ベーチェット病とは、炎症が全身をめぐる指定難病
ベーチェット病は、口腔粘膜のアフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状を主症状とする慢性再発性の全身性炎症性疾患です。症状は一つの臓器だけにとどまらず、腸管、血管、神経、関節などに及ぶこともあります。難病情報センターでは、再燃と寛解を繰り返す病気として説明されています。
原因はまだ完全には解明されていません。遺伝的ななりやすさに、感染病原体や環境因子などが重なり、白血球の働きが過剰になって炎症を起こすと考えられています。特にHLA-B51との関連が知られていますが、それだけで発症が決まる病気ではありません。
日本では、令和5年度末時点の特定医療費(指定難病)受給者証所持者数が15,164人と報告されています。発症は20〜40歳代に多く、30代にピークがあるとされ、働き盛りの時期に長期的な治療と生活調整が必要になる点も大きな課題です。
標準治療は、症状を抑え、臓器障害を防ぐために組み立てられる
ベーチェット病の治療は、どの臓器にどの程度の炎症が出ているかによって変わります。口内炎や皮膚症状などには、外用薬、鎮痛薬、コルヒチン、ステロイドなどが使われます。眼病変では、ステロイド点眼、散瞳薬、局所注射、シクロスポリン、TNF阻害薬などが検討されます。Mindsに掲載されたベーチェット病診療ガイドライン2020でも、病変ごとに治療の考え方が整理されています。
治療の目的は、単に症状を一時的に軽くすることだけではありません。眼病変では発作を抑え、視力予後を守ることが重要です。腸管型、神経型、血管型では、出血、穿孔、神経障害、血管イベントなど重い合併症を防ぎ、寛解導入と再燃予防を目指します。
標準治療の成果も少しずつ積み上がっています。難病情報センターでは、以前はベーチェット病ぶどう膜炎による失明率が30〜40%、シクロスポリン導入後も約20%とされてきたものの、2007年以降にTNF阻害薬であるインフリキシマブが使われるようになり、視力予後が大きく向上したと説明されています。
腸管型ベーチェット病でも、抗TNF療法の臨床データがあります。日本人20例を対象としたアダリムマブの第3相試験では、消化器症状と内視鏡評価が一定以下に改善した割合が24週で45%、52週で60%、完全寛解が24週・52週で20%と報告されています。
それでも残る、再燃と治療抵抗性という課題
標準治療が進歩しても、すべての患者さんで十分な効果が得られるわけではありません。ベーチェット病は慢性再発性の病気であり、症状が落ち着いたように見えても、口内炎、皮膚症状、眼発作、腸管症状などが再び出ることがあります。治療の中心は炎症を抑えることですが、長期的には副作用とのバランスも考えなければなりません。
特に重症例では、ステロイドや免疫抑制薬、TNF阻害薬を使っても十分にコントロールできない場合があります。眼病変では視力低下、腸管型では出血や穿孔、血管型では動脈瘤や血栓、神経型では中枢神経症状が問題になります。これらは生活の質だけでなく、生命予後にも関わる可能性があります。
また、免疫を抑える治療には感染症などのリスク管理が必要です。シクロスポリンのように有用性がある一方で、神経型ベーチェット病との関連に注意が必要な薬剤もあります。だからこそ、今ある治療を適切に使いながら、治療抵抗例に対する新たな選択肢を探る研究が続けられています。
幹細胞治療が注目される理由は、免疫を整える可能性にある
ベーチェット病における幹細胞治療の研究で主に注目されているのは、自家造血幹細胞移植と間葉系幹細胞です。自家造血幹細胞移植は、患者さん自身の造血幹細胞を採取し、強い免疫抑制治療のあとに戻すことで、過剰に反応している免疫系を組み直すことを狙う治療です。欧州EBMTの後ろ向き調査では、重症で治療抵抗性のベーチェット病10例が解析されています。
一方、間葉系幹細胞は、炎症の場で免疫細胞の働きを調整する可能性が研究されています。近年は、細胞そのものだけでなく、細胞外小胞、特にエクソソームにも注目が集まっています。エクソソームは細胞から放出される小さな袋のような構造で、タンパク質、脂質、核酸を含み、標的細胞へ情報を届ける役割を持つとされています。
ここで重要になるのが、mRNAやmiRNAです。mRNAは、タンパク質を作るための設計図のような分子です。miRNAは、mRNAの働きを調整し、特定のタンパク質が作られすぎないようにブレーキをかける分子です。MSC由来の細胞外小胞は、miRNAなどの核酸を運ぶことで、炎症性サイトカインや免疫細胞の反応に影響する可能性が研究されています。
ただし、ベーチェット病そのものに対して、MSC由来エクソソーム内のmRNAやmiRNAが臨床効果を示したと断定できる段階ではありません。ベーチェット病ではmiRNAが病態やバイオマーカーとして注目されていますが、幹細胞治療と直結した臨床的有効性は、今後の検証が必要です。
