幹細胞と腫瘍融解ウイルス製剤を用いた新規遺伝子細胞治療開発に成功

目次

黒色腫の新しい治療方法

進行した黒色腫はしばしば脳に転移しますが、その場合の治療手段、そして治療したとしても治療効果は限られています。

岡山大学病院低侵襲治療センターの黒田新士講師、消化管外科の金谷信彦医局員、そしてハーバード大学医学大学院Brigham and Women’s Hospital(ブリガム・アンド・ウィメンズ病院)の神経外科の国際共同研究グループは、悪性黒色腫の難治性脳転移マウスモデルに対して、遺伝子改変間葉系幹細胞を用いた新規腫瘍融解ウイルス免疫療法の開発に成功しました。

この研究成果は、アメリカの科学雑誌「Science Translational Medicine」で「Gene-edited and -engineered stem cell platform drives immunotherapy for brain metastatic melanomas」というタイトルで発表されました。

 

この治療法には2つの幹細胞が含まれ、一方にはオンコリティック単純ヘルペスウイルスが使われており、もう一方にはネクチン1受容体がノックアウトされ、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)と免疫チェックポイント阻害剤を放出する能力が備わっています。

この治療法の局所的治療は、偽遺伝子マウスおよび患者由来のヒト化マウスモデルに対して有効であり、この患者集団に対する有望な治療戦略であると高く評価されています。

 

脳転移が見られるがんは、黒色腫だけでなく肺がんや乳がんで認められます。

この場合、化学療法、手術などの外科的療法、放射線治療などを組み合わせた治療が行われていますが、現状では予後が不良であり、新規治療方法の開発が望まれています。

近年、免疫チェックポイント阻害剤などの免疫治療が様々ながんで標準治療として用いられていますが、脳内、特に髄腔内への薬剤運搬が課題となっています。

 

腫瘍融解ウイルスと間葉系幹細胞

腫瘍融解ウイルスとは、がん細胞内でのみ増殖できるように遺伝子改変されたウイルス性剤です。

日本国内では悪性神経膠腫に対してのヘルペスウイルス製剤が再生医療等製品として承認されており、アメリカでは進行悪性黒色腫に対してサイトカインを産生する腫瘍融解ヘルペスウイルス製剤が薬事承認されています。

 

岡山大学病院では、食道がんに対する腫瘍融解アデノウイルス製剤「テロメライシン」と評者腺治療を併用する治験が進行中です。

こうしたウイルス製剤を使った治療方法は大きな期待を寄せられていますが、ウイルス製剤は局所投与が基本で、病変部位に直接投与する治療が基本となります。

遠隔転移した場合、そこへどうやってウイルスを到達させるかが現在の大きな課題であり、様々な方法で試みられています。

 

間葉系幹細胞は、主に脊髄や脂肪細胞から採取できる自己複製能力と様々な細胞への分化能、多分化能を有する幹細胞の一種です。

組織再生能を持っており、すでに脊髄損傷、急性移植片対宿主病などの疾患に臨床応用されています。

近年、この幹細胞の腫瘍への運搬能力、遺伝子操作の用意であることが注目され、抗がん剤などの薬剤を運搬する手段として注目されています。

 

近年、腫瘍融解ウイルス療法は局所での強力な抗腫瘍効果に加え、全身の抗腫瘍免疫の活性剤として有効であることが注目されており、将来は臨床の現場に普及することが高いと考えられています。

しかし、脳転移などの根治困難な遠隔転移に対する有効性は示されていませんでした。

本研究は「腫瘍融解ヘルペスウイルス+免疫活性薬を細胞内に持つ間葉系幹細胞の臨床開発」を進める大きな治験であり、原稿の治療では難しかった遠隔転移を有する進行がんへのウイルス免疫治療が可能となり、新薬の開発に貢献することが期待されます。

 

研究の詳細

この研究を理解するために必要な知識として、CRISPR/Cas9の技術があります。

細胞中のDNAを切断する機能を持つ人工酵素「Cas9」でDNAを切断し、切断した部分の遺伝子の働きを失活化させたり、別の遺伝子をその場所に挿入することができる遺伝子改変技術です。

 

