年を取ると「血液の作られ方」そのものが変わっていく
私たちの血液は、一度作られたものが一生使われるわけではありません。骨髄に存在する造血幹細胞が、赤血球、白血球、血小板などを絶えず生み出し続けています。
しかし、加齢するとこのバランスが変化します。リンパ球などを作る能力が低下する一方、好中球をはじめとする骨髄球系の細胞が増えやすくなる「骨髄球系への偏り」が起こります。この変化は、高齢期の免疫機能や慢性炎症を考えるうえで重要な研究テーマです。
2026年8月26日、『Nature Aging』に、この変化を引き起こす新たな仕組みを示した研究が発表されました。
研究チームが注目したのは、造血幹細胞だけではありません。骨髄の中に入り込んでいる「CD4陽性T細胞」です。
T細胞は本来、感染した細胞などを認識して免疫反応を調整する細胞です。ところが老齢マウスの骨髄では、細胞を攻撃する性質を持つ「細胞傷害性CD4陽性T細胞」が大きく増えていました。
つまり、造血幹細胞が年齢とともに単独で衰えるだけではなく、周囲に存在する免疫細胞とのやり取りによって「どの血液細胞を作りやすくなるか」が変わる可能性が見えてきたのです。
老いた骨髄では、特殊なCD4陽性T細胞が約16倍に増えていた
研究チームは、3カ月齢の若いマウスと24カ月齢の老齢マウスの血液や骨髄を比較しました。
老齢マウスでは血液中の好中球や単球が増える一方、リンパ球は減少していました。その結果、好中球とリンパ球の比率を示す「NLR」が高くなっています。NLRは炎症状態などを見る指標の一つです。
さらに骨髄を詳しく調べると、CD4陽性T細胞そのものが増えていました。
なかでも大きく増えていたのが、「CCL5」という物質を多く作る細胞傷害性CD4陽性T細胞です。若齢マウスではCD4陽性T細胞のうち平均1.64%だったのに対し、老齢マウスでは平均26.78%を占めていました。
研究チームは、このT細胞が単に老化した骨髄へ集まっているだけなのか、それとも造血を変化させているのかを確かめました。
そこで、若齢マウスと老齢マウスから取り出したCD4陽性T細胞を別のマウスへ移植しています。
老齢マウス由来のT細胞を移した場合には、骨髄で血液細胞のもとになる前駆細胞や好中球が増えました。反対に、T細胞を持たない老齢マウスでは、好中球や単球の増加が抑えられています。
これらの実験から、老いた骨髄に存在するCD4陽性T細胞が、造血幹細胞やその先の前駆細胞に働きかけ、骨髄球系の血液細胞を作りやすくしていることが示されました。
T細胞から放たれる「CCL5」が、造血幹細胞の進路を変える
では、CD4陽性T細胞はどのように造血幹細胞へ情報を送っているのでしょうか。
鍵になったのが、先ほどの「CCL5」です。CCL5はケモカインと呼ばれる情報伝達物質の一つで、免疫細胞の移動や働きの調節に関係しています。
老齢マウスの骨髄で増えていた細胞傷害性CD4陽性T細胞は、このCCL5を多く作っていました。一方、造血幹細胞や骨髄球系の前駆細胞では、CCL5を受け取る受容体「CCR5」が加齢に伴って増えていました。
つまり老化した骨髄では、「CCL5を送るT細胞」と「それを受け取る造血細胞」が同時に増え、情報が伝わりやすい状態になっていたのです。
研究チームはCCR5を持つ細胞と、CCR5を持たない細胞を同じマウスの骨髄内で比較しました。老齢T細胞を加えると、CCR5を持つ細胞では骨髄球系への分化が強く進みましたが、CCR5を欠く細胞ではその変化が抑えられました。
培養実験でも同様です。老齢マウスのCD4陽性T細胞と造血前駆細胞を一緒に育てると骨髄球系への分化が増えましたが、CCL5を阻害するとその作用が弱まりました。
こうして「老いたT細胞→CCL5→CCR5を持つ造血細胞」という一連の経路が、加齢に伴う血液産生の偏りに関係していることが明らかになりました。
すでにあるCCR5阻害薬を使うと、老齢マウスの造血バランスが変化
研究チームは次に、「CCL5からCCR5へ伝わる情報を止めれば、加齢による造血の偏りを抑えられるのか」を調べました。
使用したのが「マラビロク」です。CCR5の働きを阻害する薬で、すでにHIV感染症の治療に使用されています。ただし、今回調べたのはHIV治療ではなく、老齢マウスの造血に与える影響です。
