間葉系幹細胞由来培養上清のドライアイに対する効果を確認

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幹細胞を培養した培養液がドライアイに効果

大阪大学大学院医学研究科の林竜平教授(幹細胞応用医学)、西田幸二教授(眼科学、先導的学際研究機構生命医科学融合フロンティア研究部門)は、ロート製薬株式会社との共同研究で、脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養上清(培養液由来)の点眼がドライアイのモデルケースに対して有効であることを明らかにしました。

 

ロート製薬株式会社は、1904年に目薬を発売し、100年以上眼に関する薬の開発を行っています。

2013年には再生医療事業、2020年からは医療用眼科領域に参入し、大阪大学とiPS細胞や間葉系幹細胞を使った眼に対する再生医療の研究に取り組んできました。

今回の研究は、ドライアイの治療薬開発として取り組んできた研究の結果です。

 

意外と怖いドライアイ

ドライアイの症状を訴える人は少なくありません。

ドライアイの定義は、「様々な要因により、涙液層の安定性が低下し、眼不快感や視機能異常を生じ、眼表面の障害を伴う可能性がある疾病」とされています。

涙の量が少なくなる、または涙の成分が変化することによって眼球の表面が乾燥して瑕や障害が生じます。

 

症状は多様で、眼がゴロゴロする異物感、光をまぶしく感じる、痛みを感じる、視界のかすみ、10秒以上目を開けていられない、眼の乾きなどがあります。

疾病が進行すると、視力の低下、結膜炎などの眼の感染症にかかりやすくなる、といった症状が出てきます。

 

眼の角膜上には涙液が常にある程度存在します。

この涙液は、油層、水層、ムチン層(粘液層)で構成されており、この3つのどの要素が欠乏しても安定性が崩れてドライアイとなります。

原因としては、テレビ、パソコンなどの画面を見る行為による目の酷使、冷暖房によって起こる空気の乾燥化、コンタクトレンズの装着によって疾病となるケースが増加しているとされています。

 

仕事のパソコンだけでなく、プライベートでもスマートフォンを見ることが一般的な現代特有の疾病と言えるドライアイは、一般的なオフィスでは約30 %の人がドライアイの症状を持っているとされ、コンタクトレンズを装着しているとその率は上がるとされています。

また、最近行う人が増えているレーシック手術でも、手術を行った後数ヶ月はドライアイの症状が出るといわれています。

 

また、こうした生活だけでなく、別の疾病による薬の服用なども原因とされることがあります。

その原因(病因)は、油層の以上がマイボーム腺の機能不全、水層の以上がシェーグレン症候群、ムチン層の以上はスティーブンス・ジョンソン症候群などで起こるとされています。

シェーグレン症候群は、涙腺、唾液腺等の外分泌腺に慢性的に炎症が発症する自己免疫疾患です。

涙液分泌が著しく減少することで重度の角膜上皮障害や角膜のバリア機能の低下が認められ、ドライアイを誘導します。

 

診断としては、涙液の産生量低下、涙液の蒸発量上昇、角結膜の異常を目安に行われますが、最近ではドライアイの自動診断装置(TSAS: Tear stability analysis system、涙液安定解析システム)を使って、短時間で診断ができるようになっています。

 

治療としては、点眼によって薬などに頼る方法が一般的です。

まず、人工涙液の点眼、これは涙に近い成分の人工涙液を用います。

他にも、ヒアルロン酸が主成分の点眼薬、シクロスポリンが含まれる点眼薬が用いられることがあります。

最近では、ジクアホソルナトリウム、本来は胃腸薬として使われているレパミピドがドライアイの治療に有効であることが確認され、点眼薬として製品化されています。

 

今回の研究で使った培養上清とは?

幹細胞を人工的に培養する際は、各種栄養分や成長因子が含まれている培養液を使って培養されます。

幹細胞は培養液から必要な成分を細胞内に取り入れて成長しますが、同時に幹細胞から様々な物質が分泌されます。

 

幹細胞は、細胞集団の中で周囲の細胞とコミュニケーションを取りながら生きています。

コミュニケーションの手段は、接している細胞膜を介した情報交換、または細胞が分泌した物質を別の細胞が感知して情報交換するという2種類です。

幹細胞は周囲の細胞とコミュニケーションを取るために、様々な物質を分泌していますが、この分泌された物質の中にはヒトにとって有用な物質が多く含まれています。

 

