- 臍帯幹細胞には、間葉系幹細胞、造血幹細胞、神経堤幹細胞などが存在する
- 臍帯幹細胞を、精製して使う確固たる技術は未だ確立されていない
- 臍帯間葉系幹細胞は、慢性炎症性腸疾患、移植片対宿主病(GVHD)への効果が特に期待されている
幹細胞は身体の中のあらゆる組織に存在していますが、臍帯(さいたい)の中にも存在しています。臍帯とは、いわゆる「へその緒」で、胎児と母体の胎盤をつなぐ組織です。
そんな臍帯幹細胞は、再生医療分野での活用も期待されており、その研究・治療の可能性を、今回の記事では徹底解説します!
1. 臍帯幹細胞とは?
胎盤から、酸素、栄養分を胎児へと運び、胎児の老廃物を母体に運ぶ役割を持っています。太さは約2cm、長さは50cmから60cmあります。
出産後、臍帯は切り離されます。この臍帯には臍帯動脈が2本、臍帯静脈が1本あります。その臍帯から採取されるのが臍帯血です。臍帯血には、間葉系幹細胞、造血幹細胞、血管内皮前駆細胞などが存在し、再生医療の分野で注目されています。
臍帯から採取される造血幹細胞、間葉系幹細胞などをまとめて臍帯幹細胞と呼びます。アメリカでは、脳性麻痺の小児に、自己臍帯血を移植する事によって症状が改善された事が報告されています。これについては、日本でも臨床試験が行われています。
臍帯の結合組織、ホウォートンゼリーという場所は、比較的多くの幹細胞が存在しており、骨、軟骨、脂肪などの間葉系組織に由来する細胞への分化をする幹細胞、神経系の細胞、肝細胞などへ分化する能力を持った幹細胞の存在が報告されています。
しかし、まだ臍帯のどこにどんな幹細胞が存在するのか、また局在しているのかについてはわかっていない事が多く、幹細胞が存在する場所について研究が進められています。
2. 臍帯血に含まれる間葉系幹細胞
間葉系幹細胞は、間葉とよばれる中胚葉性組織に由来する体性幹細胞の一つです。分化能力としては、間葉系に属する細胞、例えば、骨、軟骨、血管、心筋などへの分化能を持ちます。再生医療においては非常に期待されている幹細胞で、採取する組織によって特性が異なります。
間葉系幹細胞について、以下の記事で詳しく解説しています。
臍帯血から採取される間葉系幹細胞以外では、骨髄由来の間葉系幹細胞、脂肪組織由来の間葉系幹細胞があります。この中には、中胚葉由来の細胞だけでなく、外胚葉由来の細胞、内胚葉由来の細胞に分化する能力を持つ細胞もあり、臍帯血間葉系幹細胞も様々な組織、器官への分化が可能ではないかと期待され、研究が進められています。
3. 臍帯血に含まれる造血系幹細胞
造血系幹細胞は、血液中の細胞に分化する能力を持った幹細胞です。血液中の細胞には寿命がそれぞれあり、供給が途絶えると、血液の機能が損なわれます。造血幹細胞は常時血液中の細胞に分化して、血液中の細胞数をある程度一定に保っています。
造血幹細胞について、以下の記事で詳しく解説しています。
臍帯の他に、造血幹細胞は骨髄などに存在します。これらの幹細胞は、好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージなどの白血球細胞、他に、赤血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞に分化します。
造血幹細胞の特徴は、血液中の他種の細胞を生産しながらも、自己複製を行って、幹細胞を常に存在させておくメカニズムを備える事です。状況に応じて、白血球細胞類を作ったり、赤血球を作りながら、自己複製を行うという複雑な調節を行っています。
4. 臍帯血に含まれる神経堤幹細胞
神経堤細胞(しんけいていさいぼう)とは、脊椎動物特有がもつ発生過程に生じる神経堤と呼ばれる構造で属する細胞です。分化すると、頭部骨格、メラノサイト、神経節、神経膠細胞、クロム親和性細胞、また、一部のホルモン産生細胞になります。神経と名前がついていますが、非常に多くの種類の細胞へ分化するので、外胚葉、内胚葉、中胚葉に続く4番目の胚葉とも言われます。
発生途中の胚(胎児になる前)に神経堤細胞が現れますが、体幹部に存在する体幹部神経堤細胞の中には多能性を持つものがあります。また、頭部にも存在し、頭部神経堤細胞と呼ばれています。この頭部神経堤細胞は、体幹部に移植すると、体幹部神経堤細胞となり、非常に柔軟的に分解をすることでも知られています。
