ENIC Immunology、iPS細胞由来CARマクロファージを固形がん対象に開発

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ENIC Immunologyとは?

ENIC Immunology株式会社は、2023年に設立された日本のバイオテクノロジー企業で、本社は京都にあります。中畑・斎藤研究室(京都大学iPS細胞研究所、CiRA)の技術を基に、免疫細胞を多能性幹細胞(PSCs)から効率的に分化させる技術を開発しています。この技術を用いて、新しい免疫治療法の開発を目指しています。従業員数は少人数の10名以下で、革新的な医療技術の研究に取り組んでいます。

 

中畑龍俊京都大学名誉教授が科学顧問、CIRAの齋藤潤教授、丹羽明特定拠点講師が取締役として参画しています。

 

ENICはEngineered iPSC-derived immune cellの略であり、日本語で「改変されたiPS細胞由来の免疫細胞」と訳されます。

これは、人工的に誘導された多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて作られた免疫細胞を指し、特定の治療目的や機能を持たせるために遺伝子操作や改変が加えられている細胞を意味します。

 

iPS細胞由来CARマクロファージを固形がん対象に開発

ENIC Immunology株式会社が目指していることの1つに、他家キメラ抗原受容体(CAR)マクロファージ療法の開発が挙げられます。

これは、免疫細胞を多能性幹細胞(PSCs)から効率的に分化させる技術を使って行われています。

 

そもそもキメラとはどういう意味でしょうか?

「キメラ」という言葉は、元々ギリシャ神話に由来し、異なる動物の部分を持つ生物を指します。

科学的には、遺伝子や細胞が異なる生物が一つの個体を形成することを意味します。

特に医療や生物学の分野では、異なる細胞タイプや遺伝子を組み合わせた生物や細胞を指すことが多く、例えば、キメラ抗原受容体(CAR)では、異なる抗原を認識できるように設計された受容体を指します。

 

他家キメラ抗原受容体(CAR)は、特定の抗原を認識するように設計された人工的な受容体です。

通常、患者自身のT細胞に導入され、腫瘍細胞を攻撃する能力を持たせます。

他家(異種)CARは、ドナー由来の細胞を使用し、免疫応答を強化する目的で利用され、このアプローチにより、患者の体内での免疫細胞の効果を高めることが期待されています。

 

このCARを使ったCARマクロファージ(CAR-M)は、遺伝子改変によって特定の抗原を認識するように設計されたマクロファージです。

CAR(キメラ抗原受容体)を導入することで、従来の免疫療法では攻撃が難しかった腫瘍細胞に対して、マクロファージが強力に反応できるようにしています。

これにより、腫瘍環境内での免疫細胞の働きを強化し、がん治療において新しいアプローチとして注目されています。CAR-T細胞と異なり、マクロファージは食作用も持つため、異なるメカニズムで作用します。

 

マクロファージとがん

マクロファージは、免疫系の重要な細胞で、主に異物や死んだ細胞を認識して取り込み、分解する「食作用」を行います。

また、病原体の除去や組織修復、免疫応答の調節にも関与しています。

 

マクロファージは白血球の一種で、組織内でモノサイトという細胞が分化して形成されます。

感染や損傷が発生すると、マクロファージは現場に移動し、異物を捕食して除去するとともに、他の免疫細胞にシグナルを送る役割も担っています。

 

マクロファージは、がんに対して二重の役割を果たします。

がん細胞を攻撃し、異常細胞を排除する免疫システムの一部として働きます。

しかし、腫瘍内の微小環境では「腫瘍随伴マクロファージ(TAM)」として機能し、がんの成長や転移を助けることがあります。

これらのTAMは、がん細胞を保護し、免疫抑制的な環境を作り出すことで、がんの進行を促進します。

このため、マクロファージはがん治療の標的としても注目されています。

 

がんに対するマクロファージ療法は、がん治療における新しいアプローチで、特にマクロファージを活用します。

この療法では、患者の体内に存在するマクロファージを改変して、特定の腫瘍抗原を認識する能力を持たせ、腫瘍細胞を攻撃させることを目的としています。

 

改変されたマクロファージは、がん細胞の食作用を強化し、腫瘍環境を改善することで、免疫応答を高める役割を果たします。

 

マクロファージの遺伝子改変はどうやって行うのか?

