心不全の再発、造血幹細胞に蓄積するストレスが原因と判明
東京大学医学部附属病院は同大大学院医学系研究科の藤生克仁特任教授と、小室一成特任教授(国際医療福祉大学副学長兼任)、千葉大学大学院医学研究院の眞鍋一郎教授らの研究グループによって、心不全再発の原因が造血幹細胞にあることを明らかにしました。
この研究結果は「心不全がなぜ再発するのか」の解明に大きく貢献する研究結果で、今後のさらなる詳細メカニズムの解明に期待が集まっています。
この結果は、「Heart failure promotes multimorbidity through innate immune memory」というタイトルで、「Science Immunology」に論文として掲載されました。
心不全は、心臓が適切に血液を全身に送り出す能力が低下した状態を指します。
この結果、身体の組織や臓器に必要な酸素や栄養が不足し、様々な症状や合併症が発生します。
心不全は急性と慢性に分類され、それぞれ異なる原因と治療法があります。
心不全の主な原因は、心筋梗塞、高血圧、心筋症、弁膜症、不整脈の5つが代表的なものとして挙げられます。
心筋梗塞は心筋に酸素供給が不足することにより、心筋が損傷し、心臓のポンプ機能の低下をまねきます。
高血圧は心臓に大きな負担をかけるため、心臓機能の異常の原因となります。
心筋症は心筋が肥大したり硬くなったりする疾患で、心臓の収縮機能や拡張機能に影響を与えます。
弁膜症によって心臓の弁が正常に機能しないと、血液の流れが妨げられ、心臓に負担がかかります。
そして不整脈は、心臓のリズムが不規則になることで、効率的に血液を送り出せなくなります。
これらによって、運動時や安静時に息切れを感じる、疲れやすくなる、足や足首、腹部などに液体が溜まりむくみが生じ、その結果体重増加、そして夜間頻尿という症状が出ます。
心不全の治療には、利尿薬、β遮断薬、ACE阻害薬、ARBなどによる薬物治療、ペースメーカーや植え込み型除細動器(ICD)によるデバイス治療、そして重度の場合、例えば重度の弁膜症や冠動脈疾患の場合、手術が必要になることがあります。
心不全の再発
心不全は、治療したとしても完全に治ることが難しく、再発の防止が重要になります。
現時点では薬の適切な服用、定期的な診察を中心として、塩分制限、バランスの取れた食事などの食事管理、適度な運動、体重、ストレスの管理、そして十分な睡眠が重要とされています。
また、禁煙と飲酒の制限、心不全の原因となる感染の予防も継続的に行うことが重要です。
生活習慣についてはこうした対策がとられるレベルで研究が進んでいますが、分子メカニズムについては再発のメカニズムにつながる研究知見は多くないのが現状です。
心不全は一度発症すると再発を繰り返し、他の病気にもよくかかることが特徴ですが、その仕組みは不明でした。
今回の研究では、心不全が「なぜ再発するのか」「どのように他の臓器に影響するのか」の仕組みを明らかにしました。
本研究では、心不全の臨床経過の特徴である「一度心不全を発症すると、入退院を繰り返す」「他の病気にも影響する」という点に着目し、「心不全になると、そのストレスがどこかに蓄積する」と仮説を立てて研究を行いました。
今回着目したストレスは、精神的なストレスのようなストレスの蓄積ではなく、細胞、または細胞内の分子に「分子生物学的なストレス」が蓄積です。
研究では造血幹細胞が重要であることが明らかとなりましたが、エピゲノムという情報も重要であることが明らかになりました。
エピゲノムは、私たちの遺伝子の働きを調節する一連の化学的な変化とタンパク質に関連する情報のことを指します。
遺伝子が私たちの体の設計図であるなら、エピゲノムはその設計図がどのように読まれるかを指示する「調整者」の役割を果たします。
エピゲノムの変化は、遺伝子そのものの配列を変えるわけではありませんが、特定の遺伝子が「オン」または「オフ」になるかを調節することで、細胞の機能や個体の性質に影響を与えます。
遺伝子を構成するDNAはヒモ状の物質ですが、このヒモが多数のヒストンというタンパク質に巻き付き、それが集まって染色体を構成しています。
造血幹細胞とは?
