ヒトiPS細胞を用いた抗肥満効果をもつ活性化因子スクリーニング系を開発 肥満タイプ別iPS細胞から褐色脂肪細胞の分化に成功

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肥満タイプ別iPS細胞から褐色脂肪細胞の分化に成功

2024年321日(木)〜23日(土)に開催された第23回日本再生医療学会総会(新潟)において、株式会社ディーエイチシー(本社:東京都港区、代表取締役社長:宮崎緑、以下:DHC)は、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 血液・生体システム解析学分野(所在地:東京都文京区、准教授:西尾美和子)との共同成果が発表されました。

発表タイトルは、「ヒトiPS細胞由来褐色脂肪細胞の活性化作用因子スクリーニング系の開発」です。

 

肥満は生活習慣病のリスクファクターとして知られており、様々な対策、薬などが開発されています。

特に肥満が原因の疾患としてはメタボリック症候群が問題とされており、健康診断でもこれらに関係する数値が重要視されています。

 

近年、脂肪燃焼作用をもつ「褐色脂肪細胞(Brown Adipocyte; BA) 」は病的肥満に対する新たな治療標的として注目されています。

そこで、本研究では、「日本人に多い肥満関連遺伝子タイプ」を背景として当社で樹立した遺伝子タイプ別のiPS細胞を用い、東京医科歯科大学独自のBA分化誘導技術を応用することで、抗肥満効果をもつBA活性化作用因子のスクリーニング系の開発に成功いたしました。

褐色脂肪細胞は、ヒトの鎖骨上部や傍脊椎部に分布し、脂肪を燃焼し熱を産生する働きを担っている細胞です。

 

日本人に多い肥満に関連する遺伝子はすでに解析が進んでおり、肥満関連遺伝子として、ベータ3アドレナリン受容体遺伝子多型(糖質代謝不全型)、脱共役タンパク質1遺伝子多型(脂質代謝不全型)、ベータ2アドレナリン受容体遺伝子多型(タンパク質代謝促進型)の3種類が知られています。

これらの遺伝子に変異がない場合は、生活習慣起因型の肥満、またはメタボリック症候群とされています。

 

肥満とメタボリック症候群

肥満は、通常、体重が健康的な範囲を超え、健康に悪影響を及ぼす程度に体脂肪が蓄積した状態を指します。

一般的に、肥満はBMIBody Mass Index)という指標で評価されます。

BMIは、体重を身長の二乗で割った値であり、一般的には18.5未満がやせ、18.5から24.9が健康的な体重、25から29.9が肥満の前段階(過体重)、30以上が肥満とされます。

 

肥満はさまざまな健康問題を引き起こす可能性があります。

これには心血管疾患、糖尿病、関節痛、睡眠時無呼吸症候群などが含まれます。

肥満の原因には、運動不足、食事の質や量の問題、遺伝的要因、生活習慣などがあります。

 

肥満は社会的および経済的な問題でもあり、医療費や生産性の減少などの影響を与える場合があります。そのため、肥満の予防と管理は重要な公衆衛生上の課題となっています。

 

メタボリック症候群は、肥満、高血圧、高血糖、高コレステロールなどの代謝異常が集まって発生する状態を指します。

これらの症状が同時に現れることで、心血管疾患や糖尿病などの疾患のリスクが高まります。

 

具体的には、メタボリック症候群は以下の要素を含むことがあります:

  1. 腹部肥満:ウエストが男性で94cm以上、女性で80cm以上。
  2. 高血圧:収縮期血圧が130mmHg以上、または拡張期血圧が85mmHg以上。
  3. 高血糖:空腹時血糖値が100mg/dL以上。
  4. 高トリグリセリド血症:150mg/dL以上の値。
  5. HDLコレステロール:男性で40mg/dL未満、女性で50mg/dL未満。

 

これらの要素が3つ以上存在する場合、メタボリック症候群と診断されることがあります。

メタボリック症候群は、心血管疾患や糖尿病の発症リスクが高まるだけでなく、脳卒中や脂肪肝などの健康問題も引き起こす可能性があります。

 

研究に関連するキーワード

まずiPS細胞を分化誘導する際に目標とされる褐色脂肪細胞とはどんな細胞でしょうか?

