iPS特許裁定で和解
世界で初めてiPS細胞の臨床応用を行った元理化学研究所プロジェクトリーダーの高橋政代氏は30日、理研やバイオベンチャー「ヘリオス」(東京都)などが有する再生医療の特許に関して、一定の条件下で使用が認められることで和解が成立したと発表しました。
対象となった特許は、iPS細胞から網膜細胞を作成する技術に関わる。技術開発には高橋氏も携わっています。
この特許はヘリオス社が持っています。
そのため、高橋氏と所属する会社はその特許を使うことができず、医療現場での治験が進まない点を問題視しており、ヘリオス社に協議を求めていましたが、ヘリオス社はこれに難色を示していました。
そのため高橋氏は令和3年、「公共の利益」を理由に、自らが代表を務める会社も特許が使えることを求め、特許法に基づき国に裁定を請求しました。
この結果、高橋氏、ヘリオス社で和解合意に到達し、高橋氏は請求を取り下げました。
今回のような裁定の請求を通じ、第三者が特許権の使用を認められたという事例は初めてとみられます。
高橋氏と今回問題となった特許の関係
高橋政代氏は、iPS細胞研究の分野で非常に著名な研究者であり、特に網膜疾患の治療に関する研究で知られています。
高橋氏の研究は、iPS細胞を利用した再生医療の実現に向けた大きな一歩を象徴しています。
まず高橋氏の研究とiPS細胞に関する特許裁定との関係について説明します。
高橋政代氏は、理化学研究所に所属し、iPS細胞を用いた加齢黄斑変性症(AMD)の治療研究を進めてきました。
彼女のチームは、世界初となるiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞の移植手術を2014年に実施し、大きな注目を集めました。
iPS細胞技術に関する特許は、京都大学が中心となって申請し、多くが山中伸弥教授の研究チームによって開発された技術に基づいています。
高橋氏の研究も、この基盤技術を利用しているため、特許のライセンス契約や特許範囲の問題は重要な要素となります。
高橋氏のチームは、iPS細胞に関する基本特許を持つ京都大学やその関連機関とライセンス契約を結ぶことで、研究の進展を図っています。
特許のライセンス契約により、技術の利用が可能となり、再生医療の実用化が進められています。
iPS細胞特許の範囲が広い場合、高橋氏のような研究者は、その技術を利用するために特許権者からの許諾を得る必要があります。
特許裁定の結果次第では、研究の進展に影響を与える可能性があります。
特許が無効とされる場合や特許範囲が狭まる場合、技術の利用が容易になり、研究の加速が期待されます。
しかし今回はヘリオス社との協議が難航したために、結論を裁定に求めるという形になったと思われます。
そして報道されているような和解に至ったのです。
国際的な特許裁定の影響
iPS細胞に関する特許は、国際的にも多くの裁定が行われており、これにより研究が影響を受けることもあります。
特に米国や欧州での特許裁定は、グローバルな研究開発や商業化に直接的な影響を与えます。
最近では、高橋政代氏のチームが実施したiPS細胞由来の網膜移植手術の成果が注目されています。
これにより、iPS細胞技術の実用化に向けた具体的なステップが示され、特許裁定に対する関心も高まっていました。
高橋政代氏の研究は、iPS細胞技術の応用範囲を広げ、再生医療の未来を切り開くものであり、特許裁定が研究と商業化にどのような影響を与えるかについては、慎重な判断が必要でした。
iPS細胞は、体細胞に特定の遺伝子を導入することで多能性を持つ幹細胞にリプログラムされる技術です。
この発見により、細胞治療や再生医療の可能性が大きく広がりました。iPS細胞に関連する特許は、主に山中教授の研究チームが所属する京都大学が保有しています。
iPS細胞技術に関する特許裁定は、研究機関や製薬会社にとって非常に重要です。
特許の範囲が広いほど、競合他社がその技術を利用することが難しくなり、技術の独占的利用が可能になります。
一方で、特許が狭い場合や無効とされた場合は、他の研究機関や企業もその技術を利用しやすくなります。
iPS細胞裁定の例
山中教授のiPS細胞技術に関する特許は、アメリカ特許商標庁(USPTO)によっても認められており、その影響力は世界的です。
