視機能を注射だけで回復、網膜変性疾患の治療法を九大が開発

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注射だけで視機能が回復する治療方法が開発される

九州大学の研究チームは、網膜変性疾患で低下した視力、視野などの視機能を、低分子化合物群を注射するだけで拡幅させる治療方法を開発しました。

網膜色素変性、加齢黄斑変性などに代表される網膜変性疾患は治療が難しく、確立された治療方法が存在しないという事情があります。

 

これまで開発された幹細胞治療、ウイルス遺伝子導入は視力回復に有効ですが、これらの治療方法には欠陥があります。

細胞医療を開発・製造するためのコストが高い、リスクも高いこともありますし、実際の治療における高いコストは欠点の代表として挙げられます。

さらに、免疫拒絶反応、需要形成などの合併症、特別な技術の必要性など、様様な問題が存在します。

 

細胞と細胞シート、ベクターを移植するための治療が中心になっており、細胞移植・遺伝子治療は、今後、臨床現場で広く活用されることが期待されています。

しかし、細胞・細胞シートを注入する必要があるため、患者さんへの侵襲性が高いという問題があります。

網膜下腔に治療のための溶液などを注入しなければならないために、患者に大きな負担をかけてしまうため、ほぼ完全に失明に至った患者にのみ、こうした治療の対象にしているのが現状です。

しかし、網膜の変性疾患は、徐々に進行していくため、完全失明前の視覚機能の低下は、早期の治療介入によって著しく改善されます。

そうなると、患者にとって侵襲の少ない治療法の開発が急務となっています。

 

これまでの基礎研究によって中枢神経系では、低分子化合物を投与することで、以下のことが可能になることが明らかになっています。

Mahato博士らのグループは、線維芽細胞を神経細胞や神経前駆細胞へとリプログラミングすることと、線維芽細胞が網膜前駆細胞に分化することを示しました。

心室を移植したマウスでは、内因性アストロサイトがニューロンに分化することをZhang博士らが明らかにしています。

これらの研究によって考えられた可能性を使って今回の研究が行われました。

研究の詳細

今回の研究では、網膜変性症モデルマウスにおいて、低分子化合物の硝子体内注射のみで光受容細胞を作ることができるかどうかを検証することを目的としています。

初代培養マウスのミュラー細胞を、候補化合物の組み合わせで実験室内で人工的に刺激し、培養開始から7日目にロドプシン発現量をポリメラーゼ連鎖反応により測定し、その結果をもとに免疫染色を行いました。

 

出生後6週齢のマウスをN-methyl-N-nitrosourea処理し、および4週齢のrd10を使用したマウスを代表的な網膜変性症の生体内のモデルとしています。

そしてin vitroスクリーニングで選択された最適化合物をマウスの硝子体に注入し、その変化を観察しました。

 

化合物は4種類で、SB431542、LDN193189、CHIR99021, DAPTと呼ばれるものです。

これらは創薬化合物の候補となっている化合物であり、現在研究が進められているもので、研究グループはSB43152を京都に本社のあるナカライ、LDN193189をアメリカのミネアポリスに本社のあるR & D systems、CHIR99021をアメリカ、アナーバーのCaymanという企業から、そしてDAPTをアメリカのセントルイスに本社のあるシグマから入手して実験に使っています。

 

そしてこの実験のポイントとなる細胞内物質は、ロドプシンです。

ロドプシンは、脊椎動物の光受容器細胞に存在する色素で、網膜において光受容器細胞の形成と光の認識の初期段階をコントロールしています。

分子生物学的にはGタンパク結合受容体ファミリーというグループに属しており、光に敏感な物質として知られています。

夜間視力に重要な物質で、光に当たるとすぐに退色し、ヒトの場合は回復に約30分かかります。

 

このロドプシンタンパク質を多くもつ細胞がどれだけ存在するか、ということが視機能回復に重要になるのですが、どういった化合物であればロドプシンタンパク質の発現を誘導できるのか、そして生体に安全なのかを研究しているチームは世界に多数存在しています。

 

