幹細胞の栄枯盛衰のメカニズムを提唱

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幹細胞の基礎研究の重要性

iPS細胞の出現以来、幹細胞を使った再生医療は大きく進歩し、多くの臨床研究が行われています。
いくつかの臨床研究はすでに実用化を目の前にしており、今後さらに幹細胞を使った再生医療は進歩していくと考えられています。

その一方で、幹細胞の分子メカニズムを研究する「基礎研究」も多くの研究機関、研究チームが行っています。
幹細胞の中で何が起きているかについては、解析技術の進歩によって遺伝子発現レベルが詳細に解析され、タンパク質の機能解析も網羅的に行われており、日々多くの研究論文が発表されています。

多くの論文は、得られた実験結果から分子などの動きを予想して仮説を提唱する論文ですが、幹細胞を解析する視点を「体の中の幹細胞」として統一理論、統一モデルを解析する研究も最近になって盛んに行われるようになりました。

今回紹介する研究はこの幹細胞理論についての内容です。

広島大学統合生命科学研究所教授と京都大学生命科学研究科の特命教授を兼任する本田直樹博士の研究チームは、この幹細胞についての統一理論を提唱し、実験データからその妥当性を示しました。

本田直樹博士は、2つの大学の教授を兼任すると共に、自然科学研究機構生命創成探究センターの客員教授も務めています。

研究チームは、本田直樹教授、大学院生である吉戸香奈氏、そして学部生の中牟田旭から構成されています。

彼らは腸や骨髄などの組織にある幹細胞が、成熟(分化)した細胞をどのような法則で絶えず供給しているのかを記述する統一理論を提唱し、自ら取得した実験データからその妥当性を証明し、論文上で公表しました。

研究の内容について

まず、研究のポイントです。

・多細胞組織における幹細胞のふるまいを包括的に記述する統一理論を提唱しました。
・この理論に基づいて既存のモデルには存在しなかった現象を予言し、実際の組織から得られたデータと照合しました。

この研究成果から、幹細胞の恒常性維持に異常が起きた場合に起こる可能性がある疾患を数理学的に予測、解析することが可能な技術に発展する可能性があります。

多くの細胞から構成されている組織において、幹細胞がどのような秩序によって分化細胞を供給しているのかは長年謎とされてきました。

これまで2つの仮説が立てられ、それぞれを支持する研究者で論争が行われてきました。

1つは、組織の階層性に従う仮説です。

組織内に存在する少数の幹細胞が司令塔となり、一つずつ分化細胞を産み出している、というモデルです。

このモデルは幹細胞という概念が作られたときに提唱されたものであり、長年多くの研究者に支持されてきました。

この仮説に対抗する仮説として、最近発表されたものが「幹細胞同士は中立的に競争しているのではないか」というものです。

ただし、この2つの仮説は完全に対立するものではないことは1つのカギになるのではないかと考えられてきました。

研究―ムは「必ずしも対立をしているわけではない2つの仮説」というポイントに着目し、結果としてこれらの仮説を包括する数理モデルを提案しました。

幹細胞についての2つの仮説

仮説を詳しく見てみましょう。

まず「階層モデル」では、数種類の細胞からなる階層(ヒエラルキー)の最上階にいる幹細胞はマスター幹細胞として分化細胞を必要なときに1つずつ産み出す、とする仮説です。

そして「中立競争モデル」では、この司令塔としてのマスター幹細胞の存在を否定し、幹細胞群が中立的に競争することによって分化細胞を産み出すとしています。

この分化細胞が産み出されるのは確率的な問題であり、必ずしも少数の司令塔のシグナルによって産み出されるのではないとしていました。

そこで研究チームは「既存の2つのもでるが必ずしも矛盾しない、対立する部分はあるが、共通している部分も存在する」という点に着目しました。

階層モデルと中立競争モデルをシームレスに接続することを目的に、2つのモデルを包括的に接続するという数理モデルを研究チームはまず構築しました。

この数理モデルは目に見える形にするために定式化する必要がありますが、研究チームは「細胞の増殖と分化を記述する確率過程」を基本として定式化を行いました。

細胞の増殖と分化は幹細胞が持つ特性であり、この確率過程を説明できる式であれば、幹細胞の振る舞いが正確に予測できます。

研究グループが構築した数理モデルでは、マスター幹細胞がまず幹細胞を産生します。

産生された幹細胞は、産生幹細胞同士で競争を行い、分化細胞を産生します。

まず、マスター幹細胞が直接必要な細胞に分化するのではなく、まずは分化細胞になる幹細胞を産生し、産生された幹細胞が群となって競争を行います。

この数理モデルでのパラメーターは、マスター幹細胞及び競争幹細胞の増殖速度になりますが、この速度を調節することで、条件によって階層モデルと中立競争モデル双方が再現できるというメカニズムになっています。

さらに、中間的な状態も再現できるということで、2つの仮説を矛盾なく接続する数理モデルとなっています。

この中間的な状況を「階層中立競争モデル(hNCモデル)」とグループは名付けました。

幹細胞の増減、分化細胞の増減を再現するモデル

この数理モデルを使ってシミュレートすると、1つの幹細胞から産生された細胞の数は、一過的な増減を繰り返すという現象が予言されます。

この動きは、「栄枯盛衰的」と表現できる現象です。

細胞の増減は細胞数のバースト、と表現される現象で、これを含めたモデルは、組織の恒常性維持メカニズムの解明に貢献することが予想され、さらに造血幹細胞の実験データはこの数理モデルが正しいことを示していました。

数値のシミュレーションと数学的解析によって、階層中立競争モデルでは細胞集団のバーストが起きることが予言されましたが、これは何を意味するのでしょうか。

各マスター幹細胞に由来するクローン(幹細胞)は、安定的に他のクローンと共存するわけではなく、さらに他のクローンに対して攻撃を加えて絶滅させるわけでもありません。

一過的な繁栄(細胞数の増加)と衰退(細胞数減少)を繰り返すことによって、「共存」に似た状態を作り上げるのです。

ここ10年、多くの研究グループが解析、取得したデータでは、クローンサイズの分布のスケール則から中立競争モデルの支持が徐々に増えていました。

一時期、階層モデルで提唱されていた司令塔としてのマスター幹細胞は存在しないのではないかという仮説が有力となっていました。

しかし、数学的な解析によると、実験データがスケール則を示したいた場合でも中立競争モデルの証拠とはなり得ないことがわかりました。

研究グループの提唱した階層中立競争モデルを実際に証明するためには、実際のデータと照合する必要があります。

先行研究で得られたサルの造血幹細胞データを使って解析すると、クローンサイズの時系列が細胞集団バーストを示すことと、クローンサイズの確率分布が階層中立競争モデルの予測と一致することが明らかになりました。

生命現象を数理モデルで予測しようとする研究は意外と古く、かなり前からこういった研究が行われてきました。

例えばメンデルの法則における、9:3:3:1というのも一つの数理モデルということができます。

この数理モデルでは、ある形質を持った個体の出現頻度を示していますが、近年はさらに複雑な生命現象を数理モデル化して予測しやすいようにしようという研究が増えてきています。

将来、さらに数理モデルによる研究が進むことは確実ですが、その先には臨床における数理モデルの構築と、治療モデルの定式化があるのではないかと考えられています。

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