「副腎」の難病治療や発生メカニズム解明に新たな道を開く

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iPS細胞から副腎に似た組織を作ることに成功

アメリカ ペンシルベニア大学の眞山学徳博士と佐々木恒太郎准教授らのグループが、iPS細胞から副腎に似た組織を作成することに成功しました。

作成した組織からは副腎が分泌するホルモンの分泌が確認され、副腎機能が損なわれた疾病に対する根本的治療方法の確立に貢献することが期待されます。

作成された組織は「オルガノイド」と総称される細胞塊です。

近年、様々な臓器、器官に似た細胞塊、またはほぼそれら器官そのものと言ってもいい細胞塊をiPS細胞などの幹細胞棒から作成する研究が盛んです。

一般的に培養細胞は、実験室内で培養ディッシュ(培養皿)の底に張り付いた状態で維持されています。

この培養細胞は増殖をするのですが、培養ディッシュの底に付着しながら増殖するために2次元方向にのみ増殖することになります。

この2次元方向に増殖す細胞は昔から研究に使われ、これまで医学、生命科学の発展に大きな役割を果たしてきました。

しかし近年になって、この2次元培養細胞は、実際の体内の細胞と性質が異なる部分があることがわかってきたのです。

つまり、ヒトの肝臓から取り出した肝臓細胞は、人工的に培養ディッシュで維持することができるのですが、培養ディッシュで維持しているうちに本来の肝臓細胞としての性質が変化してしまいます。

完全に性質が変わってしまうわけではないので研究に全く使えなくなると言うことはないのですが、最近の医学、生命科学の発展によってさらにヒトの医療に応用できる研究が展開されてくると、性質が異なる部分が研究の妨げになります。

これを解決するために、底に付着していた細胞を付着させずに培養し、細胞同士をくっつけることによって実際の体内にある細胞集団の構造を人工的に作り出そうとする「3次元培養」が行われるようになりました。

この3次元培養で行われた基礎研究の知見を活用し、ここ数年で人工的な臓器を作るために細胞集団を立体化する研究が盛んです。

こうして作られた細胞塊はオルガノイドと呼ばれ、iPS細胞などの幹細胞から分化させて臓器に似た細胞集団を作る研究、また異種の細胞を組み合わせることによって数種類の細胞口から構成される臓器、器官を作る研究が行われています。

今回の研究成果はその中の1つの研究から生まれたものです。

副腎とはどんな臓器か?

副腎は腎臓のそばにある臓器で腎上体とも呼ばれています。

副腎は大きく分けると2つの構造に分けられ、外側を副腎皮質、内側を副腎髄質で構成されている臓器です。

副腎皮質はコレステロールを原料に、多くの種類のステロイドホルモンを合成、分泌しています。

副腎皮質から分泌されるホルモンはまとめて副腎皮質ホルモンと呼ばれ、体内における糖の蓄積と利用を制御している糖質コルチコイド、電解質バランスを調節する鉱質コルチコイド、そして生殖機能に関与する、アンドロゲンを代表とする性ホルモンが含まれます。

一方で、副腎髄質からはストレス反応を調節するアドレナリン、ノルアドレナリンがぷんぴつされています。

副腎が関与する疾病には、副腎不全、クッシング症候群、原発性アルドステロン症、慢性原発性副腎皮質機能低下症、副腎腫瘍、木細胞腫、褐色細胞腫などがあります。

副腎皮質が分泌するステロイドホルモンは、心臓、肝臓、腎臓など全身の臓器に広く影響し、さらに免疫機能にも影響します。

そのため、副腎皮質の機能が低下すると疾病の原因となることが多く、副腎皮質の機能が低下する慢性原発性副腎皮質機能低下症(アジソン病)は、ホルモンの分泌量が慢性的に減少した状態になり、疲労感、食欲不振、そして精神にも影響します。

治療としてはステロイドホルモンの不足を補充するためにステロイド剤使われます。

このステロイド剤は生涯飲み続けなければならない上に、患者の体が受けるストレスに応じて薬の量を調節しなければなりません。

副腎皮質は脳からの命令でコントロールされているため、血圧、血糖値の変動によってホルモンの分泌量が変わります。

当然、精神的なストレス、そして他のストレスによってもホルモンの分泌量が変化するため、どうしても薬の調節が必要になります。

つまり薬による治療は、患者の体調を考慮して常に薬の調節をしなければならないというかなり難しい治療となります。

そのため、iPS細胞から副腎を作成して移植ができるようになれば根本的な治療方法となり、患者の経済的な負担、身体的な負担が大きく軽減されます。

研究の内容

佐々木准教授らが今回作成に成功したのは、ヒトの胎児期の副腎皮質に似た細胞の集合体です。

副腎は胎児期と成人では構造が異なり、体内で成人の副腎として完成するまでには何年も時間がかかります。

人工培養系で何年もかけて培養しなければならないために、研究チームはまず胎児期の副腎の作成を目指しました。

副腎の胎児体内における発生過程と、どんな条件が必要なのかを精査し、それを人工的に左舷するために培養液の組成などの条件を検討しました。

その結果をもとにしてiPS細胞を培養し、最終的に副腎皮質に似たオルガノイドに分化させました。

副腎の発生

胎児期の初期発生過程において、副腎と交感神経系は同じ前駆細胞から作られます。

この前駆細胞は神経堤細胞と呼ばれ、幹細胞のような未分化状態で出現し、発生途中の胚内を移動しながら徐々に分化していきます。

神経堤細胞は、まず体の中心にある背側大動脈に向かって移動し、交感神経系を作ります。

そして大動脈付近で副腎になる部分が分岐します。

この研究は、ニワトリを使って研究され詳細が明らかになりました。

大動脈は神経堤細胞を誘引しますが、この誘引に関わる分子は免疫細胞の移動をコントロールするものも含まれます。

大動脈へ向かって移動した神経堤細胞は、次のステップで交感神経と副腎の2種類に分岐します。

この分岐に重要な分子は、BMP(Bone Morphogenic Protein、骨形成タンパク質)で、このBMPから恥ミスタゥシグナル経路が活性化すると副腎細胞が分化します。

実験的にBMPシグナルをブロックすると、交感神経は完成するが副腎は作られないということが証明されています。

最近まで、副腎がどのように作られているのかはわかっていませんでした。

ブレイクスルーとなったのは、恒常性(ホメオスタシス)の異常による「現代病」が急増しており、この恒常性が自律神経系によって調節されていることに着目した京都大学、奈良先端科学技術大学院大学の研究グループが行った研究です。

自律神経系の中でも交感神経と副腎は特に重要な組織であり、これらの異常がどのようにして自律神経失調症などに結びつくのかはわかっていませんでした。

これを明らかにしたのがこの研究グループが行った研究ですが、発表されたのが2012年で、この時にはiPS細胞から人工的に副腎細胞を誘導する事は不可能でした。

そして副腎と交感神経の発生を解明する研究から約10年経過し、今回iPS細胞から副腎に似た組織を分化させることが可能となったわけです。

つい最近までは、交感神経、副腎はその正確な機能はおろか、どこでどのようにして作られるのか、ほとんどわかっていませんでした。

副腎が除去されるとヒトは死に至ります。

副腎の発生過程が明らかになったのは2012年、そして2022年にiPS細胞を使った副腎様組織の作成に成功したわけですが、今後は臨床治療を視野に入れた具体的な再生医療に関わる研究が展開されていくものと予想されます。

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