ヒトの胎盤幹細胞を用いて、ヒトの絨毛構造を模倣した胎盤オルガノイドモデルを世界で初めて作製

目次

ヒト胎盤を人工的に作製

東京医科歯科大学生体材料工学研究所 診断治療システム医工学分野の梶弘和教授と堀武志助教は、東北大学大学院医学系研究科 情報遺伝学分野の有馬隆博名誉教授、柴田峻助教、小林枝里助教、熊本大学発生医学研究所 胎盤発生分野の岡江寛明教授らの研究チームと共に、ヒトの胎盤幹細胞を用いて、生体内の絨毛に類似した胎盤オルガノイドの作製に成功しました。 

 

本研究は、日本医療研究開発機構の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、科学研究費補助金などの支援のもとで行われ、研究成果は、国際科学誌 Nature  Communicationsに「Trophoblast stem cell-based organoid models of the human placental barrier.」というタイトルで論文発表されました。 

 

研究成果のポイントは、 

・ ヒトの胎盤幹細胞を用いて、ヒトの絨毛構造を模倣した胎盤オルガノイドモデルを世界で初めて作製。 

 

・ 胎盤オルガノイドモデルの作製条件をもとに、妊婦から胎児への物質移行を定量的に評価可能な胎盤バリアモデルを開発。 

 

・ ウイルスや細菌の胎盤を介した胎児への影響、胎盤で起きる物質輸送、胎盤の形成・成熟過程などを解明する上で、有用な細胞培養モデルとなるものと期待される。さらに、創薬、動物実験に頼らない医薬品安全性評価(動物実験代替法)の開発に貢献するものと期待される。 

 

この三点です。 

 

ヒトの胎盤とはどういうものか?

人間の胎盤(たいばん)は、妊娠中に子宮内で形成される器官であり、胎盤は胎児と母体の間の重要な役割を果たします。 

具体的には、栄養の供給、酸素の供給、代謝産物の排泄、ホルモンの分泌、免疫の転送などを行います。 

 

胎盤は通常、胎児が発達している子宮の壁に取り付きます。 

胎盤では母体からの血管と胎児からの血管が網のように交差し、そこで栄養や酸素の交換が行われます。 

これにより、胎児は成長するために必要な栄養や酸素を供給され、同時に代謝産物を胎盤を通じて母体に排泄します。 

また、胎盤はホルモンの生産も担います。例えば、プロゲステロンやエストロゲンなどのホルモンは、妊娠を維持し、胎児の成長を促進するために胎盤から分泌されます。 

 

さらに医薬品やウイルス等の異物から胎児を守る関門(バリア)としての役割も担っています。 

しかし、一部の医薬品やウイルスは、胎盤を透過し、胎児に影響を及ぼすことが知られています。 

胎児へのリスクを最小限に抑えた医薬品を開発するために、創薬では物質の胎盤透過性や胎児への移行量を正確に推定しなければなりません。 

 

こういった研究を、他の哺乳類の実験動物で行おうとすると、胎盤の構造や胎盤を構成する細胞には大きな種差が存在するため、動物実験から得られた物質胎盤透過性情報をヒトに応用することが難しいことが知られています。 

また、これまでに開発されてきたほとんどの胎盤細胞培養モデルは、生体内の胎盤細胞とは異なる機能を持った絨毛癌由来の細胞が使用されてきたため、ヒトの胎盤についての正確な情報が十分に得られていませんでした。 

 

この問題を解決するため、東北大学医学系研究科では、ヒト胎盤幹(TS)細胞を樹立し、2018年に論文を発表しました。 

この細胞は、安定に長期間未分化を維持でき、また、ホルモン分泌に働く合胞体性栄養膜(ST)細胞や浸潤能を有する絨毛外性栄養膜(EVT)細胞へと分化する多能性を有します。このヒト TS 細胞を活用し、東京医科歯科大学の当該研究グループと共同で細胞組織工学技術を駆使した、ヒトの胎盤を模倣した新規のヒト胎盤バリアモデルの開発に取り組もうと考えたのがこの研究のスタートです。 

 

胎盤と創薬は注目が集まっているポイントです。 

胎盤は、薬物の代謝や輸送に関与する重要な役割を果たすことは先に述べましたが、胎盤を通じて薬物が移動する過程は複雑であり、薬物の性質によって異なります。 

 

一般的に、胎盤を通過する薬物の代謝は以下のようなプロセスによって行われます: 

 

・薬物の透過性: 胎盤は通常、薬物の透過を制御するバリアとして機能します。 

一部の薬物は容易に胎盤を通過し、胎児に到達することができます。 

この透過性は、薬物の性質や胎盤の構造によって異なります。 

 

・代謝: 胎盤内の特定の酵素が薬物を代謝することがあります。 

この代謝によって、薬物の活性が変化したり、体内での分解が促進されたりすることがあります。 

 

