がん領域にiPS細胞、実用化の期待高まる
iPS細胞(人工多能性幹細胞)由来の細胞を使ったがん免疫療法の開発が進んでいます。
2023年、卵巣がんの患者にiPS細胞由来の免疫細胞を投与する医師主導の臨床試験が中国で実施されました。
同試験には米アイ・ピース(カリフォルニア州、田邊剛士最高経営責任者)がiPS細胞を提供し、同社製としては初めてヒトに投与されました。
現在、iPS細胞は再生医療領域で開発が進んでいたが、がん領域での実用化の期待も高まっています。
アイ・ピース株式会社(I Peace, Inc.)は、再生医療や細胞治療に関連する技術を開発・提供するバイオテクノロジー企業です。
2008年にノーベル賞受賞者・山中伸弥教授の共同研究者であった田邊剛士氏が設立しました。
米国シリコンバレーを拠点に、主にiPS細胞を利用した再生医療技術の提供を行っています。
同社は、特にiPS細胞の大量製造技術に強みがあり、ファナックとの共同開発により、臨床用iPS細胞を効率的に大量生産するシステムを構築しています。
この技術を用いて、医療機関や研究機関に高品質な細胞を供給し、がん治療などに応用しています。
また、個人向けには「My Peace」というiPS細胞のバンキングサービスを提供し、将来の細胞移植医療に備えることができるサービスも展開しています。
中国での臨床試験について
中国での臨床試験は、アイ・ピースが他家iPS細胞を提供し、豪州のバイオ企業アイカムノ・バイオセラピューティクスが免疫細胞の一つナチュラルキラー(NK)細胞に分化させる体制で行われました。
患者は進行した卵巣がんの患者で、現時点では試験を行った患者数は1人です。
1人のデータですが、この試験では治療の安全性の確認に加えて、腹水の減少や腫瘍マーカーの低下、生存期間の延長が見られたと報告されています。
こうした結果を受けて、アイ・ピースとアイカムノは投与する患者を今後12人に広げ、企業治験を開始する予定であり、田邊剛士CEOは「数年内に、日本と米国でも臨床試験に進みたい」と述べています。
がんとiPS細胞を使った治療の現状
世界保健機関(WHO)のがん専門機関である国際がん研究機関(IARC)によると、22年に新たにがんと診断された患者は2000万人と推定され、死亡者は970万人に上るなど治療ニーズが高くなっています。
そのため、幅広いモダリティー(治療手段)で治療薬の開発も活発に行われており、機能を高めた免疫細胞を使ったがん免疫療法は新しいモダリティーとして注目されるものの、実用化の例は少なく、開発はこれから活発化していくと予測されています。
iPS細胞とがん治療の関係は、再生医療の進展とともに注目を集めています。
iPS細胞は、さまざまな細胞に分化できる能力を持つため、がん治療の新しい選択肢として期待されています。
最初に、がん免疫療法です。
iPS細胞を使って患者自身の免疫細胞を作り、がん細胞を攻撃することによってがんの治療を目指すものです。
例えば、患者の免疫細胞をiPS細胞に再プログラムし、それを再度患者に移植することで、がん細胞に対する攻撃力を高める治療法が考えられています。
特に「ナチュラルキラー(NK)細胞」や「T細胞」といった免疫細胞をiPS細胞から生成し、がんに対抗する試みが進められており、血液がんや固形がんに対する応用が期待されています。
こういった治療が普及すれば、がん治療コストの削減が実現します。
iPS細胞を利用することで、従来のがん治療に比べてコストを抑える可能性もあります。既存の免疫細胞治療は非常に高額ですが、iPS細胞を用いることで治療費を下げられるという期待がされています。
さらに基礎研究分野において、iPS細胞は、がんの発生メカニズムを解明する研究にも役立っています。
iPS細胞をがん細胞に分化させ、その変化を観察することで、がんの成長過程や治療法の開発に寄与します。
また、iPS細胞は患者由来のがん細胞を再現するモデルとしても利用され、個別化医療の一環として患者ごとに最適な治療法の開発を可能にします。
iPS細胞の技術はまだ発展途上ですが、がん治療において大きな可能性を秘めており、今後の研究と臨床試験でさらに具体的な成果が期待されています。
今回の臨床試験とがん免疫治療の将来性
今回の試験は、がん免疫療法に分類される治療方法です。
患者から免疫細胞を採取し、がん細胞を攻撃するよう改変して移植する治療は、血液がんですでに実用化されています。
しかし販売されている国での治療費は数千万円程度と高額であり、なかなか実施することができません。
これをコスト削減と共に治療方法を確立しようとしているのが今回の臨床試験になります。
アイ・ピースの強みは米国食品医薬品局(FDA)の定める適正製造基準(cGMP)に準拠したiPS細胞を製造する技術にあります。
田邊CEOは「(治療法を開発する企業への)iPS細胞の提供を増やすほか、将来的には自家iPS細胞由来のNK細胞を使った治療法の開発も目指しています。
がん免疫治療は、数あるがん治療の中でも将来性が期待されている治療方法です。
がん免疫療法の将来性は非常に高く、特に近年の技術革新や新たな治療法の登場によって、さらなる発展が見込まれています。
免疫療法は、患者の免疫系を利用してがん細胞を攻撃するアプローチで、従来の化学療法や放射線療法と比較して副作用が少ないのが特徴です。
治療法のいくつかを紹介しましょう。
がん免疫療法の将来性の一つとして、個別化医療が挙げられます。患者ごとのがんの遺伝的特徴や免疫系の状態に合わせて、オーダーメイドの免疫療法を提供することが目指されています。
これにより、治療効果を最大化し、副作用を最小限に抑えることが可能となります。
特にiPS細胞やCRISPR技術を使った免疫細胞の改変が研究され、より効果的な治療法が実現しつつあります。
現在すでに使われている免疫チェックポイント阻害薬(例えば、PD-1やCTLA-4阻害薬)は、がん細胞が免疫系からの攻撃を回避するメカニズムを妨げる薬剤です。
この分野ではすでに治療効果が確認されており、特にメラノーマや肺がんなどで有望な結果が得られています。今後、他のがん種にも適用範囲が広がると予想されています。
そして今回の臨床試験のようなiPS細胞技術を使ったがん免疫療法も、将来の重要な進展分野です。
iPS細胞からナチュラルキラー(NK)細胞やT細胞を生成し、それらをがん細胞に対して高い攻撃性を持たせることで、より効果的な治療が期待されています。
このアプローチにより、治療のコストを下げつつ、安全性を向上させることが目指されています。
これこそが、今回の臨床試験の中心となったアイ・ピースの求めるものです。
一方で、がんに対するワクチン開発も注目されています。
従来のワクチンは感染症に対するものでしたが、がんワクチンは免疫系を活性化し、がん細胞を特異的に攻撃するよう訓練します。
現在、いくつかのがんワクチンが臨床試験中であり、これが成功すれば、予防的あるいは治療的なワクチンが登場する可能性があります。
現在、免疫療法は特定のがん種でのみ承認されていますが、技術の進展により、さまざまな種類のがんに対応する免疫療法の開発が進んでいます。特に固形がんや難治性のがんに対しても効果が期待されています。
がん免疫療法の将来性は非常に大きく、iPS細胞や遺伝子編集技術を活用した治療の進展、免疫チェックポイント阻害薬の改善、そして個別化医療へのシフトが、がん治療の風景を大きく変える可能性があります。