資生堂、表皮幹細胞の活性化技術への足がかりを発見
資生堂は、細胞のエネルギーを作り出す作用を持っているミトコンドリアのエネルギー生産関連分子を調節することによって、表皮幹細胞を活性化が可能であることを明らかにしました。
細胞内部化の分子メカニズムをコントロールすることによって、表皮の幹細胞をコントロールするという美容、美肌に大きな影響を与えうる結果であり、今後のアンチエイジングの研究、技術開発に貢献すると考えられています。
資生堂は2020年に社内組織を変えており、その中でイノベーション創出に取り組むため、これまで研究開発を示す「R&D(Research & Development)」という文言を使っていましたが、今後はR&I(Research & Innovation)と表記し、研究イノベーション、研究開発への既存事業の活用スピードアップを目的として改革を行いました。
チーフイノベーションオフィサーのマネジメント下にあったインキュベーションセンターは、チーフプロダクトイノベーションオフィサーのマネジメント下に移管されました。
そして市場性の高い研究シーズの事業化を加速させるために、FS事業部とインキュベーションセンター機能を統合したFSイノベーションセンターを新設しています。
資生堂は化粧品の製造と販売を主な事業とする企業で、化粧品の国内シェアは第一位、世界シェアで見ると第五位、世界の約120ヶ国で事業を展開しており、海外売上比率は60 %を超えています。
ミトコンドリアとは?
ミトコンドリアは、ほとんど全ての真核生物の細胞内に存在する細胞小器官の一つです。
脂質二重膜で囲まれており、この膜内には様々なタンパク質が存在しています。
これらのタンパク質のいくつかによって、高エネルギーの電子と酸素を利用して、ATP(ATP: Adsenosine triphosphate、アデノシン三リン酸)を合成しています。
酸素を使うため、好気呼吸の場であるとされており、真核生物の主要エネルギー生産場所です。
真核細胞のDNAは、核膜で囲まれた「核」に存在することがよく知られていますが、ミトコンドリアは独自にミトコンドリア内にDNAを持っています。
このDNAによって、ある程度細胞から独立した形でミトコンドリアは細胞内で分裂して増殖します。
1つの細胞内には300個から400個のミトコンドリアが存在しており、質量的には全身の体重の10 %ほどがミトコンドリアの重さであると概算されています。
細胞のエネルギー生産は、まず細胞質では解糖系が機能し、グルコースを主に代謝してATPを生産します。
この時点で生産されるATPはごく少量で、大きなエネルギー生産は、この解糖系で産生されるピルビン酸とNADH(Nicotinamide adenine dinucleotide、ニコチンアミドアデニンヌクレオチド)に依存します。
解糖系では1分子のグルコースから2分子のATPが得られますが、ミトコンドリアの好気性分解によって、1分子のグルコースから38から40分子のATPが合成されます。
この減少に関与する分子の一つに、MPC1(Mitochondrial pyruvate carrier 1)という分子があります。
資生堂はこのMPC1を抑制することによって皮膚幹細胞を活性化する方法を明らかにし、2020年にはすでに特許を出願しています。
資生堂の特許詳細
資生堂の出願した特許は、「MPC1抑制により皮膚幹細胞を活性化する方法および皮膚幹細胞活性化剤」という名称で届け出をされています。
皮膚幹細胞の活性化にはこれまで様々な方法が試みられてきました。
アスタキサンチンを含有する幹細胞の老化抑制剤、ヒドロキシプロリンは間葉系幹細胞の観細胞性維持と賦活化剤が開示されています。
分化した細胞は、解糖系だけでなく電子伝達系を使ってATPを産生させるため、どうしても活性酸素が細胞内に蓄積してしまいます。