23カ月齢のマウスに、体重1kgあたり35mgのマラビロクを1日1回、1カ月間投与しました。
その結果、骨髄球系前駆細胞が減少し、血液中の好中球も低下しました。好中球/リンパ球比も若齢マウスに近い方向へ変化しています。
変化は血液だけではありませんでした。
肺や肝臓へ入り込んでいた好中球が減り、加齢に伴う炎症に関連する複数のサイトカインも低下しました。さらに血糖、アルブミン、肝機能に関係する指標にも変化が確認されています。
握力試験では筋力が改善し、回転する棒の上にどれだけ留まれるかを測定するrotarod試験でも運動協調性が改善しました。
ただし、この結果を「マラビロクが老化を逆転させた」と解釈するのは適切ではありません。確認されたのは、あくまで老齢マウスの複数の指標が若齢側へ変化したという結果です。
「人の若返り薬が見つかった」と考えるには早すぎる
マラビロクがすでに人に使われている薬であるため、今回の研究は臨床応用に近いように見えるかもしれません。しかし研究段階を正しく理解する必要があります。
今回の主要な実験はマウスで行われています。老齢マウスでCCL5–CCR5経路を阻害した結果が、高齢者でも同じように再現されるかは分かっていません。
また、造血幹細胞そのものを「若返らせた」とも断定できません。
マラビロクによって変化したのは、骨髄球系細胞を作りやすくなっていた造血のバランスです。研究では造血幹細胞の数そのものには大きな変化がみられない条件もあり、幹細胞を若い状態へ完全に戻したことを示した研究ではありません。
さらに、CCR5には免疫反応を調節する本来の役割があります。老化に関係する経路だからといって、長期間にわたって働きを抑えることが安全とは限りません。
研究チーム自身も、今回確認した仕組みがヒトの加齢でも同じように働いているのか、さらに検証する必要があるとしています。
高齢者の貧血、感染症への抵抗力低下、血栓、血液がんなどへ今回の仕組みがどこまで関係するのかも、現段階では研究課題です。
幹細胞の老化を「細胞そのもの」だけで見ない時代へ
幹細胞の老化というと、細胞内のDNA損傷やミトコンドリア機能の低下など、幹細胞自身の変化に注目しがちです。
しかし、造血幹細胞は骨髄の中で単独で存在しているわけではありません。血管、間質細胞、免疫細胞などに囲まれた「骨髄ニッチ」と呼ばれる環境の中で、さまざまな情報を受け取りながら働いています。
今回の研究は、その環境を構成するT細胞が、造血幹細胞の加齢に伴う分化の偏りを作る一因になり得ることを示しました。
特に興味深いのは、加齢したT細胞から出るCCL5と、造血幹細胞側のCCR5という「細胞同士の会話」を遮断することで、血液産生の状態が変化した点です。
再生医療では、幹細胞を体外で増やして移植する方法が注目されます。しかし、体内にすでに存在する幹細胞がどのような環境に置かれているかを整えることも、再生能力を考えるうえで重要です。
「老化した幹細胞を入れ替える」のではなく、「幹細胞へ届く情報を変える」という考え方です。
もちろん、人で応用できるかどうかはまだ分かりません。それでも、老化を単なる細胞の機能低下ではなく、免疫細胞と幹細胞の相互作用から捉え直した今回の研究は、造血幹細胞と加齢を理解する新たな手がかりとなります。
今後、人の骨髄でも同じCCL5–CCR5経路が加齢に伴って強まるのか、そして安全に調節できるのかが明らかになれば、加齢に伴う造血機能の変化を研究する新しい方向へつながる可能性があります。
[出典]
- Nature Aging「Cytotoxic CD4+ T cells induce age-associated myelopoiesis through CCL5–CCR5 signaling」
https://www.nature.com/articles/s43587-026-01209-9 - Scienmag「Cytotoxic CD4+ T Cells Drive Age-Related Myelopoiesis via CCL5–CCR5 Signaling」
https://scienmag.com/cytotoxic-cd4-t-cells-drive-age-related-myelopoiesis-via-ccl5-ccr5-signaling/


