iPS細胞由来の医薬品製造 全自動化を政府が支援へ
政府が人工多能性幹細胞(iPS細胞)に由来する医薬品製造を巡り、細胞培養などの工程を全て自動化する技術開発の支援に乗り出すことが、関係者への取材で分りました。
iPS細胞は作製工程が複雑で、手作業のため費用が高く、品質がばらつく課題がありました。
今後、iPS細胞を使う再生医療の実用化を見据え、低価格で高品質な製品を安定供給できる体制の確立を目指し、コストダウン、製品製造の迅速化を図ります。
iPS細胞など、培養細胞の自動化の現状
iPS細胞を含む細胞培養の自動化は、再生医療や薬剤開発の分野で大きな進歩を遂げており、効率性、再現性、安全性を向上させるために広く研究されています。
自動化技術の導入により、従来の手作業に比べて生産性が飛躍的に向上し、人的エラーの削減や大規模な細胞生産が可能になっています。
従来の細胞培養プロセスは、手作業で行われることが多く、いくつかの問題がありました。
まずは時間とコストです。
手作業による細胞培養は労働集約的で、多くの時間が必要であり、さらに培地交換や細胞のパスチャリング(継代培養)のタイミングなどが正確に行われない場合、品質のばらつきが生じます。
そして人の手による操作は、細胞の取り扱いや培養条件に差が出るため、実験の再現性に影響を与えることがあります。
この再現性の不良を解消し、多くの細胞を安定して供給するには、大規模な自動化システムが不可欠です。
特に、臨床応用のためには大量の高品質な細胞が必要です。
細胞培養の自動化は、複数の工程を自動で行うシステムによって実現されます。
最初に、細胞の増殖や分化に最適な環境を維持するために、培地交換、つまり培養液の交換は重要です。
自動化システムでは、定期的に培地を交換するプロセスを自動化することで、手作業によるばらつきをなくし、細胞の品質を向上させることができます。
培養している細胞が増殖すると、一定の密度になると増殖が止まるため、適切なタイミングで継代培養を行う必要があります。
自動化システムでは、細胞の密度をモニタリングし、最適なタイミングで細胞を新しい培養フラスコに移すプロセスを実行します。
また、細胞培養には温度、pH、酸素濃度、二酸化炭素濃度、湿度など、様々な環境条件が関与しています。
自動化システムでは、これらの環境パラメータをリアルタイムでモニタリングし、最適な条件を維持するために自動制御します。
これにより、細胞が常に理想的な環境で培養されることが保証されます。
現在考えられている自動化システムには、顕微鏡やカメラを搭載して、培養中の細胞の状態をリアルタイムで監視できる機能を付加することが予定されています。
画像解析技術を使って、細胞の形態変化や分化状態、増殖速度などを自動で判断し、必要な操作を行います。
iPS細胞のような多能性幹細胞を特定の細胞種に分化させるプロセスは、分化の段階に応じた成長因子の添加や培地の変更を必要とします。
自動化システムでは、この分化誘導プロセスも完全に自動化し、正確なタイミングで必要な化合物や栄養素を追加します。
細胞培養の自動化に向けて
細胞培養の自動化には、ロボティクスが活用されており、以下のような自動化ロボットが細胞培養の現場で導入されています。
まずは液体処理ロボットです。
培地の交換や成長因子の添加、細胞の移植など、液体を扱う工程をロボットが行います。
液体の量やタイミングを正確に制御することで、培養条件を均一に保ちます。
培養が始まり、一定環境で培養していると、続いて細胞培養ロボットの担当する仕事が発生します。
これは細胞の播種(種まき)や継代培養を自動で行います。
ロボットアームやピペットシステムを使用して、細胞の操作を正確かつ効率的に行うことができます。
細胞培養自動化のために作られたロボットシステムはインキュベーター内で培養環境を制御しつつ、培養容器をインキュベーター間で移動させることができます。
これにより、長期的な細胞培養が可能になります。
大規模培養が必要となってきた現代において、バイオリアクターは大きな役割を果たします。
これは大規模な細胞培養を行うための装置で、自動化された培養環境を提供します。
従来のフラスコ培養に比べ、より多くの細胞を効率的に増やすことができ、再生医療などで必要とされる大量の細胞を提供します。
バイオリアクター内で使用される技術の一つに、マイクロキャリアという小さなビーズ状の素材に細胞を付着させて培養する方法があります。
これにより、細胞が3D環境で増殖しやすくなります。
3D培養とは、細胞が自然に近い三次元構造で成長することで、より生理的に近い環境が作り出され、特に臓器や組織のような複雑な構造を持つ細胞の分化が進みやすくさせるための培養方法です。
このように自動化された細胞培養システムでは、AI(人工知能)や機械学習技術を活用して、細胞の状態をリアルタイムで解析し、最適な培養条件を予測したり、異常な状態を早期に検知することができます。
