体毛を生やす「毛包幹細胞」の起源を解明 理研グループ

目次

1. 毛髪再生につながる「毛包幹細胞」の研究

2021年6月、理化学研究所の生命機能科学研究センター細胞外環境研究チーム(森田梨津子研究員、藤原裕展チームリーダー)は、体毛を生やすために重要な毛包幹細胞がどのように形成されるのかを解明した、と発表しました。

この研究は、科学技術振興機構(JST)、戦略的創造研究推進事業(CREST)の支援を受けたものであり、研究成果は英科学誌「ネイチャー」に発表されました。

現時点では基礎研究の段階であり、臨床応用にはまだ明らかにしなければならないことがありますが、将来的に人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使って毛包幹細胞を効率的に作成する技術の確立、そしてその技術を使った毛髪再生の実現が期待されています。

2. 毛包とは?

毛包は、髪の毛などの体毛を生やすための皮膚付属器官で全身にあります。

毛穴はこの毛包の一部であり、毛包はこの毛穴から発毛させるだけでなく、皮膚呼吸による水分の発散、皮脂の分泌などの体内から体外への機能も持っています。

毛包は多くの細胞などから構成される複雑な器官です。

基部に存在する大きな構造である毛乳頭の周囲には、毛母細胞と色素産生細胞で構成される毛母体があります。

この毛母体での細胞分裂によって、毛髪繊維を形成される細胞が産生されます。

毛母細胞は、ヒトの体の中では最も早く分裂する細胞の1つであり、がん治療に用いる放射線、抗がん剤は、この分裂を妨害するために毛髪が抜け落ちるという症状を呈します。

その他、毛根鞘、一般的に毛と呼ばれる毛繊維、立毛筋、皮脂腺などが毛包を構成しています。

その中に、バルジ、または毛隆起と呼ばれる部分があります。

立毛筋の結合部に位置するこの部分には、毛包幹細胞(Hair follicle stem cell)と色素幹細胞(Melanocyte stemcell)という2つの幹細胞が存在します。

今回の研究で解明されたのは、この毛包幹細胞についてです。

この2つの幹細胞は、毛包全体に細胞を供給する役割を持っていますが、同時に表皮が傷ついた時には、治癒にも関与する重要な役割を担っています。

毛包幹細胞は、普段は増殖がコントロールされており、暴走的な細胞分裂をしないように制御されています。

毛包は、体毛を生やすだけでなく、体外への不要物の分泌などの役割がある事は先に述べましたが、最近は感覚に関わるのではないかと考えられています。

その重要さは、周期的に再生を繰り返す性質からも想像できるのですが、この再生には毛包幹細胞が鍵を握っていると考えられてきました。

毛包幹細胞についての知見が増えれば、毛髪の再生、また火傷などによる表皮損傷の治癒に大きな貢献をするものとされていましたが、これまで詳しいことはわかっていませんでした。

今回の研究報告では、この毛包幹細胞の発生起源が解明されています。

発生起源の解明は、毛包幹細胞の人工的な作成に大きなヒントを与える治験になるので、この研究結果は大きな進歩と言えます。

研究チームは、マウスの胎児を使って毛包幹細胞の形成メカニズムを明らかにしましたが、同時にトランスクリプトーム解析という方法によって、細胞内の遺伝子発現変化、発現パターンも詳細に解析しています。

3. 毛包、毛包幹細胞はどうやって作られるのか?

毛包は、基本となる細胞がまずリングのように並びます。

このリングが同心円状ならび、細胞群が円盤のようになると毛包形成の準備が完了します。

このとき円盤の真ん中がくぼみますが、この時に細胞群の一部に将来毛包幹細胞になる細胞が現れます。

ここから、細胞群はカメラのレンズが伸びるような感じで構造を作っていきます。

研究グループはこの動きが伸び縮みする望遠鏡の動きに似ていることから、「テレスコープモデル」と名付けています。

この動くパターンは、実は多くの動物の体の中で見られるパターンです。

蝶や蛾の羽が作られる時も、このような感じで細胞群が伸び、羽を形作ります。

昆虫からヒトへ進化をしても、便利なシステムはちゃんと保存されて利用されている1つの例と言えます。

この構造物の中に毛包幹細胞が存在することがわかったのですが、この研究が報告されるまでは、毛包幹細胞は基底上層細胞が起源であるとされてきました。

基底上層細胞説はそれほど古い説ではなく、アメリカの研究グループが2016年に提唱したものです。

毛髪については、多くのヒトが悩みを抱えているので古くから研究されてはいますが、なかなか肝心な所が解明されていませんでした。

21世紀になって、実験技術、解析技術の大きな進歩によってようやく細かいところが解明されてきたのですが、まだ毛髪についてはわかっていないことが多いため、幹細胞の起源もはっきりと特定できるものではありませんでした。

理研の研究グループは、今回かなりの確度で毛包幹細胞の起源を特定することができましたが、現時点ではこれで決定というわけにはいきません。

そのため、また基礎研究を続けて様々なことを解析しなければ医療への応用はできないのです。

4. 今後越えるべきハードルと応用への期待

この仕組みは、マウス胎児の体毛について焦点を当てて解析されたものです。

この仕組みが他の体表器官にも共通するのかどうかを確認する必要があります。

つまり、毛包だけでなく、乳腺、汗腺などでも共通のシステムを使っているのかどうかを調べなくてはなりません。

もし、毛包、乳腺、汗腺で同じシステムを使っていた場合、途中でどのようにして毛包、乳腺、汗腺それぞれに発達するのかの理由を探る必要があります。

このデータがないと、iPS細胞を使って毛包幹細胞を分化させようとしても、乳腺、汗腺を構築している幹細胞に分化してしまい、目的にそぐわない結果となってしまうリスクが大きくなります。

生物の形態形成のメカニズムは、進化の過程で保存されているシステムが、進化した動物に適するようにアレンジされて使われているものが多いので、根本の部分では非常に似ています。

毛包幹細胞は、加齢によってその機能が低下し、コラーゲンの分泌量が減少します。

このことは加齢による脱毛の原因の1つではないかと考えられており、ヒト自体の加齢以上に毛包幹細胞が加齢スピードが速い場合、若年性の脱毛などが起きていると予想する研究者は少なくありません。

また、火傷で損傷した皮膚は多くの場合はそのヒトが持っている治癒力による自己再生に頼ることになります。

まれに、重度の場合は皮膚移植が行われる場合もありますが、他者からの移植の場合は拒絶反応によって定着しない例も多数あります。

患者の細胞を採取し、そこからiPS細胞を作成、そして毛包幹細胞を誘導して皮膚の再生時に、皮膚呼吸が可能となるように毛包も再生できれば、重度の火傷による死亡率も改善できる可能性があります。

毛包幹細胞研究は日本がリードできる可能性毛包幹細胞については、今回の理研チームが発表する数ヶ月前に、東京医科歯科大学などの研究グループが、ストレス、老化が毛包幹細胞の細胞分裂にどのように影響するかについて論文を発表しています。

この分野は日本の研究チームが活発に研究成果を発表している分野であり、将来は日本の得意分野へと育つ可能性を秘めています。

ビジネスとしても有望であり、理研のグループに科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業の2つから研究資金などのサポートが行われているということは、日本政府としてもかなり期待をしていると考えられます。

この分野で日本がリードすることによって、国内に新たな産業分野を創出し、医療ビジネスの国際競争で日本が生き残るための大きな力となる可能性を秘めているのがこの幹細胞分野なのです。

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