臍帯血内にもこの細胞が含まれ、神経堤由来未分化細胞として知られていましたが、最近になって神経堤幹細胞であると同定されました。臍帯、またそれに含まれる臍帯血は、分娩後に採取が可能です。そのため、他の幹細胞と比べると倫理的な問題が少なく、使いやすい幹細胞として期待されています。
5. 臍帯に含まれる細胞を使った研究からの知見
実際に臍帯に含まれる幹細胞を精製して使うのはまだ確固たる技術が確立し切れていません。そのため、まとめて幹細胞を採取し、動物実験でその分化を試す研究が行われています。
この細胞の中には神経幹細胞様の性質をもつ幹細胞が含まれている事が明らかとなっており、難治性神経疾患の治療に応用可能ではないかと期待されています。
また、臍帯間葉系幹細胞は、骨髄由来間葉系幹細胞と比べると増殖活性が高く、免疫原性が低い事が知られています。この細胞は、骨、軟骨、脂肪だけでなく、血管内皮、神経系、肝臓細胞に分化する細胞が存在する事が確認されています。
さらに、ストレスに対する耐性を持ち、ES細胞の性質に類似した多能性細胞(MUSE細胞)の存在も確認されています。
これらの細胞を選別し、増殖させて特性や機能をさらに調べていけば、様々な疾患を対象とした再生医療に応用する事が期待できます。
これらの動物実験の知見から、ヒト臍帯組織を免疫組織科学的な検討によって様々な役割を持つ、または様々な能力を持つ幹細胞が同定され、分離増殖技術が確立されれば、再生医療においては大きな力となります。
臍帯組織は、採取の時に侵襲がなく、ドナーの身体に負担をかけません(出産という部分では負担をかけますが)。また、倫理的な問題が非常に少ないため、これから難治性神経疾患など様々な疾患を対称とする再生医療、細胞治療に用いられる事が期待されています。
6. 臍帯由来幹細胞、前駆細胞を使った細胞治療の可能性
まとめとして、臍帯、臍帯血に含まれている幹細胞、前駆細胞がどのような疾患に用いる事ができそうか、または用いる事が期待されているのかをまとめます。
まずは神経堤由来細胞です。この細胞は神経再生という特性から、事故などの脊髄損傷、また、パーキンソン病、脳性麻痺などに用いる事が期待されています。先述したように、すでに効果を挙げている疾患もあります。
臍帯間葉系幹細胞は、治療用免疫制御細胞とも認識されており、慢性炎症性腸疾患、移植片対宿主病(GVHD: Graft versus host disease)に用いる事が期待されています。GVHDは、臓器移植に伴う合併症の一つで、臓器提供者の臓器が、移植された相手の臓器などを免疫応答によって攻撃してしまう疾患です。
造血幹細胞移植の後に特に見られ、問題となっている疾患であり、造血幹細胞移植は比較的症例が多くされている細胞治療なので、臍帯間葉系幹細胞を用いる事によって改善される事が期待されています。
臍帯血移植生着促進細胞としても認識されている造血ニッチ細胞は、再生不良性貧血への利用が期待されています。再生不良性貧血は、骨髄中の造血幹細胞が減少する事による造血能力低下が原因です。血中の血球が減少し、造血幹細胞が減少している骨髄は、脂肪細胞に置き換えられ脂肪髄になってしまいます。これを造血ニッチ細胞によって改善できるのではないかと考えられています。
ES細胞に類似した、ES様多能性細胞は重症心不全、糖尿病に利用する事が考えられています。糖尿病と幹細胞の関係は、ちょっとピンと来ない方が多いかも知れません。
糖尿病は、血糖値を下げるインスリン不足によって起こります。インスリンの分泌は膵臓内の膵島にあるβ細胞から行われます。糖尿病は、このβ細胞の機能不全が原因の一つです。
インスリンの注射などが治療法として使われていますが、重篤の場合は膵臓、膵島の移植が行われる事があります。しかし、移植においてはドナー不足が大きな問題です。
そのため、ES細胞、iPS細胞から膵臓を作ってから移植するという研究が行われており、臍帯に含まれるES様多能性細胞も、膵臓への分化方法が研究されるなど、大きな期待を寄せられています。
出産の際に確保できる組織、臍帯は非常に貴重な細胞を何種類も含んでいます。しかし、それほどの収量が期待できない事から、臍帯に含まれている幹細胞の精製技術、培養技術、そして分化方法の研究が今盛んに行われています。