高時間分解能解析により膵β細胞新生の新たな特徴が明らかに

目次

1. 糖尿病再生医療への応用が期待される研究

順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学教室の宮塚健客員教授(現在は北里大学医学部内分泌代謝内科学教授)、綿田裕孝教授、そして大阪大学大学院医学系研究科糖尿病病態医療学寄付講座の佐々木周伍特任研究員、そしてブリティッシュコロンビア大学のFrancis Lynn准教授らで構成する国際研究グループは、インスリン産生細胞である膵β 細胞*1のうち、内分泌前駆細胞から分化したばかりの新生β 細胞を時間軸に沿って詳細に解析できるマウスモデルを確立し、新生β 細胞の発生場所や遺伝学的な特徴を高解像度で解析することに成功しました。

この研究成果のポイントは、まず新生β細胞を詳細に解析できるマウスを作成したことです。

時間軸に沿った解析は、様々な分子の動き、マウスの身体に表れる症状などを知る上で非常に便利です。

そして次のポイントとして、この時間軸に沿った解析によって、新生β細胞が生まれる場所を特定し、その遺伝子発現プロファイルを解明しました。

このデータは再生医療においては非常に重要なものであり、人工的に細胞を作成するためには必須のデータです。

これが最後のポイントで、これらの研究知見から膵臓β細胞を人工的に作成し、糖尿病再生医療の実現に向けた新規治療方法の開発が実現する可能性があります。

2. 糖尿病はどんな病気なのか

糖尿病は有名な疾患であり、ほとんどの人が耳にしたことがあるでしょう。
糖尿病には、大きく分けると1型糖尿病と2型糖尿病の2つがあります。

1型糖尿病は、膵臓のインスリンを分泌するための膵臓・ランゲルハンス島のβ細胞が死滅することによって発症します。

β細胞の死滅の原因は、自分の免疫細胞が自分の脾臓を攻撃するという自己免疫性とされていますが、中には自己免疫性ではない特発性の1型糖尿病もみられます。

多くの患者は10代で発症します。

血糖を下げるためのホルモンであるインスリンの分泌が極度に低下、またはほとんど分泌されなくなるため、血液中の血糖が以上増加を示し、糖尿病性ケトアシドーシスを起こす危険性がたくなるため、インスリン注射などの強い治療を常時必要とします。

そして2型糖尿病は、インスリン分泌低下と、インスリンに対する感受性低下の2つを原因とする糖尿病です。

欧米人の間では、インスリン抵抗性が高くなる感受性低下の糖尿病が原因として強い影響を示すことが多いのですが、日本人の場合はこの原因に加えて膵臓のインスリン分泌能力の低下も重要な原因です。

遺伝的な因子と生活習慣が絡み合って発症する生活習慣病に分類され、日本では糖尿病全体の9割を占めます。

3. 本研究知見はどのように糖尿病治療に貢献するのか?

今回の研究結果が貢献する糖尿病のタイプは、1型糖尿病です。

膵臓β細胞から分泌されるインスリンの不足によって発症するこのタイプの疾患は、根治するためには失われたインスリン分泌を補う必要があります。

膵臓β細胞を体内に補充することは根本的な治療方法確立のために有望な方法として多くの研究者・医師が認識しています。

補充された膵臓β細胞がインスリンを分泌すれば、血液中のインスリン不足を解決することができます。

膵臓β細胞の補充のためには、細胞の再生が必要ですが、「膵臓β細胞が、いつ・どこで・どのようにして生まれるのか?」を明らかにしなければ、人工的に膵臓β細胞を作成することができません。