その中で今回は九州大学が実際の臨床に使える知見を発表し、大きく一歩を踏み出したのですが、ポイントは4種類の化合物をそれぞれに加えるのではなく、組み合わせて投与するという所です。

ロドプシンがミュラー細胞で高い発現をすることが重要

ミュラー細胞は網膜特異的グリア細胞とも呼ばれ、網膜を支えるような形で存在しています。

この細胞は伝達物質であるグルタミン酸の代謝などを行って、網膜細胞の構造とその機能維持に関与しています。

近年、このミュラー細胞の性質に幹細胞様のものが含まれていることが明らかとなり、かんさいぼうとして注目されるようになりました。

人工培養では、ミュラー細胞が視細胞、網膜細胞に分化したという報告もあります。

 

網膜内で光を誘導するという特殊な性質を持っているミュラー細胞は、分光器、つまり光を波長によって分ける性質を持っています。

この性質が発見されたのは近年ですが、この研究報告によって夜間視力を損なわずに昼間視力を向上させるメカニズムが証明されたことになります。

 

ヒトの網膜構造は、光を感知する視細胞が他の細胞の下に埋め込まれているという構造になっています。

光を感知する視細胞が、光の経路の最初の細胞としてではなく、最後の細胞になっているわけです。

この構造の中でミュラー細胞は、網膜内で光の通路、つまり光路として作用して網膜の中を視細胞に向かって光を伝えます。

 

実際にこの機能と視力の関連性ははっきりとはしていませんが、コンピューターモデルによって様々な知見を総合すると、ミュラー細胞が漏斗のように作用し、赤から緑の波長の光を錐体細胞に当て、青から紫の波長の光を桿体細胞に当てることが明らかになっています。

 

錐体細胞は日中において最も重要な光感知細胞で、日中の光線の主な波長は赤から緑です。

一方で、青から紫は夜間色として最も一般的な波長の光であり、桿体細胞は夜間視力に重要な役割を持つ細胞です。

 

ヒトの眼は、日中は光をなるべく集めて赤から緑の波長を検出する錐体細胞に当てます。

夜間になると光度が低くなり、光の波長も変わりますが、そうなると桿体細胞に集めた光を当てます。

この調節をおこなっているのがミュラー細胞であり、ミュラー細胞の機能が十分に働けるということは視力において非常に重要なのです。

そのためにはミュラー細胞で十分量のロドプシンが産生されなければなりませんが、今回の研究ではこのロドプシン産生量を増加させる化合物の組み合わせが明らかとなり、今後の臨床に使えるのではないかと期待されているのです。

 

治療方法の今後は?

ロドプシンの産生量が十分になったミュラー細胞は先に述べたように幹細胞の性質も持ちます。

一般的には「網膜グリア細胞の一種で非神経細胞」と表現されることが多いのですが、幹細胞の性質によってミュラー細胞は網膜視細胞に分化します。

 

今回明らかになった4つの化合物の組み合わせは、添加するとロドプシン産生量の増加とミュラー細胞の網膜視細胞への分化が確認されています。

実際にモデル動物を使った実験で化合物の添加によってロドプシン産生増加と視機能の回復がデータ的に証明されており、この治療方法の有効性が期待できます。

 

iPS細胞を利用した細胞移植治療、遺伝子治療の研究が進んでいますが、多くは治療に際して問題を抱えています。

患者にとっての問題点は、治療コストの高さ、そして侵襲性の高さです。

侵襲性が高いということは患者の身体に負担が大きいということですので、より侵襲性が低い治療方法が求められているのは当然です。

 

そして治療する側、医療にとっての問題は、手術手技の困難さです。

誰にでもできる手術というわけではないため、習熟した手術テクニックが必要であり、限られた医師しか手術ができないという現状があります。

 

そのため、視機能が大きく低下した患者への治療が中心となり、比較的軽度の患者は対象治療を行いながら重度になったときにこの治療を受けるということになってしまっています。

しかし、今回開発した治療方法は細胞移植治療や遺伝子治療などの根治療法ではないものの、コストが低く、簡便な治療技術があればできることから、発症早期から実施することができ、視機能低下の速度を緩やかにする効果が期待できると考えられています。

 

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