・輸送体: 胎盤には薬物を輸送するための特定の輸送体が存在します。 

これらの輸送体は、薬物を胎盤を通じて胎児側に運ぶ役割を果たし、輸送体の活性は、薬物の種類や濃度によって調節されます。 

 

・排泄: 胎盤は薬物やその代謝物を母体側に排泄する役割も担い、このプロセスによって、胎児の体内から薬物が除去され、母体への影響が最小限に抑えられます。 

 

研究成果の概要

 ヒトの胎盤の中には絨毛があり、妊娠初期の絨毛の表面は合胞体性栄養膜細胞)と細胞性栄養膜細胞から成る2層構造をしています。 

 

絨毛は、胎盤の構成要素の一つです。 

絨毛は胎児側の部分であり、母体の子宮内膜と接触します。絨毛は細かい毛状の突起物で、母体からの栄養や酸素を取り込み、同時に胎児の体内で産生される代謝産物を排出します。 

この絨毛が母体の血管と接触しているため、栄養素や酸素、ホルモン、抗体などが交換されます。 

 

絨毛は胎盤の表面積を増やし、栄養や酸素の効率的な供給を可能にします。 

母体の血液と胎児の血液が直接接触することはありませんが、絨毛を通じて物質の交換が行われます。 

絨毛の形状や構造は、この交換プロセスを最適化するために適応されています。 

 

絨毛は胎盤の発達過程で形成され、胎児の成長とともに増加します。 

正常な絨毛の発達は、健康な妊娠と胎児の成長に重要であり、絨毛の構造や機能が妊娠中に問題を抱えると、胎児の発育や母体の健康に影響を及ぼす可能性があります。 

 

この研究では、ヒトの胎盤から樹立された胎盤幹細胞を3次元的、つまり立体的に培養することにより、この絨毛表面の構造を人工的な細胞培養により作り出すことを試みました。 

胎盤形成に関わる成長因子などを培養液に添加した後、8日間ほど培養した結果、立体的な球状胎盤オルガノイドを作製することに成功しました。 

 

この胎盤オルガノイドを詳細に解析した結果、実際の絨毛と同様に表面の細胞は融合しており、また、多くの微絨毛が観察されました。 

さらに、この胎盤オルガノイドの培養条件をもとに、母体-胎児間で起きる物質移行を評価することを可能とする胎盤バリアモデルを開発しました。 

 

動物実験代替法に大きな進歩

ヒトの胎盤とマウスの胎盤は異なるため、これが研究を進める上で問題となっていますが、現実的にはマウスで得られた実験結果とヒトを比較して研究が行われています。 

この方法ではなかなかはっきりとしたヒト胎盤のデータが予測できないため、研究の進歩が遅い理由になっていました。 

 

近年、こうした実験動物の使用を避ける実験方法の開発が盛んです。 

これは動物実験代替法と呼ばれており、動物を使用せずに科学的な目的を達成するための方法や技術とされています。 

 

これらの方法は、動物の使用を最小限に抑えたり、完全に置き換えたりすることを目指しています。代替法は、倫理的な観点から動物の苦痛や苦しみを減らすだけでなく、効率性やコストの面でも利点があります。 

 

いくつかの一般的な動物実験代替法には以下があります。 

 

  1. 細胞培養: 細胞培養は、動物の組織や細胞を使用せずに、人工的な培養条件下で細胞を育てる方法です。
    これにより、細胞レベルでの生物学的なプロセスや薬物の影響を研究することができます。
  2. 組織や臓器のモデル: 人工的な組織や臓器のモデルを使用することで、生体内の状態や反応を再現することができます。
    これにより、動物を使用せずに生物学的なプロセスや治療法の研究が可能になります。

  3. コンピューターモデリング: コンピューターシミュレーションや数学モデリングを使用して、生物学的なプロセスや薬物の相互作用を予測することができます。
    これにより、動物実験の結果を補完したり、代替することができます。

  4. 人間ボランティアや臨床研究: 一部の研究では、人間を対象とした臨床研究やボランティアを利用して、生理学的な反応や治療法の効果を評価することがあります。
    これにより、動物を使用せずに人間の生理学的な応答を研究することができます。 

 

今回の研究は、このうち2に該当するもので、ヒトの細胞をそのまま使うことによって実際の臨床に近いデータが得られる実験系と期待されています。 

 

この研究により、ヒト胎盤オルガノイドと胎盤バリアモデルを作製する方法が明らかになり、ヒトの胎盤研究を加速させる研究に大きく貢献すると考えられます。 

 

たとえば、ウイルス等の病原体や環境化学物質、医薬品などの胎盤に対する影響が明らかになれば、より適切な医療や環境対策に繋げることができます。 

さらに、医薬品候補化合物の胎盤透過性を評価を可能としたことは、胎児への副作用の小さい新薬の開発に応用することができます。 

 

目次