Compugen社、幹細胞様メモリーT細胞に発現する免疫チェックポイント分子を発見
イスラエルに本社を置くCompugen社は、がん免疫療法の免疫チェックポイント分子として注目されている抑制性共受容体のPVRIG(poliovirus receptor-related Immunoglobulin domain-containing protein)について、新たな遺伝子発現パターン、タンパク質の発現パターンを発見したと発表しました。
さらに、この免疫チェックポイント分子が、腫瘍微小環境(TME: Tumor microenvironment)で樹状細胞(DC: Dendritic cells)が豊富に存在する隙間(DCリッチニッチ)で強力な増殖能力と分化能を持つT細胞サブグループである幹細胞様メモリーT細胞(TSCM: Stem cell-like memory T cells)に発現していることを確認したこともこの発表に含まれています。
腫瘍微小環境で免疫細胞が乏しいがんでは、既存の免疫チェックポイント阻害薬が効きにくいとされていますが、PVRIGを標的とする免疫療法では有効性が出てくる可能性があるとしています。
腫瘍微小環境とは
腫瘍微小環境は、腫瘍細胞を取り囲む周囲の環境を指します。これには、血管、免疫細胞、線維芽細胞、シグナル伝達分子、細胞外マトリックスなどが含まれます。腫瘍微小環境は腫瘍の成長、進行、転移に重要な役割を果たします。
腫瘍微小環境の主要な構成要素を挙げます。
・癌細胞: 腫瘍の主な構成要素であり、増殖や転移を行う細胞です。
・血管: 腫瘍への酸素や栄養の供給、および老廃物の除去を行います。
腫瘍は新しい血管を形成するためのプロセスである血管新生を促進します。
・免疫細胞: マクロファージ、T細胞、NK細胞などが含まれ、腫瘍細胞との相互作用によって腫瘍の成長や免疫回避に関与します。
・線維芽細胞: 腫瘍の成長を支えるために細胞外マトリックスを産生し、組織の構造を維持します。
・細胞外マトリックス: コラーゲンやプロテオグリカンなどの構成成分からなり、細胞間のシグナル伝達や腫瘍細胞の移動を助けます。
・シグナル伝達分子: サイトカイン、ケモカイン、成長因子などが含まれ、細胞間のコミュニケーションを調整します。
腫瘍微小環境の役割は、大きく分けて3つあります。
まず腫瘍成長における役割、これは血管新生を通じて腫瘍に必要な栄養を供給し、成長を促進します。
がん細胞の免疫回避にも重要な役割を果たします。
免疫抑制環境を形成し、免疫細胞からの攻撃を回避します。
がんの重要な現象に転移があります。
細胞外マトリックスの再構成や細胞の遊走を助け、他の組織への転移を促進します。
免疫に関わる細胞・樹状細胞
樹状細胞は、抗原提示細胞の一種であり、免疫システムにおいて非常に重要な役割を果たします。
樹状細胞は、異物(抗原)を捕捉してそれを処理し、T細胞に提示することで、適応免疫応答を誘導します。
樹状細胞の特徴として、その独特な形態が挙げられます。
形態は、名前の由来となった「樹状」の形態を持ち、多数の突起(樹状突起)が特徴です。
これにより、広範囲の抗原を効率的に捕捉できます。
樹状細胞は、抗原提示能力をもちます。
抗原を捕捉し、分解したペプチド断片を主要組織適合複合体(MHC)クラスIまたはクラスII分子と結合させ、T細胞に提示することが具体的な抗原提示能力の内容で、いわば橋渡しの機能を担っています。
そして樹状細胞は未成熟状態で末梢組織に存在します。
抗原を捕捉すると成熟した樹状細胞隣、リンパ節へ移動し、T細胞に抗原を提示します。
抗原を補足する役割において、抗原とされるものは微生物、ウイルス、異種タンパク質、そして腫瘍細胞などが挙げられます。
これにはファゴサイトーシスやエンドサイトーシスといったメカニズムが関与しており、この2つのメカニズムは分子生物学の分野では、盛んに研究されています。
捕捉した抗原を分解すると前述しましたが、もう少し細かく見ると、MHCクラスIまたはクラスII分子と結合させて細胞表面に提示します。
このMHCクラスI分子は主にCD8+ T細胞に、MHCクラスII分子は主にCD4+ T細胞に提示されます。
この樹状細胞はがん免疫療法の重要なターゲットです。
がんワクチンは樹状細胞に特定の腫瘍抗原を提示させ、T細胞を活性化することで腫瘍細胞を攻撃することを目的としています。
また、樹状細胞の機能を強化する治療法や、腫瘍微小環境での樹状細胞の抑制を解除するアプローチも研究されています。
幹細胞様メモリーT細胞
幹細胞様メモリーT細胞の研究は比較的新しい分野です。
免疫学において比較的新しく認識されたT細胞のサブセットで、幹細胞のような特性とメモリーT細胞の機能を併せ持つ事がわかっています。