膵臓β細胞は、胎児の胎生期膵臓内にある膵管の領域に存在している内分泌前駆細胞由来である事が知られていました。

しかし、正確な場所については不明であり、さらに遺伝子・タンパク質レベルでどのような機構が動いてβ細胞ができあがっていくのかも不明でした。

その解決への道筋になるのがこの研究結果です。

この研究を理解するためには、まず高時間分解能という実験手法の能力を知る必要があります。

高時間分解能とは、2つの細胞を時間軸に沿って識別する能力を指します。

従来の実験方法では、内分泌前駆細胞から分化したばかりのβ細胞と、分化が進み成熟したβ細胞を区別する方法がありませんでした。

この研究では、内分泌前駆細胞から分化したばかり、分化してから8時間以内のβ細胞を標識して識別することに成功しました。

この実験方法を行うことができるマウスを研究グループは作成し、細胞の位置情報を解析し、1細胞レベルでRNAの発現レベルを解析できる、Single cell RNAシークエンシングという技術を使ってさらに解析を行いました。

この解析によって、新生β細胞の特徴を高解像度で解明し、ヒト膵臓β細胞新生過程に特徴的な遺伝子発現情報を明らかにしようとしました。

まず、ヒトES細胞から膵臓β細胞を分化させ、その細胞とマウス新生β細胞を比較し、類似性と相違性を解析しました。

この解析によって、以前から予想されていたが、証拠をつかむことができなかった現象のいくつかが確認されています。

その1つに、膵管の近くで生まれる新生β細胞の他に、血管の近くでも生まれている新生β細胞の存在があります。

このことは予想はされていましたが、今回の研究で初めて科学的に確認されました。

そしてこの結果は、膵臓β細胞の新生経路が2つ存在することを示し、β細胞の新生経路の空間的不均質性が初めて明らかになりました。

さらに遺伝子発現パターンの不均質性も明らかになっています。ここまで解析が進んだ理由は、先に述べた高時間分解能が重要なカギを握っています。

時間経過と共に変化するプロファイルを明らかにしたことで、β細胞の生まれる場所や遺伝子発現のプロファイルの特徴を明らかにすることが可能となりました。

β細胞に限らず、細胞が生まれる場所は「微小環境」と呼ばれ、がん研究においても重要視されているポイントです。

4. 従来の方法を大きく進歩させる研究成果

ES細胞、iPS細胞からインスリンを産生する細胞を作成する技術は、ここ近年で大きく進歩しました。

しかし、実際の生体内に存在する膵臓β細胞と比べると、細胞の質、量において不十分であることが、今後の再生医療を進める上では大きな問題とされてきました。

その解決策として、まずは新生β細胞と成熟したβ細胞の区別をしなければなりませんでした。

人工的な膵臓β細胞を作成するためには、これらのプロファイルが明確でないと、人工的に作った細胞がβ細胞と呼ぶのにふさわしいのかどうかの判断ができないからです。

今回の研究成果では、2つの細胞を区別する方法が確立されただけでなく、膵臓β細胞の新生経路が2つ存在することの証明も行われました。

幹細胞から目的の細胞を分化誘導するためには、その分化誘導の条件だけでなく、人工的に分化誘導した細胞がどの程度生体内の細胞に近づけたのかを確認する必要があります。

この確認は、細胞の形態、細胞の遺伝子発現プロファイルの比較で行われるため、インスリン産生細胞が何種類あるのか、生体内のどの細胞と比較すればよいのかをはっきりさせる必要があります。

今回の研究で、研究グループはこの物差しを作ることに成功したと言い換えてもよいでしょう。

この物差しを使って、ES細胞、iPS細胞から分化誘導した細胞が再生医療に使えるレベルなのかどうかを判断することができます。

糖尿病は厚生労働省の調査によれば、日本国内で約320万人の患者がいる疾患です。

1型糖尿病、2型糖尿病と大きく分かれていますが、今回の研究結果は1型糖尿病の根治治療開発には大きな進歩と言えるでしょう。

今後は、インスリン分泌細胞をより生体内の細胞に近づけていく研究が中心となり、再生医療に使用可能な人工膵臓β細胞の開発が見てくるものと予想されています。

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