難病「FOP」とは?
筋肉の中に本来ないはずの骨ができる難病「進行性骨化性線維異形成症(FOP)」で、骨のもとになる細胞を増やしているたんぱく質を突き止めたと、京都大iPS細胞研究所などの研究チームが発表しました。
FOP(線維性異形成症、Fibrodysplasia Ossificans Progressiva) は、非常に稀な進行性遺伝性疾患で、主に筋肉や腱、靭帯などの軟部組織が骨に置き換わる異常な状態(異所性骨化)を引き起こします。
この疾患の進行により、関節の動きが制限され、身体機能が大きく低下します。
FOPは世界中で極めて少数の患者が報告されているのみで、一般的には200万人に1人の割合とされています。
FOPは軟部組織に正常な骨組織が形成されてしまう疾患で、異所性骨化(通常は骨が形成されない場所に骨が生じる現象)が特徴的です。
この異常な骨化が進行性であるため、関節の動きが次第に制限され、日常生活が困難になることがあります。
先天的な徴候として出生時の特徴的な異常が挙げられます。
これは足の親指の形状が短く、外向きに曲がっている(ほぼ全患者に共通)事が特徴で、この異常がFOPを早期に診断する手がかりとなります。
症状の進行は乳幼児期から青少年期にかけて、外傷や炎症を契機として異所性骨化が進行します。
骨化は通常、頸部・肩、背中・体幹、四肢の順序で広がります:
そして最終的に胸郭や顎、脊椎などが固定され、呼吸や食事に影響を及ぼす可能性があります。
トリガーとなる要因は、軟部組織の外傷(打撲や注射など)、ウイルス感染や炎症、外科手術や過度な動きとされています。
痛みや腫れ(特に新たに骨化が始まる部位で顕著)を伴うことが多く、成長障害や運動機能の低下が報告されています。
FOPの根治療法は現時点では存在していませんが、症状の進行を遅らせたり、生活の質を改善する方法が検討されています。
まず非手術的管理が推奨されます。
外科的処置(異所性骨の切除など)は避けるべきであり、切除後にさらに骨化が進行するリスクが高いためです。
そしてとにかく外傷や炎症を可能な限り避けることが推奨されます。
薬物療法としては、痛みと炎症を軽減する目的で非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が使用されます。
現在、骨形成を阻害する実験的薬物治療が研究中(たとえば、レチノイド受容体拮抗薬や免疫抑制薬)であり、今後の研究の進展が期待されています。
また、遺伝子治療や分子標的治療の開発が進められています。
FOPは進行性の病気であり、最終的に多くの身体機能が失われることがあります。
しかし、現在も研究が進められており、治療の進展が期待されています。
FOPの原因遺伝子、ACVR1
FOPの原因はACVR1(別名:ALK2)遺伝子の変異です。
ACVR1遺伝子(Activin A Receptor Type I)は、骨や軟部組織の発生、成長、修復に関与する重要な遺伝子で、TGF-β(Transforming Growth Factor Beta)スーパーファミリーに属するシグナル伝達経路の一部を形成します。
この遺伝子に異常が起こると、特定の遺伝性疾患や病態に関連することがあります。
この遺伝子の正式名称は、Activin A Receptor Type Iで、日本語名ではアクチビンA受容体型Iと呼ばれています。
ACVR1遺伝子はALK2(Activin Receptor-Like Kinase 2)と呼ばれるタンパク質をコードしています。
ALK2は細胞表面に存在するセリン/スレオニンキナーゼ型受容体であり、主にTGF-βスーパーファミリーのリガンド(たとえばBMP-2、BMP-4、BMP-9など)と結合して信号を伝達します。
リガンドが受容体に結合すると、ACVR1は受容体型IIキナーゼ(たとえばBMPR-IIやACTR-II)と協力してSmadタンパク質を介したシグナル伝達を活性化します。
ACVR1はBMP(Bone Morphogenetic Proteins)によるシグナル伝達に関与し、骨芽細胞や軟骨細胞の分化と増殖を制御します。
また、細胞周期や分化の調整を担い、組織の正常な発達に寄与、さらに組織再生や修復過程で重要な役割を果たします。
ACVR1遺伝子の異常と関連疾患
FOPは、ACVR1遺伝子の特定のミスセンス変異(R206H)が原因で発症します。
この変異により、ACVR1受容体が異常に活性化し、軟部組織が異所性骨化します。
正常では骨形成が行われない部位でBMPシグナルが過剰に活性化され、異常な骨が形成されます。
そして小児型脳幹部グリオーマ(DIPG)の一部で、ACVR1の特定の変異が報告されています。
腫瘍細胞の分化や増殖を制御するシグナル伝達経路が異常になり、腫瘍の進行に寄与すると考えられています。
