それぞれの細胞特有の遺伝子発現パターンが明らかになり、四肢前駆細胞特有の遺伝子発現パターンも特定され、その研究結果を使って今回の研究成果が生まれました。
さらに、細胞を使った研究はこれまで多くの細胞個数を必要としていました。
この研究で得られるデータは、細胞個々のデータではなく、サンプルを構成している細胞群の平均値とも言えるデータでした。
しかし最近、単一の細胞を解析する、つまり1個の細胞のみを使って解析を行う技術が発展し、今回の研究でも単一細胞RNAシーケンス(1つの細胞内にあるRNAの配列を決定、または量的データを得る)が使われています。
こうした技術を使って、四肢前駆細胞と研究で構築されたr四肢前駆細胞の遺伝子発現パターンが非常に似通っている事が明らかとなりました。
今回同定したリプログラム因子は、過去の研究から四肢形成に必要であることが示唆されていたものと、役割が報告されていなかったもの両方が特定されています。
今後は、ノックアウトマウスを作製するなどして、同定したリプログラム因子が四肢前駆細胞の特定化に実際に必要か否かを検証するひつようがあります。していく予定です。
また、本研究ではマウス細胞を用いましたが、今後は同様の手法で、ヒト線維芽細胞からr四肢前駆細胞を作る技術開発も必要になります。
もし大量培養が容易なヒト線維芽細胞からヒトr四肢前駆細胞を作製する手段を確立できれば、四肢再生医療技術開発に貢献する公算が大きいと考えられます。