しかしミトコンドリアでこれらを参加する好気呼吸を行えば、活性酸素の蓄積を避けることができるばかりでなく、効率よくATPを得ることができます。
これが先に述べた、「解糖系では1分子のグルコースから2分子のATPが得られるが、ミトコンドリアの好気性分解によって、1分子のグルコースから38から40分子のATPが合成される」の仕組みです。
幹細胞の場合は、エネルギー生産を解糖系のみで行い、電子伝達系をそれほど使いません。
そのため、幹細胞に活性酸素が蓄積することはほとんどありません。
資生堂はこの部分に着目し、皮膚幹細胞を活性化する方法、皮膚幹細胞活性化剤、そして皮膚幹細胞活性化剤のスクリーニング方法を開発しました。
この特許では、MPC1抑制によって活性酸素の原因となる電子伝達系への経路を阻害し、皮膚幹細胞を活性化させることに成功しました。
この特許は次の発明を含んでいます。
- MCP1抑制剤の適用によって皮膚幹細胞を活性化する。
- MPC1抑制剤が、アケビ抽出物、黒豆抽出物、シャクヤク抽出物、茶抽出物、ホホバ抽出物、エルゴチオネインの少なくともいずれかを有効成分として含む。
- アケビ抽出物、黒豆抽出物、シャクヤク抽出物、茶抽出物、ホホバ抽出物、エルゴチオネインの少なくともいずれかを有効成分として含むMCP1抑制剤。
2と3は同じような事が書かれていますが、これは特許を堅固なものとするための書類上の書き方の都合です。
- MPC1抑制剤を含む皮膚幹細胞活性化剤。
- 前期MPC1抑制剤がアケビ抽出物、黒豆抽出物、シャクヤク抽出物、茶抽出物、ホホバ抽出物、エルゴチオネインの少なくともいずれかを有効成分として含む「皮膚幹細胞活性化剤」。
- MPC1抑制作用を指標とする、皮膚幹細胞活性化剤のスクリーニング方法。
- 皮膚資料を候補薬剤に接触させる工程。
そして「発明の効果」として、MPC1抑制により皮膚幹細胞を活性化に有効な剤および方法が提供され、皮膚幹細胞が活性化されれば、皮膚の老化抑制に有効、としています。
ただし、「本発明の方法は、美容を目的とする方法の場合があり、医師や医療従事者による治療ではないことがある。」と付け加えられています。
この発明に出てくるエルゴチオネインとは、タモギタケというキノコに多く含まれている成分であり、タモギタケエキスというタモギタケからの抽出物はこのエルゴチオネインを多く含むとされています。
中高年の認知機能(記憶力・注意力)を維持する働きがあるとされていますが、このエルゴチオネインは、希少なアミノ酸誘導体です。
強力な抗酸化作用を持ち、水溶性の物質で熱に耐性を持ちます。
さらに、酸性、アルカリ性の指標であるpH安定性に優れており、製薬工程において扱いやすい物質と考えられています。
しかし、希少なアミノ酸誘導体というハードルがあります。
エルゴチオネインはキノコなどの菌類しか生合成できない物質で、当然人間も自分では生合成できません。
そのため、人間は外部から摂取するしかなく、皮膚幹細胞を活性化させるためには何らかの製品を作り、摂取するしかないわけです。
この活性化のメカニズムは、皮膚幹細胞の増殖をゴールトしたものですが、「ミトコンドリアの活性を一時的に抑制して細胞生産のエネルギー産生を抑えることで休息状態を与える。休息した細胞は活動を始めると大きく活性化し、結果として表皮細胞全体が良好な状態になる」というコロンブスの卵的なアイデアです。
ただ闇雲に活性化させるわけではなく、いったん休息させることによって前以上の活性を誘導するという考え方は、細胞をきちんと生命として認識していないとなかなか思いつかないアイデアと言えますが、今回は資生堂の開発陣は見事にそのアイデアを形にしたのが今回の特許ということになります。
このアイデアは、医薬品として開発する、美容用品として開発するといういくつかの選択肢を持ちます。
産業的にも拡がりが期待できるアイデアですので、この特許が製品として店頭に出てくる時期は思ったよりも早いかもしれません。