褐色脂肪細胞は、体内でエネルギーを生成する役割を果たす特殊な脂肪細胞です。

通常の白色脂肪細胞とは異なり、褐色脂肪細胞は体温を維持するために熱を生成することが主な機能です。

そのため、代謝率が高く、体内の脂肪を燃焼させてエネルギーを生み出すことができます。

 

褐色脂肪細胞は、特に新生児や小さな哺乳類に多く存在し、体温調節に重要な役割を果たします。

また、最近の研究では、成人でも褐色脂肪細胞が存在し、体重管理や糖代謝の調節に関与している可能性が示唆されています。

 

褐色脂肪細胞は、白色脂肪細胞と比較してミトコンドリアが豊富であり、このミトコンドリアが脂肪を燃焼する際に熱を生成します。

このプロセスは代謝活性を高め、体温を上昇させることで熱産生を促進します。

褐色脂肪細胞の活性化は、体重管理や糖代謝の改善につながる可能性があり、将来的な肥満や糖尿病の治療法として注目されています。

 

この褐色脂肪細胞に分化させるためには、細胞を3次元培養することが必要です。

3次元培養は、細胞や組織を2次元の平面ではなく、3次元の構造や環境で培養する方法です。

従来の細胞培養は通常、プラスチックやガラスの表面上で行われますが、これでは細胞が自然な環境に近い形で成長することができません。

一方、3次元培養では、細胞がより複雑な環境で成長し、組織の形態や機能を再現することが可能です。

 

3次元培養の方法にはいくつかの種類があります。

その一つは、ゲルやマトリックスを使用して細胞を埋め込む方法です。例えば、コラーゲンやアルギン酸などの生体由来の材料を使って、細胞を包み込んだり、特定の構造を形成したりします。

また、バイオプリンティングと呼ばれる技術では、3次元の組織構造を直接造形することができます。

 

3次元培養は、細胞や組織のより自然な環境を再現することができるため、生理学的な反応や薬物応答などをより正確に評価することができます。

この技術は、再生医療や薬物開発、疾患の研究などのさまざまな分野で活用されています。

 

この3次元培養においては、研究グループは専用プレートを用います。

この培養法では、辺縁整の細胞凝集体、つまり3次元細胞塊を得ることができます。

このスフィアについて、脂肪滴を特異的に染色したところ、細胞の核周囲にはBA特異的な多数の小さな脂肪滴が観察されました。

 

脂肪滴は、脂肪細胞内に存在する小さな脂肪の集合体で、主に脂肪酸やグリセリドから成ります。脂肪滴は細胞のエネルギー貯蔵の主な形態であり、細胞内で脂肪が合成されると、脂肪滴として貯蔵されます。これにより、必要なエネルギーが必要なときに利用できるようになります。

 

脂肪滴は顕微鏡下で観察され、通常は明るい丸い構造として見られます。

これは、脂肪分子が光を反射するためで、脂肪滴の大きさや数は、脂肪細胞の種類や状態によって異なります。

肥満などの状態では、脂肪細胞内の脂肪滴のサイズや数が増加することがあります。

 

脂肪滴は、エネルギーの貯蔵だけでなく、細胞の代謝やシグナル伝達にも重要な役割を果たします。

特に、脂肪細胞から分泌される脂肪関連のサイトカイン(細胞外シグナル分子)の放出に影響を与えることが知られています。

また、脂肪滴の異常な増加は、肥満や脂肪代謝の障害などの疾患の発症に関連していることがあります。

 

この分化させた細胞内のBA特異的遺伝子であるUCP1Uncoupling Protein 1)の遺伝子発現を調べたところ、未分化状態と比べて高い発現上昇が確認できました。以上のことから、安定的かつ高効率なiPS細胞由来BAの作製に成功したと判断されました。

 

UCP1は、ミトコンドリア内膜に存在するタンパク質であり、主に褐色脂肪細胞で発現されます。

UCP1は、脂肪細胞内の脂肪滴の中にあるプロトングラジエントを利用して熱を生成するための重要な役割を果たします。

 

通常、ミトコンドリアでATP合成が行われる際には、プロトングラジエントが生成され、このエネルギーがATP産生に利用されます。

しかし、UCP1が存在する褐色脂肪細胞では、UCP1がプロトングラジエントを通過することで、ATP合成とは無関係に熱を生成します。

このプロセスは、脂肪細胞の中で脂肪を燃焼し、その代謝産物から熱を生じさせるものです。

 

UCP1による熱産生のプロセスは、代謝活性を増加させ、体温を維持する役割を果たします。

これにより、寒冷環境下で体温を維持するための重要な機構として機能します。

また、最近の研究では、UCP1の活性化が肥満や糖代謝の改善にも関連していることが示唆されています。

 

今後の展望

研究グル−プは、今後ヒトBAを対象とした抗肥満効果をもつ活性化因子のスクリーニングと解析を進めていく予定です。

 

肥満に関連する遺伝子タイプ別に樹立した細胞をターゲットとした機能性食品成分の抗肥満効果を明らかにすることは、、経口摂取を前提とした健康食品やサプリメント等の改良や、オーダーメイドサプリメント等の日本人の体質に沿ったダイエット対策製品の新規開発が期待できます。

 

食生活の富栄養化によって肥満の割合が増えてきていますが、対策も多様化が進んでいます。

この対策は、生活習慣の見直しによって解決するものが多いのですが、疾病としてメタボリック症候群、またそこから派生する疾患に罹ってしまった場合は、食生活の見直しなどの対策が取れないことがあります。

 

この解決策としてiPS細胞を使う治療方法も本研究をはじめとして多く存在し、今後の日本に必須の治療法として期待されています。

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