ヒトiPS細胞由来心筋細胞シート移植では、CD8陽性T細胞主体的な免疫拒絶反応が誘導される可能性がある

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ヒトiPS細胞由来心筋細胞シート移植では、CD8陽性T細胞主体的な免疫拒絶反応が誘導される可能性がある

順天堂大学を中心とした共同研究グループは、ヒトiPS細胞由来心筋細胞(hiPS-CM)シート移植における免疫反応メカニズムを明らかにしました。

 

研究成果は、The Journal of Heart and Lung Transplantation誌に「CD8+ T cell-mediated rejection of allogenic human induced pluripotent stem cell-derived cardiomyocyte sheets in human PBMC-transferred NOG MHC double knockout mice(日本語訳:ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートはヒト免疫NOG MHC double knockoutマウスにおいて、CD8+T細胞主体的に拒絶される)」というタイトルで、論文として公開されました。

 

研究グループは、順天堂大学健康総合科学先端研究機構免疫治療研究センターの松本龍大学院生、内田浩一郎副センター長、竹田和由副センター長、奥村康センター長、および大阪大学大学院心臓血管外科の宮川繁教授、澤芳樹名誉教授らによって構成されています。

 

hiPS-CMシート移植とは

hiPS-CMシート移植とは、ヒト人工多能性幹細胞由来心筋細胞シート移植を指します。

この技術は、ヒト人工多能性幹細胞(hiPS細胞)から作られた心筋細胞(CM:Cardiomyocytes,)をシート状に加工し、心臓の損傷部分や機能が低下した部分に移植する治療法です。

主に心筋梗塞や心不全など、心臓の疾患に対して使用されることが期待されています。

 

hiPS細胞は、human iPS細胞の略ですので、一般的に使われているiPS細胞と同じと考えてよいでしょう。

皮膚細胞や血液細胞などから作り出される人工多能性幹細胞で、あらゆる種類の細胞に分化する能力を持ちます。

心筋細胞への分化が可能であり、患者自身の細胞からhiPS細胞を作り出すことができるため、免疫拒絶反応のリスクを低減できます。

 

hiPS細胞から分化させた心筋細胞をシート状にすることで、細胞が互いに接着しやすく、心筋組織として機能しやすい構造が形成されます。

このシートを心臓の表面に移植することで、損傷した心筋の修復や機能改善が期待されます。

 

特に心筋梗塞後の心筋再生や、心不全の進行を抑えるために、このシート移植が研究されています。

動物実験や初期の臨床試験では、心機能の改善が見られるケースも報告されています。

 

現在、hiPS-CMシート移植は重症心不全に対する国内発の新たな移植医療として世界中から大きな注目を集めています。

 

重症心不全とは?

重症心不全とは、心臓が血液を十分に全身に送り出すことができない状態が進行し、生命を脅かすほどの症状が現れる状態を指します。

心不全は心臓の機能が低下する病気の総称であり、その中でも重症心不全は治療が難しく、日常生活に大きな支障をきたすほどの深刻な状態です。

 

症状としては、まず心臓が血液を十分に送り出せないため、肺に血液が滞り、息切れや呼吸困難が生じます。特に横になると呼吸が苦しくなることがあります(起座呼吸)。

そして血液の循環不良により、体内に水分が溜まりやすくなります。足や腹部にむくみが現れ、体重が急激に増加することもあります。

血液が十分に循環しないため、身体の各部位が十分な酸素や栄養を受け取れず、疲れやすくなります。日常的な活動が困難になることもあります。

 

また、心臓が機能不全を補おうとして、異常に早い脈拍や不整脈が発生することがあります。

肝臓や消化器官にも血液が行き渡らず、食欲不振や腹部膨満感、吐き気などが生じることがあります。

 

重症心不全の原因は多岐にわたり、以下のような要因が挙げられます:

・心筋梗塞: 心臓の筋肉が壊死することで、心臓のポンプ機能が著しく低下します。

・高血圧: 長期にわたる高血圧により、心臓に負担がかかり、機能が低下します。

・弁膜症: 心臓の弁が正常に機能しないと、血液の流れに障害が生じ、心臓に負担がかかります。

・心筋症: 心筋が異常に肥大したり、硬くなったりすることで、心機能が低下します。

 

重症心不全の治療には、薬物療法、心臓再同期療法(ペースメーカーの使用)、人工心臓や心臓移植などがあります。

最近では、今回の研究でも扱われたhiPS-CMシート移植のような再生医療も研究されており、将来的には新たな治療法として期待されています。

 

移植と免疫

移植と免疫反応の関係は、移植医療において非常に重要な課題です。

移植された臓器や組織が受け入れられるかどうかは、患者の免疫システムがその移植片をどのように認識するかによって決まります。

 

