福井大学の研究グループ “大腸がん発症のメカニズムを解明”

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大腸がん発症メカニズムを幹細胞で解明

福井大学医学系部門の青木耕史教授らのグループは大腸がんが発症するメカニズムをがん幹細胞を使って解明したと発表しました。

この解析の結果、特定の遺伝子配列が変異することによって、タンパク質の複合体が活性化するとされ、これをターゲットとする薬の開発ががんの治療に有効だとしています。

 

この研究成果は、「NELF and PAF1C complexes are core transcriptional machineries controlling colon cancer stemness」(日本語訳:腸癌のがん幹細胞性を誘発・維持する転写メカニズムの解明と治療標的の同定)として、がん専門学術誌である「Oncogene」に掲載されました。

 

分子解明が進むがん細胞

がん発症メカニズムの解析は、がん細胞内での分子の動きを解明することによって近年大きく進んでいます。

一般的に認知されていない言葉が重要であり、通常のニュースではややわかりにくくなっています。

この記事ではなるべく詳細にこの幹細胞を使った研究成果を説明します。

 

まず、理解のために必要な専門用語です。

 

β-cateninタンパク質(ベータカテニンタンパク質):β-cateninタンパク質は、Wntタンパク質が分泌され、細胞表面に存在するFz受容体に結合し、Wntシグナル経路を活性化します。

この経路が活性化すると、発生や恒常性の制御が行われます。

β-catenin蛋白質は、通常は細胞膜の細胞質側に局在していますが、Wntシグナル経路からの信号を受け取ると細胞の核に移行し遺伝子発現を制御します。

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がん幹細胞:未分化状態になっているがん細胞であり、細胞分裂により自己複製したり、分化したがん細胞を生み出したりすると考えられています。

抗癌薬に対する感受性が低い、つまり抗がん剤が効きにくい細胞であることも知られており、がんの再発などに関与していると考えられています。

 

CDK12(cyclin-dependent kinase 12、サイクリン依存性キナーゼ):mRNA の転写に関わるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)のひとつでPol IIのカルボキシ末端付近をリン酸化することでPol IIを活性化します。

 

APC(Adenomatous polyposis coli)遺伝子:現在はまだ日本語での学術用語化されておらず、APC遺伝子とされています。

5番染色体に位置する大きな遺伝子で、細胞接着やWntシグナル経路の制御を行います。

 

NELF複合体(negative elongation factor):Pol IIがDNAからmRNAへの転写を開始した直後に転写を保留にする働きを持ちます。

NELFがPol IIから解離して、PAF1複合体がPol IIに結合すると転写が再開します。

 

PAF1複合体(RNA polymerase II-associated factor 1 complex(PAF1C)):タンパク質の複合体であり、PAF1複合体は、NELFのPol II解離と同時にPol IIに結合することでPol IIを活性化し、一時停止されていたmRNAへの転写を再開させます。

 

RNA Pol II(RNA polymerase II):RNAポリメラーゼと呼ばれる酵素群に分類される酵素です。

DNA を鋳型にしてmRNA を合成する酵素のひとつです。

遺伝子発現には必須の酵素で、この酵素がなければ遺伝子発現、タンパク質の合成が行うことができません。

 

研究の背景

ヒト大腸がんの80%以上は、APC遺伝子の変異により始まるという研究結果が出ています。

 

APC遺伝子の変異によって直接的にがん細胞が発生するのか、それともがん細胞に分化するがん幹細胞、またはがんの前駆細胞が発生するのかという事についてはまだ議論が必要です。

しかし、結果的にAPC遺伝子の変異はがん幹細胞を増加させることはわかっています。

 

このAPC遺伝子の変異によってβ-cateninタンパク質の量が細胞内で増加します。

増加したβ-cateninタンパク質は、がん幹細胞を生み出す遺伝子群「がん幹細胞性関連遺伝子群」の発現を誘導することでがん幹細胞の発生を誘導します。

 

もしAPC遺伝子変異が直接的に分化しきったがん細胞を発生させるとすれば、このがん細胞でβ-cateninタンパク質が増加することによって分化しきったがん細胞ががんの幹細胞へと変化するという仮説もいくつかの研究チームから提唱されています。

 

これまで、β-cateninによるがん幹細胞性関連遺伝子群の発現誘導機構がはっきりしておらず、このメカニズムを解明することが大腸がんのサラに詳しい発症メカニズムの解明になると考えられており、多くの研究がこの領域で行われています。

 

では、がん幹細胞とはどういうものなのでしょうか?一般的に幹細胞と言われている細胞群(造血幹細胞、間葉系幹細胞など)、または人工的なES細胞、iSP細胞とどう違うのでしょうか?

 

近年の研究からひとつのがんに含まれるたくさんのがん細胞は均一ではなく多様であることが分かっています。

この状態を「がんの細胞塊はヘテロの集団である」と言います。

1つのがん細胞が増殖して構築されたがんの細胞塊であったとしても、分裂過程、成長過程で様々な方向に分化、変化し、結果的に性質の異なるがん細胞で構築されたがん細胞塊になります。

 

その中にはがんにはその根源となる細胞が存在することが報告されており「がん幹細胞」と呼ばれています。

がん幹細胞はがんを開始する細胞であるとともに薬物治療に抵抗性を示し再発の原因になることなどが示唆されており、がん幹細胞を生み出す仕組みや維持する仕組みを解明することにより、がん幹細胞を殺滅できる薬の開発が期待されています。

 

今回の研究成果

ポイントは、

  1. β-cateninタンパク質によるがん幹細胞性関連遺伝子の発現制御機構を明らかにしました。
  2. さらに、CDK12阻害薬が大腸がんの治療薬として有効であることを示しました。

 

このCDK12阻害薬の可能性は今回の研究において臨床に応用するきっかけとなると予想されているポイントです。

 

この研究で、PAF1複合体や関連の複合体が大腸癌のがん幹細胞性の誘発と維持に働くことが分かりました。

研究グループの予想では、PAF1複合体がRNA Pol IIを活性化するときにCDK12 などのキナーゼをRNA Pol II複合体にリクルートするため、CDK12を抑制することで大腸がんのがん幹細胞性を抑制できるはずです。

 

そこで動物モデルなどを用いた実験を行ったところ、CDK12阻害薬に暴露した大腸がん細胞は、腫瘍を形成する能力をうしなっていました。

 

これらの結果は、大腸癌の治療標的としてPAF1複合体やCDK12が候補となることを示しており治療に応用されることが期待されます。

 

内在性のPAF1を抑制すると大腸癌の腫瘍が小さくなる結果が今回の研究で得られており、この結果はPAF1が大腸癌の腫瘍形成に不可欠であることを示しています。

また、内在性のPAF1を抑制するとがん細胞が分化することもわかりました。

ということは、PAF1の存在によってがん細胞が分化していない状態をキープする、つまり、がん幹細胞性の維持に作用していることを示しています。

 

CDK12阻害薬としては、THZ531またはDinaciclibという化合物を使っています。

これらでCDK12を抑制すると、コントロールのDMSOに比べて大腸がんの細胞塊が小さくなりました。

さらに大腸がん細胞の分化性が停止状態から解放され、分化することもわかりました。

 

この研究で発見した遺伝子発現を制御する転写機序が大腸がんの開始、がん細胞性の誘発、およびがん幹細胞性の維持の機序であると研究グループは予想しており、今回明らかになった経路は治療のターゲット、がん悪性化防止のターゲットになる可能性を持っています。

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