また、BMPシグナルが異常に制御されることにより、骨粗鬆症や骨代謝障害に関連する可能性があります。
FOPにおける治療法の開発は、シグナル抑制薬の開発: ACVR1の異常な活性を特異的に抑制する薬剤(例えば、小分子阻害剤)の研究が進行中です。
そして抗体治療: BMPリガンドとの結合を阻害する抗体を用いた治療、iPS細胞: 患者由来のiPS細胞を用いた遺伝子修正アプローチも開発されつつあります。
将来的な課題と研究の方向性として、遺伝子編集(例:CRISPR/Cas9)によるACVR1の変異修正が、FOPや腫瘍などの遺伝性疾患の治療法として検討されています。
ACVR1シグナルの正常な制御メカニズムをさらに解明することが、骨や血管、腫瘍の病態解明につながると考えられています。
ACVR1遺伝子は骨、軟部組織、血管における正常な発達や修復に不可欠な役割を果たしますが、その変異が線維性異形成症(FOP)や特定の腫瘍のような深刻な疾患の原因となります。
この遺伝子を標的とした治療法は、個別化医療や再生医療の未来を切り拓く可能性があり、今後の研究が重要な意味を持ちます。
iPS細胞とFOP
iPS細胞を用いたFOPの治療は、現在研究段階ですが、以下のようなアプローチが進められています。
この方法は、FOPの根本原因を治療する可能性を秘めています。
iPS細胞は患者自身の細胞から作成できるため、ACVR1遺伝子に特有の変異を持つ細胞を使って、FOPの発症メカニズムを詳細に解明する病態モデルを作製できます。
このモデルにより以下が期待されます:
・異所性骨形成を引き起こす詳細な分子メカニズムの特定。
・遺伝子変異に応じた新規治療薬のスクリーニング。
そしてiPS細胞はACVR1の遺伝子変異をCRISPR/Cas9などのゲノム編集技術で修復できる可能性があります。
この遺伝子修復に基づき、正常な細胞を患者の体内に戻す方法が検討されています。
・修復後の細胞を筋肉や結合組織に分化させて移植。
・正常細胞が異所性骨化を抑制する作用を発揮する可能性。
さらに、iPS細胞から作成された病態モデルを使用し、既存薬や新規分子の中からFOPに効果的な薬剤を探すことができます。
特に、ACVR1受容体の異常な活性を抑制する分子を見つけることと、臨床応用が早いリパーパシング(既存薬の新しい適応探し)のアプローチが注目されています。
最後に、iPS細胞を特定の軟部組織(筋肉や腱)に分化させ、その過程で異所性骨形成を抑制する因子の同定や、治療標的の開発が進行中です。
研究チームが明らかにしたこと、BMP-9の関与
研究グループは、患者から遺伝子に変異があるiPS細胞(人工多能性幹細胞)と、その変異を修復したiPS細胞を作製、さらに、それぞれ骨や軟骨のもとになる間質細胞へ変化させて比較しました。
その結果、遺伝子変異がある間質細胞は「BMP-9」というたんぱく質があると活発に増殖することがわかりました。
BMP-9(Bone Morphogenetic Protein 9、骨形成因子9)は、TGF-β(Transforming Growth Factor Beta)スーパーファミリーに属する多機能タンパク質です。
このファミリーのタンパク質は、細胞の成長、分化、およびアポトーシス(プログラム細胞死)の調節に関与しており、主に骨形成や軟骨形成に関与します。
BMP-9は分泌型タンパク質で、細胞外環境において作用し、活性型BMP-9は成熟型ペプチドとして働き、受容体に結合してシグナルを伝達します。
そしてBMP-9は主にALK1(Activin Receptor-Like Kinase 1)受容体を介して作用します。
このシグナル伝達にはSmadタンパク質が関与しており、細胞内で遺伝子発現を調節します。
BMP-9は強力な骨誘導因子であり、骨芽細胞や間葉系幹細胞を分化させる作用を持ちます。
また、ALK1受容体を介して内皮細胞の増殖や分化を調節し、新しい血管の形成(血管新生)に関与します。
さらに軟骨細胞の分化を促進し、関節や軟部組織の維持を助ける役割を果たします。
BMP-9の異常な調節やシグナル伝達の変化は、以下の病態に関与しています:
FOPでは、BMP-9が異所性骨形成を促進する可能性があり、 ACVR1遺伝子変異によってBMP-9シグナルが過剰に活性化されると考えられています。
また BMP-9の欠乏や過剰が、骨粗鬆症や骨形成異常と関連していると考えられており、高齢化社会において重要な研究対象とされています。
BMP-9は骨形成や血管新生において重要な役割を担う多機能タンパク質です。そのシグナル伝達経路は、正常な組織形成において不可欠である一方、異常な活性化は疾患の原因にもなります。
BMP-9の研究は、基礎科学から応用医療まで幅広く展開されており、今後の医療や治療法の開発に大きく貢献する可能性があります。