1. 幹細胞を使ったアンチエイジング
幹細胞は、再生医療による臓器再生、器官再生だけでなく、「アンチエイジング」の分野で、美容・健康とも密接に関わっています。
アンチエイジング、と聞くと、女性の肌の若返りなどの美容面がよく知られていますが、実はアンチエイジングは医療の分野にも密接に関わっています。
老化によって、ヒトの組織、器官の働きが鈍くなると、それが原因で様々な疾患になることがあります。
老化のスピードには個人差、そして個人の身体内でも臓器、器官による差があります。
内臓が健康であっても、ひざ、腰が悪く、歩行に支障が出る、逆に足腰は丈夫だが、内臓疾患を抱えるといった例は多数見られます。
こういった疾患、障害は、健康的な生活を送りたいと考えている人々の生活の質(QOL、Quality of life)を低下させる原因となります。
生活の質の低下は、家族に負担をかけたり、金銭的にも大きな負担になることが多く、これによって人生が大きく変わってしまう人も少なくありません。
こうした「人生」を包括的に考え、その中で身体の健康を維持し、負担を軽減して人生を送るという目標を掲げている医療行為、医療機関は近年増えてきています。
そういった中で、「ウェルネス」という言葉が目に入るようになってきました。
2. ウェルネスという概念
ウェルネス、という言葉は最近盛んに使われるようになった言葉です。
このウェルネスとは、健康を身体面のみならず、生活などを含めて広義的にとらえた概念ですが、人種、民族、国家、性別、宗教などの違いによって、様々な解釈があり、昨今の「多様性(ダイバーシティ)」を反映した1つの例と言えます。
日本における最新の定義としては、「身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして人生をデザインしていく。」という内容の文章が使われる事が多く、「自分の人生、生活をあらゆる面での健康的な状況を実現するための手段。」として認識されつつあります。
ヨーロッパではEuropean Wellness Biomedical Group(EWBG)という組織があり、その中のEuropean Wellness Academy(EWA)は、ドイツのハイデルベルク大学と、アンチエイジングについての安全性試験、毒性試験を行う契約を締結したと発表しました。
この契約は、分子の試験を、in vitro(体外)とin vivo(体内)両方で行うもので、かなりの研究、試験規模が予想されています。
研究契約には、前駆幹細胞、前駆細胞、ミトオルガネラ、ナノオルガノペプチド、エクソソームを含む、グループの最先端の生物医療の有効性に関する研究を行う、とありますが、これらは一般的な単語ではないため、1つずつ解説します。
3. 前駆細胞
前駆細胞とは、分化が完了する細胞の一歩手前の状態にある細胞を指します。
幹細胞が分化誘導され、目的細胞の性質を持ち、分化完了の一歩手前の状態を前駆細胞と呼びます。
3-1. 前駆幹細胞
分化誘導は、幹細胞から始まり、前駆細胞を経由して分化完了細胞になりますが、前駆幹細胞は、幹細胞と前駆細胞の間の状態を指します。
前駆細胞との違いは、前駆幹細胞はまだ幹細胞の性質を残しているという点です。
3-2. エクソソーム
エクソソーム(Exosome)はエキソソームと書かれている論文、学術書もあります。
細胞から分泌される、直径が50ナノメートルから100ナノメートルの顆粒状の物質です。
エクソソーム表面には、細胞膜由来の脂質、タンパク質で構成され、下流の中にはmicroRNA(マイクロRNA)、mRNA(メッセンジャーRNA)、DNAなどの核酸、またはタンパク質などの細胞内物質を含んでいます。
3-3. ミトオルガネラ
ミトオルガネラとは最新の単語です。
オルガネラとは細胞内の小器官を指しますが、ミトオルガネラはこれらのオルガネラを包括する細胞と、ミトコンドリアを意味する言葉です。
ミトコンドリア自身も細胞小器官の1つですが、その機能は重要かつ特殊であり、他の小器官から区別する意味で、ミトコンドリア+オルガネラ(細胞、またはミトコンドリア以外の細胞内小器官)という言葉が作られました。
3-4. ナノオルガノペプチド
この言葉も最新の言葉で、ナノ+オルガノ+ペプチドの融合した言葉です。
ナノは、ナノメートル、つまり長さを表す単位で、1ミリメートルの100万分の1の長さが1ナノメートルです。