国内外の研究は、症例報告と小規模研究から進んでいる
ベーチェット病に対する幹細胞治療の臨床研究は、まだ大規模な標準治療レベルには到達していません。ClinicalTrials.govでは、ベーチェット病の眼病変に対する骨髄由来幹細胞治療の第1相研究としてNCT00550498が確認されます。研究目的は、眼病変による網膜障害の進行を抑えられるかを探索することでしたが、公開されている情報は限定的です。
関連する査読論文では、進行したベーチェット病網膜血管炎の3例に対し、間葉系幹細胞治療では視力を救済できなかったと報告されています。この結果は、幹細胞治療がすべての病期や症状に有効とは限らないことを示す重要な情報です。特に、すでに組織障害が進んだ状態では、炎症を抑えるだけでは機能回復が難しい可能性があります。
一方、自家造血幹細胞移植については、欧州EBMTによる後ろ向き調査があります。10例の重症・治療抵抗性ベーチェット病患者を解析し、完全寛解80%、部分寛解10%、無反応10%、再燃30%、治療関連死亡なしと報告されました。ただし、これは無作為化比較試験ではなく、患者数も少ないため、効果を一般化するには慎重な解釈が必要です。
国内では、jRCTや国内臨床研究ポータルを確認した範囲で、ベーチェット病を対象とする幹細胞治療の明確な登録試験は確認できませんでした。現時点では、日本国内でベーチェット病に対する幹細胞治療が標準的に実施されているとはいえません。
期待される効果と、まだ越えるべき壁
幹細胞治療に期待される主な方向性は、過剰な免疫反応を調整し、炎症の再燃を抑えることです。自家造血幹細胞移植では、免疫系をいったん強く抑えたうえで再構築するため、治療抵抗性の自己免疫疾患で研究されてきました。ベーチェット病でも、欧州の重症例で一定の寛解が報告されています。
しかし、課題も明確です。第一に、患者数が少なく、研究の多くが症例報告や後ろ向き研究に限られます。第二に、対象となる病型が眼病変、腸管病変、神経病変、血管病変など多様であり、どの患者さんに適しているのかを判断する基準がまだ十分ではありません。第三に、造血幹細胞移植のような治療は身体への負担が大きく、感染症や合併症のリスクを伴います。
また、mRNAやmiRNAを含む細胞外小胞の研究は、病気のメカニズム理解には重要ですが、治療としてはまだ発展途上です。ベーチェット病ではmiRNAの発現変化が病態に関わる可能性が報告されていますが、それをどのように安全で再現性のある治療へつなげるかは、今後の研究課題です。
本記事で紹介する幹細胞治療の多くは現在研究段階にあり、すべての患者さんに同様の効果が確認されているわけではありません。実際の治療選択にあたっては、必ず主治医にご相談ください。
未来展望は、標準治療を補う研究として見守ることから始まる
ベーチェット病の治療は、この数十年で確実に前進しています。特に眼病変に対するTNF阻害薬の登場は、視力予後の改善に大きく関わってきました。腸管型に対しても、アダリムマブやインフリキシマブなどの研究が進み、治療選択肢は広がっています。
幹細胞治療は、その延長線上にある「次の可能性」として位置づけるのが誠実です。現在の標準治療に取って代わるものではなく、まずは重症・治療抵抗例において、安全性、対象患者、治療のタイミング、長期予後を確認する段階にあります。
今後は、幹細胞そのものを投与する研究だけでなく、MSC由来エクソソーム、miRNA、mRNA発現制御など、細胞が出す情報伝達物質を利用する研究も重要になると考えられます。炎症を一方向に抑え込むだけでなく、乱れた免疫バランスをどのように整えるかが、再生医療研究の大きなテーマです。
患者さんにとって大切なのは、希望を持ちながらも、未確立の治療を過大評価しないことです。現時点では、主治医と標準治療を丁寧に継続しながら、新しい研究の進展を信頼できる情報源で確認していくことが現実的な向き合い方です。
[出典]
- 難病情報センター:ベーチェット病(指定難病56)
- 厚生労働省:指定難病ページ
- 令和5年度衛生行政報告例:特定医療費(指定難病)受給者証所持者数
- Minds:ベーチェット病診療ガイドライン2020
- ClinicalTrials.gov:NCT00550498、NCT02505568
- Puyade M, et al. Frontiers in Immunology. 2021. DOI: 10.3389/fimmu.2021.638709
- Tanida S, et al. Clinical Gastroenterology and Hepatology. 2015. DOI: 10.1016/j.cgh.2014.08.042
- Kou M, et al. Cell Death & Disease. 2022. MSC由来細胞外小胞の免疫調節機序
- Gu F, et al. The role of miRNAs in Behçet’s disease. 2023.


