幹細胞から皮膚再生に成功 重いやけどの治療応用に期待
東京医科歯科大学高等研究院卓越研究部門、幹細胞治療研究室の中内啓光特別栄誉教授、長野寿人非常勤講師、同実験動物センター疾患モデル動物解析分野の水野直彬助教の研究グループは、個体発生の環境と細胞競合を利用して、幹細胞由来の移植用臓器を作成する新手法「ニッチ侵入法(Niche encroachment)」を開発しました。
この手法で作成した幹細胞由来の皮膚は、表皮、真皮、毛包など皮膚付属器を持っており、深い傷にも永久生着し、感染防御・体液保持・体温調整といった様々な皮膚機能を迅速に回復させることが可能です
皮膚の重要性
皮膚は人間の体を覆う最大の器官であり、さまざまな重要な役割を果たしています。
まず皮膚は、細菌やウイルス、紫外線、化学物質などの外部の有害物質から体を守るバリアとして機能します。物理的な損傷も防ぎ、体内の臓器や組織を保護します。
体温調節も皮膚の重要な役割です。
汗をかいたり血管を拡張・収縮させることで、体温を調節します。
暑いときには汗を分泌し、蒸発によって体温を下げ、寒いときには血管を収縮させることで熱を保持します。
水分に関連して、皮膚は体内の水分が蒸発しすぎるのを防ぐ重要な役割を持っています。
皮膚のバリア機能が低下すると、体が乾燥しやすくなるため、潤いを保つことが健康において重要です。
また、皮膚には多くの感覚受容体があり、触覚、圧覚、温覚、痛覚などを感じ取ることができます。
これにより、周囲の環境に対して適切に反応し、危険を回避する手助けをします。
体の防御システムでも皮膚は重要な役割を果たします。
皮膚は体の免疫システムの一部であり、異物が侵入した際に免疫応答を引き起こすことがあります。
例えば、皮膚が損傷した場合、その場所で炎症反応が起き、感染を防ぐ役割を果たします。
皮膚はビタミンの合成にも関与しています。
太陽光の紫外線を受けてビタミンDを合成する役割を持っています。ビタミンDは骨の健康や免疫機能に重要です。
皮膚はこれらの機能を通じて、私たちの健康を維持し、外界からの影響に対処するために非常に重要な役割を果たしています。
皮膚の健康を保つためには、保湿や適切なケア、栄養バランスの取れた食事が不可欠です。
皮膚の深刻なダメージ、火傷について
火傷(やけど)は、皮膚に損傷を与える外傷の一つであり、熱、化学物質、電気、放射線などによって引き起こされます。
火傷は皮膚に対するダメージの程度によって分類され、皮膚の構造と機能に大きな影響を及ぼします。
火傷は、皮膚の損傷の深さによって以下の3段階に分類されます。
- 1度火傷:影響部位は表皮のみの場合です。日焼けが典型的な例です。
皮膚が赤くなり、軽度の痛みや腫れが生じますが、水ぶくれは通常できません。
数日から1週間で自然に治癒し、瘢痕(傷跡)を残さないケースが大多数です。
- 2度火傷:影響部位は表皮と真皮、皮膚の深い層に達します。
激しい痛み、水ぶくれ、赤みや腫れを伴い、水ぶくれが破れると、下の組織が露出し、感染のリスクが高まります。
軽度の2度火傷は通常、1〜3週間で治癒しますが、重度の場合は瘢痕が残る可能性があります。
- ・3度火傷:影響部位は表皮、真皮、皮下組織に至るまでで、深刻です。
痛覚が失われるほど深刻な損傷があり、皮膚が白く、黒焦げ、または炭のような状態になることがあります。
深い層までダメージが及ぶため、皮膚再生能力が損なわれます。
自然治癒は困難で、皮膚移植が必要となることが多く、治癒後も瘢痕が残り、機能的・外見的な障害が生じる可能性があります。
火傷によって損傷を受けた皮膚は、次の段階を経て治癒します。
まず炎症期では、損傷直後に炎症が起こり、白血球が感染を防ぎ、組織修復が始まります。
次の段階は増殖期で、新しい皮膚細胞が作られ、血管やコラーゲン繊維が再生します。
浅い火傷では表皮が再生されますが、深い火傷では瘢痕組織が形成されることがあります。
最終的に傷が閉じ、瘢痕が次第に柔らかく、薄くなるプロセスになります。
ただし、瘢痕が完全に消えることは少なく、機能的な制限が残ることもあります。
軽度の火傷(1度や浅い2度火傷)は水で冷やし、清潔なガーゼで覆い、保湿剤や軟膏を使用することで治癒を促します。
一方で深い火傷(2度火傷や3度火傷)は迅速な医療処置が必要です。
場合によっては皮膚移植や特殊な包帯を用いた治療が行われ、感染防止と適切な治癒を目指します。
火傷治療のための皮膚移植
火傷が深刻な場合、特に3度火傷のように皮膚の再生能力が損なわれた場合、皮膚移植が必要となることがあります。
皮膚移植は、損傷を受けた部分を新しい皮膚で覆い、感染を防ぎ、治癒を促進するための治療法であり、皮膚移植には、主に以下の2つの方法があります。