免疫システムは、体内に侵入した異物(例えば細菌やウイルス)を排除するために働きます。

移植において、移植された臓器や組織が「異物」として認識されると、免疫反応が引き起こされ、移植片に対する攻撃が始まります。

この攻撃を「拒絶反応」と呼びます。

 

拒絶反応は、以下のように分類されます:

・超急性拒絶反応: 移植後数分から数時間以内に発生し、主に既存の抗体が原因で起こります。この場合、移植片はすぐに機能しなくなり、摘出が必要となります。

 

・急性拒絶反応: 移植後数日から数週間以内に発生することが多いです。T細胞が移植片の細胞を攻撃することで引き起こされますが、適切な免疫抑制剤を用いることで制御可能です。

 

・慢性拒絶反応: 移植後数ヶ月から数年にわたって徐々に進行する拒絶反応で、移植片の機能が徐々に低下します。完全に予防するのは難しいですが、長期的な免疫抑制治療が有効です。

 

これらの拒絶反応を防ぐために、移植患者には免疫抑制剤が投与されます。

これにより、免疫システムが移植片を攻撃する力を弱め、移植された臓器や組織が体内で機能し続けるようにします。

しかし、免疫抑制剤の使用には感染症リスクの増加や副作用が伴うため、慎重な管理が必要です。

 

本研究で使われたhiPS細胞から作られた移植片では、患者自身の細胞からhiPS細胞を作り出すことで、拒絶反応のリスクを低減できる可能性があります。

患者自身の細胞を使うことで、移植された細胞や組織が「自己」として認識されやすく、免疫システムが攻撃する可能性が低くなります。

 

一方で、再生医療の分野では、免疫逃避技術が研究されています。

これは、移植片が免疫システムからの攻撃を受けにくくする技術です。

例えば、免疫原性(免疫システムによって異物として認識される特性)を低減するために、移植片の表面に特定のタンパク質を添加するなどの方法が研究されています。

 

本研究のポイントとなるCD8陽性T細胞免疫とは?

CD8陽性T細胞(CD8+ T細胞)免疫とは、主にウイルス感染細胞やがん細胞などを特異的に攻撃・破壊する免疫反応のことを指します。

CD8+ T細胞は、細胞傷害性T細胞(CTL: Cytotoxic T Lymphocyte)とも呼ばれ、免疫系の中で特に重要な役割を果たします。

 

CD8陽性T細胞の基本的な役割は、表面にCD8というタンパク質を持つTリンパ球の一種です。このCD8は、MHCクラスI分子(Major Histocompatibility Complex Class I)に結合することで、ウイルス感染細胞やがん細胞などを認識するのに重要な役割を果たします。

 

免疫応答のメカニズムを見てみましょう。

まず体内の細胞がウイルスなどに感染すると、ウイルス由来のペプチド断片がMHCクラスI分子によって細胞表面に提示されます。

CD8+ T細胞は、T細胞受容体(TCR)を通じて、このMHCクラスI分子上のペプチドを認識します。

 

CD8+ T細胞が感染細胞を認識すると、グランザイムやパーフォリンといった細胞殺傷因子を放出します。

これらの因子が感染細胞に侵入し、アポトーシス(プログラムされた細胞死)を誘導し、これにより、感染細胞が破壊され、ウイルスの増殖が抑制されます。

 

感染が解消された後、一部のCD8+ T細胞はメモリーT細胞として体内に残ります。

これにより、同じ病原体が再度侵入した場合、迅速かつ強力な免疫応答が可能になります。

 

さらにCD8+ T細胞はがん細胞に対しても攻撃を行います。

がん細胞はしばしば変異によって異常なタンパク質を作り出し、それがMHCクラスI分子によって提示されます。

これを認識したCD8+ T細胞はがん細胞を攻撃・破壊します。

 

しかし、がん細胞はさまざまな方法でこの免疫監視を回避することがあり、がん免疫療法では、CD8+ T細胞の活性を増強したり、がん細胞の免疫回避を防ぐためのアプローチが取られています。

 

CD8+ T細胞免疫は、感染症治療やがん免疫療法において非常に重要です。例えば、がん免疫療法の一つである免疫チェックポイント阻害剤は、T細胞の免疫応答を抑制する分子(CTLA-4やPD-1)を阻害することで、CD8+ T細胞ががん細胞を効果的に攻撃できるようにします。

 

このようにCD8+ T細胞免疫は、体内の異常な細胞(ウイルス感染細胞やがん細胞)を特異的に認識し、破壊する重要な免疫応答です。これにより、体内の健康を維持し、感染症やがんから守る役割を果たしています。

 

本研究では、これらの現象を解決方向に導く結果を得ることができ、hiPS-CMシート移植の実用化に大きく近づくことになります。

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