この研究を発表した論文の要旨では、腫瘍融解性ウイルス療法は原発性黒色腫に対して効果を示していることを踏まえた上で、現時点では脳内の腫瘍の送達と免疫抑制の性質によって、脳転移における有効性は依然として困難であるとし、それを解決する研究を展開する、と始まっています。

 

研究チームはこの課題に対処するために、まずPTEN欠損黒色腫脳転移マウスモデルを確立し、ヒトでの病態を再現しました。

最初の段階でこのモデルマウスが免疫抑制性が高い事を確認し、その後2種類の腫瘍標的幹細胞集団から構成されるシステムを開発しました。

まず一つの腫瘍標的幹細胞集団には腫瘍融解性単純ヘルペスウイルスが融合され、もう一つの腫瘍標的幹細胞集団は、遺伝子改変技術であるCRISPR-Cas9で処理されています。

 

CRISPR-Cas9の処理によって、ネクチン1受容体をノックアウトして腫瘍融解性単純ヘルペスウイルスへの耐性が与えられています。

その結果、顆粒球マクロファージなどの免疫調節物質を放出できるように設定されています。

 

研究グループは、これらの研究ツールを使って、コロニー刺激因子、脳転移性BRAFV600E_PTEN-/-およびBRAFV600E/wt(野生型)-/-変異黒色腫のモデルマウスを使い、GM-CSFTSC-G)を表出する細胞の局所領域送達によって樹状細胞及びT細胞が活性されることをこの研究で示しています。

 

基本となった研究

日本人研究者のうち、博士号を取得後に海外研究期間で働く例は多く、そこで研究した内容を日本国内に持ち帰り、自分の独創性を加えて研究を発展させる事がよく見られます。

この研究も、ハーバード大学で行われていた研究を持ち帰り、岡山大学で行われていた研究と融合させることによって大きく発展させることに成功したものと言えます。

 

ハーバード大学医学大学院、カハリド・シャー教授の研究室では、以前より抗がん剤の運搬の研究を行っていました。

その中で運搬手段として間葉系幹細胞に注目し、研究が続けられてきました。

 

岡山大学病院低侵襲治療センターの黒田新士講師の研究室に所属していた金谷信彦医局員は、このハーバード大学のシャー教授が主宰している研究室に出向して共同研究を開始しました。

岡山大学病院で行っていた研究から新たなアイデアが生まれ、そのアイデアを実現するために研究基盤が成立していた研究室に出向するという方法は世界で多く使われている方法です。

 

日本へそうした研究を持ち帰る例も、海外の研究者が日本から自国に持ち帰るケース、双方見られますが、今回は日本へ持ち帰り、形として確立することができた成功例です。

 

この研究の社会的な意義

この研究は、社会的に大きな意義を持ちます。

腫瘍融解ウイルス製剤はがん細胞内でのみ選択的に治療効果を発揮するという画期的な治療薬ですが、投与方法が局所投与に限定されるという欠点がありました。

しかし、今回岡山大学とハーバード大学が共同開発したウイルス搭載間葉系幹細胞治療は、細胞を利用して免疫系から逃避しつつ腫瘍へ移行することができるので、全身投与による治療効果が期待できます。

 

脳内にできてしまうがん、そして全身に転移してしまうがんは、ウイルス製剤が適用できませんでした。

ウイルス製剤を使った治療は現在最先端とされるもので、この治療方法が適用できないということは「困難な領域のがん」とされています。

 

今回開発された技術によって、このような適用の壁が取り払われ、局所のみでなく全身投与も可能になることは、この治療方法単体、または他の治療方法との併用によってがんの根治可能性が高まると考えられています。

 

この論文で示された新規遺伝子細胞治療法は、脳転移を症例として扱っていますが、理論的には脳転移以外の遠隔転移に対しても応用が可能です。

本研究を行った研究グループは、腫瘍融解アデノウイルス製剤(テロメライシン、p53関与のテロメライシン)の開発も行っており、これらへの拡大適応が可能です。

 

薬そのものの開発も重要ですが、薬をどうやって病変部に運ぶかについては、薬物動態学、薬物送達学で主に研究されている内容であり、近年注目され始めた「薬の運搬の重要性」で大きな研究成果を出すことに成功した研究と位置づけることができます。

目次