そしてオルガノは、細胞内の小器官を指し、ペプチドはアミノ酸鎖を指します。
タンパク質はこのアミノ酸鎖から構築されていますが、アミノ酸の鎖が修飾を受けたり、3次元構造になったりすることによってタンパク質になります。ペプチドはその前段階、アミノ酸の鎖状態を指します。
これらの中でも特に、あるペプチドにアンチエイジングの効果が期待されるため、アンチエイジングの製品として市場に流通させる前に、安全性と毒性試験をハイデルベルク大学で行うというのが今回の契約です。
4. ハイデルベルク大学の実力
European Wellness Academy(EWA)と組んで研究を行うハイデルベルク大学は、ドイツ最古の大学です。
正式名称は、ルプレヒト・カール大学ハイデルベルクであり、神聖ローマ帝国内で、プラハ・カレル大学、ウィーン大学の次に設立されたという世界的にも古い大学です。
日本では南北朝時代、室町幕府第四代将軍足利義持の時代である、1386年に設立されたという伝統的な大学で、大学ゆかりのノーベル賞受賞学者は33人、そして現在は56人のノーベル賞受賞者がハイデルベルク大学と連携して研究を行っています。
契約調印式では、EWBG側からは、欧州予防再生老化防止医学会(ESAAM、European Society of Preventive, Regenerative and Anti-Aging Medicine)のScientific Board(科学委員会)委員長で、再生医療責任者であるMike Chan博士、ハイデルベルク大学では、商業マネージングディレクターのKatrin Erk氏と、ハイデルベルク大学解剖学・細胞生物学研究所所長のThomas Skutella博士が出席しました。
Mike Chan博士は、再生医療のアンチエイジングの分野において、30年以上の研究経験を持つ研究者です。
一方で、Thomas Skutella博士は、2000年代に入って論文を多く発表している新鋭の研究者で、フランクフルト大学で医師免許を取得している医師でもあります。
5. 共同研究の具体的な中身
EWBGとハイデルベルク大学の共同研究では、60万ユーロの研究経費が発生すると予想されています。
研究に関わる資金は全てEWBGが提供し、ハイデルベルク大学は、これまでの研究知見、そして研究者、技術者を提供するという役割分担になっています。
また、EWBG自体も、1980年代半ばに行われていたスイス、ドイツ、ロシア、オーストリアの細胞治療研究の結果をもとにして、1990年代初期に、Mike Chan博士と、Michelle Wong博士が設立した団体であり、独自の研究知見も有しています。
その後、EWBGは、臓器特異的な前駆細胞、幹細胞治療に関わる薬品、生物学的な人工合成ペプチド、再生医療、免疫療法、などの分野で成果を挙げ、ビジネスとして栄養補助食品、薬用化粧品の開発も行っています。
事業面でEWBGは多国籍事業部門を持ち、研究開発、バイオ技術を使った製造、大量生産系、さらにバイオ関係の教育とトレーニングを請け負う生物医学アカデミーを持っています。
この中に、この共同研究でEWBGの研究部分を担当するアンチエイジングセンターがあり、おそらくは将来再生生物医学に特化したEWBG傘下の医療機関と共同で臨床試験を行うと予想されています。
EWBGは、ヨーロッパではドイツを拠点として事業を展開していますが、世界的な展開も視野に入れ、アジア・太平洋地域ではマレーシアにも本拠地を持っています。
ドイツ本社とマレーシア本社は連携しつつも、それぞれの地域に適したビジネス戦略を行っており、今回のハイデルベルク大学との共同研究は、ヨーロッパでの展開を考えたものです。
医療関連の製品でどうしても考慮に入れなければならない事の一つに、「人種による違い」があります。
薬物の代謝は人種によって能力が異なることが知られており、他の医療関連製品でも人種による差を無視して開発、展開はできません。
今後は、ドイツ本社の動きを受けて、マレーシア本社でもアジア・太平洋地域への展開を睨んだ製品開発のための試験に入ることが予想されます。
アジア・太平洋地域は、大きな人口を抱える中国、アメリカ西海岸、オーストラリア、日本があり、アンチエイジングの市場としては魅力的であるため、今後のEWBGの動向に注目が集まっています。