神戸アイセンター病院・万代氏、ゲノム編集でiPS細胞由来網膜シートの生着率を向上

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シンポジウム「iPS細胞を用いた再生医療の最前線」

2024321日から23日に行われた第23回日本再生医療学会総会で、「iPS細胞を用いた再生医療の最前線」というシンポジウムが行われました。

その場で、神戸市立神戸アイセンター病院の万代道子研究センター長が講演し、網膜変性を対象にしたiPS細胞由来網膜シートの移植治療について研究状況を発表しました。

 

日本再生医療学会は、再生医療や細胞治療に関する研究や情報交換を目的とする学術団体です。

再生医療は、患者自身の細胞や組織を活用して治療を行う医療の一形態であり、幹細胞やiPS細胞を用いた治療法などがその代表例です。

 

日本再生医療学会に参加しているのは、再生医療の基礎研究から臨床応用まで幅広い分野にわたる研究者や医師、関連する専門家です。

学術大会やセミナーの開催、学術誌の発行、研究助成の提供などを通じて、再生医療の発展と普及に寄与しており、今回は年に1回開催される総会において、いくつかのシンポジウムのうち1つで、「iPS細胞を用いた再生医療の最前線」についてディスカッションが行われました。

 

日本再生医療学会は、再生医療に関する倫理的な観点や法的な規制なども含めて議論を行い、適切な規制やガイドラインの策定にも取り組んでいます。

そのため、この学会が開催する総会、シンポジウムでの発表は、今後の再医療の方向性について重要な意味を持っています。

 

万代道子博士は、現在神戸市立神戸アイセンター病院の研究センター長です。

京都大学医学部を卒業し、眼科の研修医を京都大学附属病院、関西電力病院で行い、京都大学大学院医学研究科博士課程の視覚病態学で医学博士を取得しました。

 

その後、アメリカ国立衛生研究所、理化学研究所などで研究を行い、2013年から2022年は理化学研究所生命機能科学研究センター、網膜再生医療研究開発プロジェクトのサブプロジェクトリーダーを、また兼任という形で2017年からは理化学研究所、創薬・医療技術基盤プログラムのプロジェクトリーダーを務めています。

 

2022年の4月からは現職である神戸市立神戸アイセンター病院の研究センター長として、網膜の再生医療研究を行っています。

そして今回、このシンポジウムで網膜変性を対象にしたiPS細胞由来網膜シートの移植治療におけるシートの生着率について講演を行い、詳しい研究状況を発表しました。

網膜シートが使われる再生治療とは?

iPS細胞由来網膜シートは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から作製された網膜組織のシート状の構造物です。

iPS細胞は、体細胞から再プログラムされた多能性を持つ細胞であり、これらの細胞を使って網膜組織を作ることが可能です。

 

網膜シートは、網膜の細胞や組織を模倣したものであり、網膜に関連する疾患や損傷の治療に利用される可能性があります。

例えば、失明の治療や視覚障害の改善に役立つ可能性があります。iPS細胞由来の網膜シートは、再生医療や細胞治療の分野で注目されており、将来的には臨床応用されることが期待されています。

 

このシートは、網膜変性という症状に使われます。

網膜変性は、網膜が損傷や異常によって変化する状態を指します。

 

網膜は、眼球の内部に位置し、光を感知して視覚情報を脳に送る役割を果たします。

網膜変性は、さまざまな原因によって引き起こされる可能性がありますが、多くの場合、遺伝的な要因や加齢に関連しています。

 

網膜変性の具体的な症状や影響は、その原因や進行の程度によって異なりますが、一般的な症状には、視力の低下、視野の狭窄、色覚異常などがあります。

例えば、加齢黄斑変性や網膜色素変性症などの特定の疾患が網膜変性の一形態として知られています。

 

網膜変性は、現在の医学では完全に治療できない場合が多いですが、早期発見や適切な管理によって症状の進行を遅らせることが可能です。

治療法には、栄養補助食品の摂取、レーザー治療、注射療法、網膜手術などが含まれます。

そして現在では、この治療方法の1つにiPS細胞由来網膜シートが加わろうとしています。

 

神戸市立神戸アイセンター病院とは

この治療方法の開発を中心になって行っている医療機関が神戸市立神戸アイセンター病院です。

神戸市立神戸アイセンター病院は、兵庫県神戸市に位置する眼科専門の病院です。

 

この病院は、眼科領域において高度な診療や研究を行っており、眼の疾患や視覚障害に対する診断、治療、リハビリテーションを提供しています。

神戸市立神戸アイセンター病院は、神戸市立病院の一部として運営されており、地域医療に貢献するとともに、全国の患者を対象として高度な眼科医療を提供しています。

患者の視力や眼の健康を維持し、改善するために、最新の治療技術や設備を導入していることが特徴です。

 

現在の状況とこれまでの経緯

神戸市立神戸アイセンター病院は、他人のiPS細胞から作製した網膜シートを、網膜色素変性患者の網膜下に移植する世界初の臨床研究「網膜色素変性に対する同種(ヒト)iPS細胞由来網膜シート移植に関する臨床研究」を計画しました。

 

これまでの経緯は、

20202月に大阪大学第一特定認定再生医療等委員会にて承認。

20206月には厚生労働省再生医療等評価部会にて了承され、jRCT(臨床研究等提出・公開システム)にて公開されています。

そして202010月に1例目の移植手術を実施、20212月に2例目の移植手術を実施しました。

202210月の日本臨床眼科学会において、移植後1年の経過報告を発表、そして202312月に移植後2年の研究成果論文を科学学術雑誌『Cell Stem Cell』に発表しています。

 

移植した2例において、移植された網膜シートは2年間、安定した状態で生着していることがこの論文内で明らかにされています。

さらに重篤な有害事象もなく、移植により増加した網膜の厚みが維持されていることが確認されました。

また、視機能からみた病状の進行は、移植眼では非移植眼に比べ、同等または穏やかな傾向が確認されています。

これらの結果から、同種iPS細胞由来網膜シート移植における網膜シートの生着及び安全性が確認されました。

 

世界初のiPS細胞移植から10年あまり

2014年、理化学研究所のプロジェクトリーダー(当時)であった高橋政代博士のチームを中心に、世界初のiPS細胞を用いた移植手術を行いました。

この移植手術は、網膜の難病である「滲出型加齢黄斑変性」の患者へ網膜色素上皮シートを移植するものでした。

 

この手術は神戸医療産業都市で行われました。

この手術から3年後の2017年、研究機関と臨床機能の双方を持った「神戸アイセンター」が神戸医療産業都市に開設され、iPS細胞を用いた網膜再生医療の研究が行われています。

 

この神戸アイセンターは、眼科病院と基礎研究部門、そしてロービジョンケアを備え、橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)を実現している日本唯一の施設であり、施設内では最初のiPS移植手術に関わった高橋政代博士が代表取締役を務める「株式会社ビジョンケア」があり、事業化を通じて治療のコストダウン、そして治療の一般化を目指しています。

 

今回の研究成果はこの流れから生み出されたものであり、今後の網膜治療に大きな貢献をするものと期待されています。

網膜シートの生着率の向上によって移植治療の成功率が上昇すれば、患者への負担も軽減されますし、コストダウンにも大きな貢献をします。

 

世界最初のiPS細胞移植手術から10年を経過し、基礎研究から治療方法の確立、そして治療技術の効率化への流れは、この網膜シートを使った研究から治療方法の開発への流れが1つの例として確立されつつあると言ってもよい段階になりつつあるのではないでしょうか。

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