iPS細胞とマクロファージとは?分化誘導方法と利用方法

目次

1. iPS細胞を使ってどんな細胞を分化させるか?

近年、iPS細胞から細胞を分化させる研究において、マクロファージに分化させて解析を行う研究が増えています。

マクロファージは、ウイルスに感染した細胞、また腫瘍細胞に対する細胞免疫療法に使うことのできる細胞で、細胞治療のツールとして着目されている細胞です。

着目されているのはここ最近ではなく、じつは古くからこの細胞は将来の疾患治療に使うことのできる細胞として研究がなされてきました。

しかし、マクロファージは、細胞数の確保が難しいこと、遺伝子の編集が困難であることというハードルがあり、なかなか実用化にはいたりませんでした。

しかし近年になって、iPS細胞からのマクロファージ分化誘導の報告が多数発表されており、iPS細胞を使うことでこれまでの細胞数確保の難しさなどのハードルをクリアされつつあります。

iPS細胞からマクロファージの分化誘導方法が確立され、人工マクロファージが医療現場で使えるようになれば、感染症、腫瘍の治療方法が一気に拡がるということから、この分野は今注目を浴びています。

2. マクロファージとは?

マクロファージとは白血球の一種で、アメーバのような運動性を持ち、生体内を遊走している細胞です。

機能的には食細胞に分類され、死んだ細胞やその細胞破片、そして侵入した細菌、体内の偏性物質(腫瘍細胞を含む)を捕食して消化・分解する細胞です。

特に、外傷、炎症の時には活動が活発になる事が知られ、体内の清掃屋と表現されることもある細胞です。

マクロファージが持つ食作用を貪食作用と表現しますが、マクロファージはこの貪食作用以外にも重要な役割を持っています。

それは、体内に侵入した病原体などの異物を貪食、消化してペプチドレベルまで分解し、その異物のペプチドを抗原として提示する役割です。

抗原として提示されたこのペプチドをヘルパーT細胞が認識し、免疫機構が活性化、異物に対しての抵抗を身体は開始します。

つまり、免疫機能のスイッチを入れる役割もマクロファージは持っています。

マクロファージは初期の殺菌作用と抗原提示作用によって身体の防御にとっては中心的な役割を果たしていますが、生命科学的には「マクロファージは恒常性維持機能の一角を担っている」と表現することが多く、これまでの研究で多くの疾患への抵抗に重要な役割を果たすことがわかっています。

一方で、マクロファージ機能の異常は身体の防御機能に非常に大きなダメージを与えます。

そのため、免疫関連の疾患に密接に関わっている細胞です。

さらに、過剰な変性コレステロールがあると、マクロファージは処理しきれずにそのコレステロールが存在する血管壁に固着化してしまうこともあります。

これはアテローム性動脈硬化の原因とされており、免疫関連疾患意外にもマクロファージが関与する疾患がわかってきています。

病原体を攻撃するマクロファージですが、マクロファージの貪食を回避する細菌、ウイルスも存在します。

細菌では、リステリア、赤痢菌、チフス菌、レジオネラ菌、結核菌はマクロファージの攻撃をすり抜ける事が知られています。

ウイルスではヒト免疫不全ウイルス(HIV)が、マクロファージとヘルパーT細胞内に感染することによって免疫機能を不全状態に誘導します。

ヒト免疫不全ウイルスは、マクロファージ内には免疫による攻撃が到達しないことを巧みに利用し、生体内を自由に遊走するマクロファージ内に感染することによってその感染域を体のあらゆる部分に拡げます。

マクロファージはなくてはならないものですが、異常なマクロファージはかえって身体に悪影響を及ぼします。

もしマクロファージが不足して何らかの疾患になっているのであれば新しいマクロファージを補給、異常なマクロファージによって疾患が誘導されているのであれば、正常なマクロファージに置き換える、という治療方法は理論としては昔からありましたが、先述したようにマクロファージの細胞数確保が難しいため、なかなか実際に使うことができていません。

3. マクロファージの分化誘導方法とその利用方法

マクロファージには、胎生期の卵黄嚢由来、胎児肝由来、そして造血幹細胞から分化した単球由来の3種類の経路で発生・分化します。

この3つの経路から分化したマクロファージはそれぞれ性質、役割も異なりますが、この分化経路の多様性を反映して、マクロファージの分化誘導研究では、それぞれの研究グループが異なった方法で分化誘導に成功しつつあります。

それぞれの研究グループは自らの確立したiPS細胞分化誘導方法によって作り出したマクロファージを使って、次々と治療方法開発の足がかりとなる研究成果を発表しています。

ヒトの免疫機構は、感染初期に素早く発動される自然免疫と、抗体を使って異物を除去する獲得免疫に分けられます。

マクロファージは感染初期の自然免疫において重要な役割を果たしており、感染症に対して人工マクロファージを使って治療する方法が注目されています。

現在までに、肺緑膿菌感染症、肺MRSA感染症、結核菌に対する細胞療法が報告されており、マクロファージの遺伝子を編集したウイルス感染治療方法も確立されつつあります。

ウイルス感染治療方法で最も注目されているのはヒト免疫不全ウイルスに対する治療方法で、ヒト免疫不全ウイルスが感染できないマクロファージを遺伝子編集したiPS細胞によって人工的に作成し、感染治療に用いるという方法です。

腫瘍治療、つまりがんの治療においては、CAR(Chimeric Antigen Receptor)を組み込んだT細胞を使って行う細胞治療が注目されていますが、iPS細胞由来のマクロファージにこのCARを組み込むと、CAR組み込みT細胞が対応できなかったがんに対しても対応することができるという報告がされています。

この報告はやや古い報告で、CAR組み込みマクロファージが有効であることがわかったが、マクロファージ数を確保することが最大の問題点になっていました。

しかし、iPS細胞の出現によって、CAR組み込みマクロファージをiPS細胞から分化誘導することによって治療に必要な細胞数を確保することができるようになりました。

現在はこの治療方法を臨床で使えるように研究が進められています。

その他、肺、肝臓、血管新生促進などにiPS細胞由来の人工マクロファージをつかう細胞療法が開発されつつあります。

肺胞タンパク症(PAP:Pulmonary alveolar proteinosis)はその代表例で、かなり具体的な臨床研究の報告がされています。

この結果から、臓器障害にも使えるのではないかと考えられ、他にも様々な臓器障害に対する細胞治療の開発が試みられています。

4. 細胞治療に新しい方向性

iPS細胞からマクロファージを分化誘導する方法が確立され、さらに遺伝子編集でマクロファージの性質を疾患対応に適した性質に変えることができるメドがたった現在、すでに研究は個別の疾患を治療する方法を確立し、患者の安全を確保しつつ疾患根治する方向で行われています。

iPS細胞はマクロファージだけでなく、免疫関連細胞であるCD8T細胞、ナチュラルキラーT細胞、粘膜関連インバリアントT細胞、樹状細胞に分化誘導できることが確認されています。

ただし、生体内に存在する患者由来の免疫細胞、つまりは自然分化した免疫細胞と、iPS細胞などから分化誘導した免疫細胞では、主な機能は一致していても細かい性質が異なっているケースが見られており、その性質の違いがヒトの身体にどのような影響を与えるかは慎重に解析する必要があります。

これと並行して、iPS細胞由来の免疫細胞をヒトが本来持っている免疫細胞の性質に近づける研究も行われており、免疫関連の治療にiPS細胞が新しい形で使われるようになるのもそれほど遠い未来の話ではなさそうです。

目次