これを応用して、幹細胞そのものだけでなく、幹細胞を培養した培養液も再生医療に使えないか?という研究が進められており、今回の研究成果はその1つに挙げられます。

 

脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養した培養液の上清、つまり培養上清は、AdMSC-CMと呼ばれています。

今回の研究では、このAdMSC-CMを使って以下の事を明らかにしました。

  1. AdMSC-CMは角膜上皮細胞の細胞死や炎症性物質の発現を抑え、バリア機能を向上しました。
  2. AdMSC-CMによる効果は、TGF-βJAK-STATシグナルが関与することを明らかにしました。
  3. AdMSC-CMの点眼は、ドライアイモデルに対して角膜のバリア機能を改善し、角膜上皮障害を抑制しました。
  4. これらの結果により、AdMSC-CMがドライアイの新しい治療薬となる可能性が示唆されました。

TGF-βは、トランスフォーミング増殖因子β(Transforming growth factor-β)と呼ばれる分子で、TGF-βが関わるシグナル伝達経路は、細胞の増殖、分化、アポトーシスなどの細胞死、そして細胞の線維化を制御するなどの多彩な機能を持つ分子です。

JAK-STATは、Janus kinase-signal transducer and activator of transcriptionで、日本語ではそのまま「ジャックースタット」と呼ばれる分子です。

JAK-STATが関わるシグナル経路は、細胞の増殖や分化だけでなく、炎症などの防御反応にも関わるサイトカインのシグナル伝達系です。

 

研究の詳細

研究は、まず脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養して、培養液を回収します。

このステップは、AdMSC-CMの回収ステップで、次にステップでドライアイのモデルに添加します。

ドライアイのモデルは、塩化ベンザルコニウムを使った核膜上皮障害モデル(塩化ベンザルコニウム誘導型角膜上皮障害モデル)を使い、AdMSC-CMを添加したこのモデルの細胞がどれだけ生存しているかなどの解析を行いました。

この結果、角膜上皮細胞のバリア機能障害の改善が見られ、AdMSC-CMには何らかの効果があることが確認されました。

 

この作用がどのようなメカニズムで機能しているかを明らかにするために解析したところ、

TGF-βやJAK-STATシグナルに関連する遺伝子の発現をAdMSC-CMが抑制していること、さらに両シグナルの阻害剤を用いると、BAC誘導型角膜上皮障害モデルにおいてAdMSC-CMと同様の効果が得られることが明らかになりました。

 

さらにドライアイに対するAdMSC-CMの効果を検討するため、涙液量の低下に伴い角膜上皮障害を発症するドライアイモデルに対し、AdMSC-CMの点眼による効果を評価しました。

その結果、AdMSC-CMはドライアイモデルの、角膜上皮バリアに関連するタンパク質発現の低下を改善し、角膜上皮障害を抑制することが明らかになりました。

これらの結果は、ドライアイに対するAdMSC-CMの効果や作用機序を明らかにしました。

 

本研究成果により、AdMSC-CMが複数の薬理作用を通してドライアイ等の角膜疾患の新規治療薬として確立できる可能性が示されましたが、現時点ではシグナル経路が詳細にはわかっていません。

今後、AdMSC-CMの有効成分の探索やさらに詳細な作用機序の解明を行うことで、ドライアイ治療薬としての開発を進めるだけでなく、他の疾患に対する応用や新たな創薬標的の発見、間葉系幹細胞による効果の作用機序解明に繋がることが期待されます。

 

現代人特有の疾病であるドライアイですが、ドライアイを放置すると、角膜、結膜に損傷を発症することがあります

また、この眼の疾患は、頭痛、めまい、肩こりなどにも影響するため、ドライアイで生活の質がかなり低下します。

視力や見え方に大きな影響を与えるドライアイですが、ドライアイが失明の直接的原因になるとは考えにくく、その点においてはそれほどの心配は必要ありません。

 

しかし、眼の見え方は身体の他の部分に影響を与えることが多く、身体の不調は意外と早くやってきます。

そのため、ドライアイは早めの対処が必要ですが、市販の目薬の効果には個人差があり、根治的なものを求めるのはやや難しい状況です。

そんな中で、今回の研究でAdMSC-CMを構成する成分の中にドライアイの症状を改善する効果のあるものが存在するという証拠を得ることができました。

AdMSC-CMを使う、という新しいタイプの点眼薬の出現はもうすぐかもしれません。

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