- 自家移植(オートグラフト):患者自身の健康な皮膚を採取し、それを火傷を負った部分に移植します。
拒絶反応が少なく、成功率が高い方法です。
移植された皮膚は通常、元の組織と同じ機能を果たすことができます。
通常、太もも、腹部、背中など、比較的目立たない場所から皮膚を採取します。
欠点として、採取した部位にも別の傷が残ることがあります。
また、広範囲の火傷の場合、十分な皮膚を採取できない場合があります。
- 同種移植(アログラフト)や異種移植(ゼノグラフト):これは、ドナーから提供された皮膚(同種移植)や、動物の皮膚(異種移植)を使用する方法です。
利点として、広範囲の火傷に対応できます。
一般的に急性期の治療として一時的に利用されることが多数です。
欠点として、免疫拒絶反応が起こる可能性があるため、通常は一時的なカバーとして使用され、最終的には自家移植に置き換える必要があることが挙げられます。
皮膚移植は、以下のステップで進行します。
まず創傷準備のステップです。
移植前に、火傷の損傷部位を清潔にし、壊死した組織を取り除きます。
このプロセスは「デブリドマン(創傷清拭)」と呼ばれ、感染リスクを減らし、移植皮膚の定着を助けます。
次に移植するための皮膚を採取します。
移植用の皮膚は、通常健康な部位から採取されますが、皮膚は薄く採取される場合と、厚い層で採取される場合があり、目的によって使い分けられます。
採取には2種類あり、まず分層移植(スプリットスキン)、これは表皮と一部の真皮を薄く採取し、大きな面積をカバーするために使用されます。
次に全層移植(フルスキン)です。
これは表皮と真皮を全て採取し、顔や関節部分など、重要な部位で使用されます。
移植した皮膚は、損傷した部位に縫合したり、ステープルで固定されたりします。
皮膚の定着を助けるために、圧迫包帯やドレッシングが使用されることもあります。
皮膚が定着すると、数週間かけて血管や神経が再生し、移植部位の機能が回復します。
通常、移植された皮膚は徐々に定着し、新しい組織と融合していきます。
最後に皮膚移植後のケアがあります、この移植後のケアは、移植部位と採取部位の両方に対して重要です。
移植部位は感染のリスクが高いため、消毒や抗生物質の使用が必要です。
さらに乾燥を防ぎ、皮膚の柔軟性を保つために、保湿剤を使用します。
移植部位は日光に対しても非常に敏感になるため、日焼け止めを使用して紫外線から保護します。
そしてリハビリテーションに移行します。
移植後、特に関節周辺の移植では、柔軟性を保つために物理療法が行われることがあります。
これにより、瘢痕組織が硬化して動きを制限することを防ぎます。
皮膚移植には多くの利点がありますが、いくつかのリスクや課題もあります。
- 拒絶反応: 自家移植の場合は少ないものの、同種移植や異種移植の場合、免疫拒絶反応が起こる可能性があります。
- 感染リスク: 手術後の感染リスクは常に存在し、特に広範囲の移植では感染管理が重要です。
- 瘢痕形成: 皮膚移植後に瘢痕が残ることがあり、特に広範囲の火傷では外観や機能に影響を与えることがあります。
- 機能回復の遅延: 特に深い火傷の場合、移植された皮膚の感覚や機能が完全に回復するまでには時間がかかることがあります。
研究の詳細
この研究のポイントを以下に挙げます。
個体発生の環境と細胞競合を利用して、幹細胞から移植用臓器を作成する新手法(ニッチ侵入法)を開発したこと。
この手法で作成した皮膚は、従来の皮膚代替物と異なり、皮膚の支持組織である真皮を持つため皮膚の深い部分まで損傷するような重症の皮膚損傷にも移植可能で、毛包などの付属器もあるため皮膚機能を完全に再生する事が出来ること。
この研究はマウスを使い、羊水中にヒト細胞を注入する事で、ヒト型の皮膚を作成することに成功しています。
この研究結果は、免疫抑制剤なしで永久生着し、機能的にも完全な移植用皮膚を幹細胞から作成する技術の基盤であり、重症の広範囲熱傷の患者さんへ毛包や汗腺などの付属器を備えた移植用の皮膚を提供できるようになることが期待されます。
この研究の次の段階は、本研究結果をマウスよりも妊娠期間の長いブタなどの大動物へ応用することです。
この応用によって、毛包等の全ての皮膚構成要素を備える完全なヒト皮膚を作成できる可能性が示唆されます。
火傷などが原因の深い傷にも生着が可能で、皮膚のバリア機能を迅速に回復させつつ、毛包や汗腺などの本来の皮膚の構成要素である付属器を併せ持った移植用皮膚を作成することは、外傷や熱傷などの治療において患者さんの救命のみならず、その後の生活の質の改善にも大きく貢献することが期待されます。