マクロファージの遺伝子改変には、以下の方法が一般的に用いられます。

 

ウイルスベクターを使った遺伝子改変は、特定の遺伝子を細胞に導入する方法です。

ウイルスベクターには、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス(AAV)などがあります。

これらのウイルスは、遺伝子を細胞に効率的に運ぶ能力があり、改変したマクロファージや他の細胞に特定の機能を持たせるために使用されます。

ウイルスが細胞に侵入すると、その遺伝子が細胞のゲノムに組み込まれ、持続的な発現が可能になります。

 

CRISPR-Cas9技術は、特定のDNA配列を切断するための強力な遺伝子編集技術です。

もともとは細菌がウイルスから身を守るために発展させた免疫機構を基にしています。

この技術では、ガイドRNAが目的のDNA配列を識別し、Cas9タンパク質がその位置でDNAを切断します。

この切断により、遺伝子の削除、挿入、または置換が可能になり、研究や治療に幅広く応用されています。

 

そして比較的古典的な方法ですが、プラスミド導入も現在でも使われている技術です。

プラスミド導入による遺伝子改変は、以下の手順で行われます:

・プラスミドの準備: 目的の遺伝子を含むプラスミドを構築します。

・細胞の準備: 対象となる細胞(マクロファージなど)を培養し、適切な状態にします。

・導入方法の選択: 電気穿孔(エレクトロポレーション)や脂質誘導体を使ってプラスミドを細胞内に導入します。

・選択と確認: 遺伝子導入が成功したかを確認し、選択マーカーを用いて目的の細胞を選別します。

この方法により、遺伝子の発現を持続的に促進できます。

 

大学発ベンチャービジネスの現状

ENIC Immunology株式会社は京都大学発のベンチャー企業に分類されます。

 

現在の大学発ベンチャー企業の現状は、非常に活気に満ちています。

2023年度には、大学発ベンチャーの数が4,288社に達し、前年から506社増加しました。

 

特に、私立大学からの大学発ベンチャーの設立が目立っており、これが日本全体のイノベーションの進展に寄与しています。

大学発ベンチャーの起業率は約11%で、これは日本全体の起業率4.4%の約2.5倍に相当します。

このような高い起業率は、大学がもたらす技術や知識を基にした新しいビジネスの形成を促進しています。

 

大学発ベンチャーの成功要因の一つとして、経営層にアカデミックバックグラウンドを持つ人材が多いことが挙げられます。

特に、博士号を持つ経営者や従業員が企業の研究開発能力を高め、イノベーションを推進しています。

これにより、大学発ベンチャーは競争力のあるビジネスモデルを形成しやすくなっています。

 

今後、大学発ベンチャーのさらなる成長を促進するためには、資金援助や税制の優遇措置、技術開発のための補助金など、政策的な支援が重要です。

これにより、これらの企業が新しい市場を開拓し、持続的な成長を遂げることが期待されています。

 

その中でも、iPS細胞を用いたベンチャービジネスは、日本の再生医療分野において非常に注目されています。

iPS細胞技術の進展により、様々な病気に対する治療法の開発が加速しており、多くのスタートアップや大学発のベンチャー企業が新たな医療製品を市場に投入しようとしています。

 

日本では、iPS細胞を利用した治療法の開発が進行中です。特に、京都大学の研究機関などが主導しており、再生医療の臨床応用が急速に進められています。

例えば、京大iPS細胞研究財団は、臨床用iPS細胞を研究機関や企業に提供し、治療法の開発を支援しています。

 

また、日本は細胞移植に特化した研究が多く、国の支援を受けて再生医療の基盤が構築されています。

これに対し、アメリカはがん治療における遺伝子改変免疫細胞療法に注力しています。

このように、国ごとにフォーカスが異なるのが特徴です。

ENIC Immunologyのモデルは、このアメリカが得意とする分野に食い込もうとする挑戦的な開発と見ることができます。

 

現状で、大きな発展を遂げている例としては、株式会社セルージョンが挙げられます。

株式会社セルージョンはiPS細胞由来の角膜内皮代替細胞を開発し、2027年の上市を目指しています。

彼らは新しい製法を用いて、効率的かつ高品質な細胞を作製することに成功しました。

また、再生医療製品の迅速な承認を可能にする「条件及び期限付き承認制度」も、企業にとって重要な支援策です。

 

iPS細胞の商業化に向けては、治療効果に見合った適正な薬価設定や医療機関の受け入れ体制の整備が課題です。

特に、日本の医療制度において高額な薬価が受け入れられるかどうかが鍵となります。

 

全体として、iPS細胞を活用したベンチャービジネスは、日本において急成長しており、今後の発展が期待されています。

特に、技術革新と国の支援が相まって、新たな治療法の実用化に向けた動きが加速していることが特徴です。

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