このシステムの利点としてAIを使って、最適な培養条件や分化プロトコルを予測し、実験計画を自動的に調整できることが挙げられます。
細胞の増殖や分化に異常が生じた場合、リアルタイムで異常を検出し、迅速に対処します。
一方で、自動化技術を用いた細胞培養は、再生医療や移植治療において非常に有望ですが、以下のような課題も存在します:
まず臨床で使用される細胞は、非常に厳しい品質基準を満たす必要があります。
自動化システムがその基準を満たすためには、各工程がしっかりとモニタリングされ、エラーが発生しないように設計される必要があります。
そして自動化システムの初期導入には高額な設備投資が必要ですが、長期的には運用コストの削減や細胞生産の効率向上につながります。
こういったコスト面も含めて自動化システムはまだ発展途上であり、技術のさらなる進化と普及が求められています。
特に、中小規模の研究施設でも利用できる汎用的な自動化技術の開発が重要です。
iPS細胞の自動培養について
iPS細胞の詳しい製造方法について、以下にさらに詳細なステップを説明します。
これは、山中伸弥教授の「Yamanaka因子」を用いた再プログラム化プロセスを中心とした方法ですが、その後の技術革新も含めた説明になります。
まず、iPS細胞を作るための体細胞を選びます。
よく使われる体細胞としては、皮膚の線維芽細胞(fibroblast)や血液細胞があります。
この細胞をドナーから採取します。皮膚の場合、小さな組織サンプルを生体から取り出し、培養によって目的の細胞数を増やします。
次に、山中因子と呼ばれる4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を体細胞に導入します。
このプロセスは、細胞を「初期化」し、細胞が多能性を持つ状態に戻るために必要な再プログラムを行います。
遺伝子導入後、細胞は特定の条件下で培養されます。
培養の条件は、細胞が多能性幹細胞の特性を持つように維持するために重要です。
この段階では、細胞を適切な栄養成分と成長因子が含まれる培地に置きます。
通常、iPS細胞に再プログラムされるまでに2~3週間かかります。
次のステップは、遺伝子導入が成功し、多能性を獲得した細胞を選別する段階です。
この段階では、以下のような手法を用いてiPS細胞を確認します。
iPS細胞には特定のマーカーが発現します。
例えば、Nanog、SSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60などの細胞表面マーカーが多能性細胞の特徴です。
そしてiPS細胞が三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)に分化する能力があるかどうかを調べることで、真の多能性を持つかを確認します。
これには、テラトーマ形成試験(マウスに移植して腫瘍を形成させ、分化した細胞が様々な組織に成長するか確認)も含まれます。
選別されたiPS細胞は、その後、さらに長期間培養されます。
多能性を維持しながら、細胞を増殖させ、必要な研究や治療のための細胞数を確保します。
これには、通常、低酸素環境や適切な栄養成分の提供が必要です。
最後に、作成されたiPS細胞が目的に適したものであるか、徹底的に検査します。
この段階では、以下のような方法でiPS細胞の品質を確認します。
作られたiPS細胞は、必要な細胞に分化誘導されて医療現場で使われます。
iPS細胞から分化細胞を作る方法には、特定の種類の細胞に分化させるためのプロセスが必要です。
このプロセスは、成体細胞に戻る前の初期状態である多能性状態のiPS細胞を、目的の細胞種に分化させるステップです。。
分化誘導とは、iPS細胞を特定の細胞種(例:神経細胞、心筋細胞、肝細胞など)に分化させるために必要な刺激を与えることです。
この過程では、成長因子やシグナル分子を適切に使うことで、細胞を望む種類へ導きます。
まずはiPS細胞を胚様体という球状の細胞集合体に成長させることが、初期の分化誘導ステップです。
胚様体は、初期の発生過程で胚が三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)に分化していくのを模倣するため、様々な種類の細胞に分化させる際の基本的なステップとして使われます。
そして分化の方向を決定するために、iPS細胞や胚様体に対して成長因子やシグナル伝達分子を加えます。
これらは細胞の発生段階を模倣し、特定の細胞種への分化を促します。
こういったステップの自動化を実現することでコストを抑制し、幹細胞を使った再生医療を受けやすくすることで、幹細胞の応用開発が進みます。
こういった動きを国が支援し、後押ししようとする動きによって、さらに再生医療の研究開発が進むものと期待されています。