京大・斎藤教授らに慶応医学賞生殖細胞の成長過程を解明

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京大・斎藤教授らに慶応医学賞 生殖細胞の成長過程を解明

今年の慶応医学賞に、京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)斎藤通紀(さいとう みちのり)教授が選ばれました。

受賞理由は、「生殖細胞発生過程の再構築」に関する顕著な研究成果によるものです。

 

今回の慶應医学賞では、斎藤通紀教授に加え、脳の原理に基づく人工知能(AI)を用いた囲碁ソフト「アルファ碁」を開発した、グーグル傘下のDeepMind社CEOであるデミス・ハサビス氏も受賞者として選ばれました。

 

斎藤通紀教授は、発生生物学や幹細胞生物学の分野で著名な研究者です。

特に、生殖細胞の発生メカニズムや初期発生におけるエピジェネティック制御に関する研究で知られています。

 

生殖細胞の発生では、受精後における生殖細胞(卵子や精子)の形成過程の解明と多能性幹細胞から生殖細胞を作り出す研究、エピジェネティクスと初期発生の研究では、受精直後のゲノムリプログラミング(ゲノムのリセットと調節)とヒストン修飾やDNAメチル化の変化、そして人工生殖細胞の作製についてはiPS細胞やES細胞を用いた精子・卵子の作製を中心に行っています。

 

斎藤教授の研究は、不妊治療や再生医療への応用が期待されるだけでなく、進化生物学や発生学の基礎研究にも大きな影響を与えています。

また、幹細胞研究の進展に伴い、将来的に生殖医療や遺伝子治療への応用が見込まれる分野でもあります。

 

今回の受賞内容関連では、生殖細胞である精子と卵子がどのように形成されるかを分子レベルで解明し、マウスのiPS細胞から精子や卵子、さらには受精卵を試験管内で作製し、マウス個体の育成に成功しました。

また、ヒトiPS細胞から精子や卵子の前段階の細胞を大量に作製することにも成功し、生殖細胞発生の分子基盤を解明するとともに、体細胞からiPS細胞を経て生殖細胞を作製し、受精に至る一連の過程を再構築するという、医学・生物学における究極的な課題解決に向けた道を切り開きました。

 

慶應医学賞とは?

慶應医学賞(英語表記:Keio Medical Science Prize)は、慶應義塾大学が1996年に創設した国際的な医学賞で、生理学・医学分野における世界的に優れた研究業績を挙げた科学者を顕彰するものです。

 

対象分野は医学・生命科学、特に生理学・医学の分野で、対象者は日本国内外を問わず世界中の研究者です。

選考基準は人類の健康と医学の発展に大きく貢献した研究かつ画期的な発見や革新性のある研究成果を挙げた科学者で、毎年1~2名が選ばれています。

 

慶應医学賞は、ノーベル生理学・医学賞の受賞者を輩出する登竜門とも言われており、これまでの受賞者の中からノーベル賞受賞者が何名も出ています。

 

過去、慶應医学賞受賞者でノーベル賞を受賞した研究者を以下に挙げます。

 

1996年受賞・Stanley B. Prusiner氏:1997年にプリオンの概念を提唱したことでノーベル生理学・医学賞を受賞。

 

1999年受賞・Elizabeth Helen Blackburn氏:テロメア(染色体末端)とテロメラーゼ酵素の発見。彼女の研究は、細胞老化やがん、寿命に関する理解を深め、この研究で2009年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

2002年受賞・Barry Marshall氏:ヘリコバクター・ピロリが胃炎、胃潰瘍、胃がんの原因になることを発見し、2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

2004年受賞・Roger Y. Tsien氏:蛍光タンパク質(GFP, Green Fluorescent Protein)の開発と応用により、2008年にノーベル化学賞を受賞。

 

2006年受賞・Thomas A. Steitz氏:リボソームの構造解析で2009年にノーベル化学賞を受賞しました。

 

2010年受賞・Jules A. Hoffmann氏:自然免疫の研究で2011年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

2013年受賞・Victor R. Ambros氏:マイクロRNAの研究で2024年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

 

2015年受賞・大隅良典氏:細胞の自己分解機構(オートファジー)の研究で、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞。

 

2016年受賞・Svante Pääbo氏、本庶 佑氏:Svante Pääbo氏はデニソワ人、ネアンデルタール人のDNA解析で2022年にノーベル生理学・医学賞、本庶 佑氏はがん免疫療法で2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

 

2021年受賞・ Katalin Karikó氏:mRNAワクチンの開発(コロナワクチンに応用された技術)により、2023年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

 

そして2007年に受賞した山中伸弥氏は、iPS細胞の研究で2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

 

斎藤教授の研究詳細

斎藤教授が主に研究しているテーマは、iPS細胞を生殖細胞に分化させる技術開発です。

この技術は生殖医学や不妊治療の分野で大きな可能性を秘めていますが、臨床応用に向けてはまだ多くの課題が残っています。

 

斎藤通紀教授らの研究により、マウスのiPS細胞やES細胞(胚性幹細胞)から精子や卵子を試験管内で作製し、それを用いた受精により子孫を得ることに成功しました。

しかし現時点では、ヒトiPS細胞から始原生殖細胞様細胞(PGCLC)を誘導することには成功していますが、そこから成熟した精子や卵子へと完全に分化させることはまだ実現していません。

 

しかし臨床応用の可能性が大きなこの研究は注目され、多くの研究者が様々な視点で研究を進めています。

例えば加齢や病気による不妊の克服、これは高齢による卵子減少や抗がん治療(放射線・化学療法)による生殖機能の喪失に対し、自身の体細胞からiPS細胞を作成し、生殖細胞へと分化させることで子どもを持つ可能性を広げる方法です。

 

また、遺伝的な不妊症を持つ人に対し、ゲノム編集技術と組み合わせて健常な生殖細胞を作製することも理論上は可能です。

 

さらに基礎研究の分野においては、試験管内で生殖細胞を作成することで、生殖細胞の形成過程や不妊症の原因解明が進む可能性があります。

 

臨床応用に向けた課題としては、まず技術的課題として完全な精子・卵子の作製が挙げられます。

ヒトのiPS細胞から成熟した精子や卵子を作製するには、細胞外環境(培養条件)の最適化が必要であり、重要な研究課題になっています。

そしてiPS細胞のリプログラミング過程で生じる遺伝・エピジェネティックな変異が、生殖細胞の正常な機能に影響を与える可能性があり、この領域も盛んに研究されています。

 

もう一つの課題として、倫理的課題があります。

試験管内で精子と卵子を作り、それを受精させることに対する倫理的な議論があり、さらにiPS細胞技術とゲノム編集を組み合わせることで、特定の遺伝的特徴を持つ子どもを作ることが可能になる懸念があります。

 

今後の展望として、まずは技術の改良と安全性評価、iPS細胞由来の生殖細胞の成熟や機能をさらに研究し、安全性を確立する必要があります。

そして倫理的・法的枠組みを整え、社会的合意を得ることが求められます。

 

iPS細胞を用いた生殖細胞の作製技術は、不妊治療や生殖医学の発展に貢献する可能性があるものの、技術的・倫理的課題が残っており、臨床応用には慎重な検討が必要です。

今後、安全性と倫理的な枠組みの整備が進むことで、実用化に向けた動きが加速する可能性があります。

 

今回の斎藤教授の受賞は、iPS細胞に関連する研究、技術開発が一般に認知されはじめている証拠とも言えます。

こうした出来事によって一般の人々にiPS細胞を使った治療方法への注目が高まると、研究資金の投入を含めて研究の進行速度が速まると考えられます。

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