これらの細胞は長期的な免疫記憶を提供し、自己再生能力を持ち、免疫応答において重要な役割を果たします。
幹細胞様メモリーT細胞の特徴を挙げてみましょう。
まず自己再生能力です。
幹細胞様メモリーT細胞は幹細胞のように自己再生し、新たなメモリーT細胞やエフェクターT細胞に分化する能力を持っています。
そしてこれらの細胞は非常に長い寿命を持ち、長期間にわたって存在します。
さらに、幹細胞様メモリーT細胞は必要に応じてさまざまなタイプのT細胞(エフェクターT細胞や他のメモリーT細胞など)に分化する能力を持ちます。
最後に、細胞表面に提示される独特のマーカーがあります。
CD45RO−、CD45RA+、CD62L+、CCR7+、CD95+などの表面マーカーを持ち、これによって他のT細胞と区別されます。
幹細胞様メモリーT細胞の機能は、免疫記憶の維持、エフェクター機能、再生機能という3つの大きな役割を持っています。
免疫記憶の維持は、長期間にわたって免疫記憶を保持し、再感染時に迅速な免疫応答を引き起こします。
エフェクター機能では、必要に応じてエフェクターT細胞に分化し、感染やがん細胞に対する強力な免疫応答を実行します。
そして再生機能は、他のメモリーT細胞やエフェクターT細胞に分化する能力により、免疫系の柔軟性を保ちます。
幹細胞様メモリーT細胞は、がん免疫療法や感染症治療において大きな可能性を秘めています。
幹細胞様メモリーT細胞の長寿命と自己再生能力は、がん細胞を長期間にわたって監視し、攻撃する能力を提供します。
これにより、がんの再発防止や治療効果の持続が期待されます。
がんだけでなく、感染症治療にも応用が期待されており、これらの細胞は、再感染時に迅速かつ強力な免疫応答を引き起こすため、長期的な免疫保護を提供します。
幹細胞様メモリーT細胞はまだ研究段階にありますが、その特徴と機能により、さまざまな免疫療法において重要なターゲットとされています。
特に、がんや慢性ウイルス感染症の治療において、幹細胞様メモリーT細胞の利用が期待されています。
今後の研究によって、これらの細胞を効果的に利用する方法が明らかになることが期待されています。
抑制性共受容体のPVRIG
PVRIGは、正式にはPoliovirus receptor-related Immunoglobulin domain-containing proteinと呼ばれ、免疫システムの調節に関与する分子であることがわかっており、がん免疫療法において注目されています。
この分子は、免疫チェックポイントの一部として機能し、免疫応答の制御に重要な役割を果たします。
PVRIGは、免疫グロブリン(Ig)ドメインを含む膜貫通タンパク質です。
Igドメインは、抗原認識や細胞間相互作用に関与する構造であり、PVRIGもこの機能を持っています。
そしてPVRIGは、ネクチンファミリーに属するリガンド(例えば、ネクチン-2)と結合し、免疫応答を調節します。
この相互作用は、特にT細胞とNK細胞の機能に影響を与えます。
さらに免疫チェックポイントの役割も持っており、PVRIGは、PD-1やCTLA-4と同様に、免疫チェックポイント分子として働きます。
これにより、過度な免疫応答を抑制し、自己免疫反応を防ぎます。
さらにT細胞の抑制の役割も担っており、PVRIGは、T細胞の活性化を抑制することが知られています。
これは、がん細胞に対する免疫応答を抑える結果となり、がんの進行を助長する可能性があります。
T細胞と共によく知られているNK細胞に対しても働きかけます。
PVRIGは、NK細胞の機能も抑制します。NK細胞は、ウイルス感染細胞や腫瘍細胞を直接攻撃する役割を持つため、PVRIGの抑制作用は腫瘍免疫逃避に寄与します。
これらの機能から、PVRIGは、がん治療の新しいターゲットとして注目されています。
これまで開発された免疫チェックポイント阻害薬は、PD-1やCTLA-4のような分子を標的にしており、PVRIGも同様のアプローチで利用できる可能性があります。
まずPVRIG阻害剤、PVRIGの機能を阻害する薬剤が開発中であり、これによりT細胞やNK細胞の活性を回復し、がん細胞に対する免疫応答を強化することが期待されています。
そして単体で使う治療方法だけでなく、併用療法も考えられています。
PVRIG阻害剤は、PD-1やCTLA-4阻害剤と組み合わせて使用されることが効果的と予想され、複数のチェックポイントを同時に標的にすることで、より強力な抗腫瘍効果が得られる可能性があります。
現時点では、PVRIGに関する研究はまだ初期段階にあります。
しかしその重要性は徐々に認識されつつあります。今後の研究によって、PVRIGを標的とした新しい治療法が開発され、がん患者にとって有効な治療オプションが増えることが期待されます。