しかし、特許の有効性や範囲を巡っては複数の異議申し立てが行われており、裁定が継続しています。
一方で欧州においては、欧州特許庁でもiPS細胞に関する特許が認められていますが、こちらも特許の範囲や有効性を巡って異議申し立てが行われています。
これにより、特許の適用範囲や商業利用に関する法的な解釈が問われています。
最近では、iPS細胞の特許に関する裁定がいくつかの国で見直されており、特許の範囲が再定義されることがあります。
また、特許権を持つ企業や研究機関間でのライセンス契約が増加しており、技術の商業化が進んでいます。
iPS細胞の特許裁定に関する情報は非常に専門的であり、最新の動向を知るためには定期的な情報収集が必要です。
和解の内容について
今回の和解内容は、「網膜色素上皮細胞の製造方法」の特許使用に関する裁定請求の和解成立の報告として発表されました。
高橋政代氏を代表取締役社長とする株式会社ビジョンケア及び株式会社VC Cell Therapyは、2021年に経済産業大臣に対して、国立研究開発法人理化学研究所、大阪大学及び株式会社ヘリオスを相手方として、特許第6518878号に係る特許権について、ビジョンケア及びVC Cell Therapyに特許法93条2項[1]に基づく通常実施権を許諾する旨の裁定の請求を申し立てていました。
その後、ビジョンケア及びVC Cell Therapyならびにヘリオス社側は、本裁定請求に係る手続の実質的な審理機関である工業所有権審議会発明実施部会に対して、2年以上の期間にわたり、互いに自らの主張立証を重ねてきました。
そして今回、本裁定請求の当事者間において、ビジョンケア及びVC Cell Therapyが一定の条件の下で、本件特許を使用できることを主たる内容とする和解合意にいたり、特許庁にて和解契約が締結しました。
それにともなって、裁定請求は取り下げられました。
和解の内容は、ビジョンケア及びVC Cell Therapyに対して、裁定請求の対象のうち、RPE不全症を対象とした自由診療において、自家 iPS 細胞由来RPE細胞の製造、譲渡、使用についていくつかの条件において本件特許を実施できるもです。
使用は本特許の存続期間満了、つまり2034年10月9日)までで、実施症例数30例までとされています。
そして、もし実施上限に達した場合、症例数増加の申し入れを可能とする、という条件が付帯されています。
議論が必要な最新技術の利用
高橋政代氏が行う予定であった臨床試験は、特許をめぐる対立などで大幅に遅れていました。
そして今回は、関係者の和解で決着しましたが、経緯をたどると革新的な医療技術ならではの実用化の難しさが浮かび上がります。
発明者とはいえ、特許権を持たない人に無償で使用を認める結果は、異例の決着と言えます。
現在、産学間でトラブルが相次いでいます。
そして今回の和解が解決のための先例になったとまでは言えません。
iPS細胞という注目されている技術、知見のために今回は比較的大きな報道となりましたが、こういった例は多く存在しています。
学、つまり大学などの研究機関で新しい技術につながる発見があった場合、多くの場合は企業助成金を使っています。
公的機関に所属している研究者が申請する研究助成金は、特許に関しては微妙な部分があります。
申請書に内容を詳しく書かないと助成金に採択される可能性がほとんどないため、開発しようとする特許の内容を助成金申請の審査者、つまり第三者にかなり公開しなければなりません。
それを避けるために、開発の秘密を守る事に慣れている企業との共同研究を選択する研究者が多く、その結果特許が取れた後に今回のようなトラブルが起きがちです。
今回の和解には数年かかっており、この間は研究の進捗が止まります。
これは研究者のキャリアに大きな影響を与え、場合によってはこの間研究成果を出せないことによって、研究者が研究するためのポストを維持できなくなるケースも考えられます。
一方で、企業にとっては開発資金を使って得た特許が、他者に利用されてしまうリスクがあり、あまりに利用に自由度があると、企業側、つまり産が大学などの学に開発資金を投入することを躊躇するということにもなりかねません。
科学技術の発展にはどうしても特許を避けて通れませんが、今後も起きるだろうと予想されているこういった問題にどう対処していくのかは議論も重要ですが、早急にスキームを作成することが求められています。