造血幹細胞(hematopoietic stem cells, HSCs)は、血液を作り出す能力を持つ幹細胞です。
造血幹細胞は、新しい造血幹細胞を作り出す能力、さまざまな血液細胞に分化する能力、他の個体に移植することができ、その個体で正常な血液を再生する能力があります。
これらの能力により、造血幹細胞は白血病などの血液関連疾患の治療において重要な役割を果たしています。
造血幹細胞移植(骨髄移植、臍帯血移植、または末梢血幹細胞移植)は、これらの疾患の治療法として広く用いられています。
造血幹細胞の主な機能は、血液のさまざまな成分を生成し、体内の血液系を維持することです。具体的には、以下のような機能があります:
酸素を全身に運ぶ役割を果たす赤血球(エリスロサイト)、免疫機能を担い、感染症や異物から体を守る白血球(リンパ球、好中球、単球など)、血液の凝固に関与し、出血を止める役割を果たす血小板(トロンボサイト)などの血液細胞の生成を担っています。
造血幹細胞は自らを複製し、新しい幹細胞を作り出すことができます。
これにより、長期間にわたって血液系を維持することができます。
造血幹細胞は、多能性を持ち、さまざまな種類の血液細胞に分化する能力があります。
これは、体の需要に応じて適切なタイプの血液細胞を供給するために重要です。
さらに、造血幹細胞は、血液中の細胞の数と種類のバランスを維持し、体内の血液の恒常性を保つ役割を果たします。
これには、新しい細胞の供給と、古くなった細胞の除去が含まれます。
損傷や疾患への応答も重要な役割です。
骨髄や血液に損傷が生じたり、特定の血液疾患が発生した場合、造血幹細胞は迅速に増殖し、必要な血液細胞を供給することで、体の回復を助けます。
これらの機能により、造血幹細胞は血液系の健康と正常な機能を維持するために不可欠な役割を果たしています。
造血幹細胞にストレスが蓄積されている
研究チームは、心不全になった際にストレスが骨の中にある造血幹細胞に蓄積することを見いだしました。
ストレスが蓄積している造血幹細胞はその保護的な免疫細胞を作り出すことができず、これが心臓の機能悪化を引き起こし、再発しやすい原因となります。
心臓内では、免疫細胞が心臓の収縮力を維持したり、不整脈を生じさせないようにしたりといった、心臓を保護しています。
造血幹細胞はこの心臓を保護する免疫細胞の元となる細胞です。
この造血幹細胞へのストレスの蓄積によって、腎臓、骨格筋、脂肪組織などの免疫細胞にも悪影響を与え、心不全に合併し生命予後の悪化と関連する腎臓病、サルコペニア、るい痩の発症にも関与していることもこの研究で明らかになりました。
続いて本研究グループは、どのように造血幹細胞にストレスの蓄積が生じるかを検討しました。
その結果、心不全時に脳に伝わったストレスは、脳から骨の中にある交感神経の機能低下を生じさせ、その交感神経の周囲に巻き付いているシュワン細胞から、健康な時には分泌されている活性型TGFというタンパク質が分泌されなくなることを同定しました。
活性型TGFが骨の中で不足すると、造血幹細胞の遺伝子発現を制御するエピゲノムに変化が生じます。
このエピゲノムの変化が心不全時のストレス蓄積の実態であると研究チームは同定しました。
心不全のモデル動物において、心不全時に骨の中で不足する活性型TGFを注射で補うと、ストレス蓄積を予防することができました。
つまり、心不全の再発には活性型TGFが関与しており、これがもしかすると心不全患者の再発防止の薬になる可能性があると研究グループは考えています。
この研究成果は、心疾患による心不全死や心臓突然死の新しい予防法、治療法の開発に貢献することが見込まれるとともに、今後は心不全発症前の超早期発見や、発症前に治療を行う未来の治療につながることが期待されます。