メダカを彩る多様な色素細胞が生まれるしくみを解明

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色素細胞の発生メカニズムを解明

国立大学法人東海国立大学機構、名古屋大学大学院理学研究科の橋本寿史講師を中心とする研究グループは、基礎生物学研究所、イギリスのバース大学との共同研究で、メダカとゼブラフィッシュ用いて魚類の黄色素胞が発生するメカニズムを解明しました。

 

研究成果は、イギリスの国際学術誌である「Development」に、「A gene regulatory network combining Pax3/7, Sox10 and Mitf generates diverse pigment cell-types in medaka and zebrafish」というタイトルで掲載されました。

 

ヒトは、メラニンという色素の産生を担当するメラノサイトという細胞を持っています。

このメラノサイトは色素細胞に分類され、メラノサイトが産生するメラノサイトの種類や量が体色に関わっています。

 

魚類の場合は、メラノサイトに該当する黒色素胞のほか、黄色の黄色素胞や虹色の虹色素胞といった多様な色素細胞ももっています。

しかし、メラノサイト、黒色素胞以外の色素細胞は発生する仕組みはわかっていませんでした。

 

色素胞は、変温動物における色素細胞とされています。

細胞外に色素を分泌する恒温動物の色素細胞とは異なり、細胞内に色素顆粒や反射小板と呼ばれる細胞小器官を持っています。

作り出す色によって、黒色素胞、赤色素胞、黄色素胞、白色素胞、虹色素胞、青色素胞の6種類が知られており、この細胞群は、いずれも神経冠に由来しています。

 

色素胞の細胞運動は短時間における体色の変化に関与しています。

また、環境の変化などにより起こる生体組織中の色素胞の細胞数・分布や色素胞が含有する色素顆粒・反射小板の数量の変化は長時間における体色変化に関与しています。

 

動物の中には体が様々な色になる種が少なくありません。

このような体色を作るため、脊椎動物は色素細胞というからだに「色」をつけることに特化した細胞を持つようになりました。

ただ、色素細胞の種類は動物によって異なります。

たとえば、私たちヒトを含む哺乳類と鳥類はメラニンを産生するメラノサイト1種類しか持っていませんが、魚類を含む他の脊椎動物は、メラノサイトに相同な黒色素胞のほか、黄色の黄色素胞や虹色の虹色素胞といった多様な色素細胞を持っています。

 

脊椎動物の色素細胞は色素幹細胞とよばれる幹細胞から分化します。

哺乳類の研究によって、メラノサイトが色素幹細胞から分化する過程を制御するしくみは知られていました。

その一方、魚類に複数種類存在する色素細胞も共通の色素幹細胞から分化すると考えられてきましたが、そのしくみは分かっていませんでした。

 

研究グループはメダカとゼブラフィッシュを用いて、黒色素胞の発生に必要な遺伝子のセットに、別の遺伝子Pax7のはたらきが加わることで黄色素胞が発生する、というしくみを明らかにしました。

 

この結果は進化の過程で、魚類は脊椎動物の祖先が持っていた黒色素胞をつくるしくみを流用して黄色素胞をつくるようになったことを意味しています。

また哺乳類は一度獲得したPax7のはたらきを失って黄色素胞を作らなくなったのではないかと研究グループは推定しました。

どのような研究か?

この研究のポイントを簡単にまとめると次の3点になります。
・魚類は黒色素胞や黄色素胞など、体色を決める多様な色素細胞を持っています。
・今回メダカを用いて、黒色素胞をつくる遺伝子のセットに別の遺伝子の作用が加わって、黄色素胞が発生すること示す証拠を得ました。
・魚類では黒色素胞をつくるしくみを使いまわして黄色素胞をつくれるように進化したと推定され、また私たち哺乳類は、一度獲得した黄色素胞をつくる遺伝子のはたらきを失うように進化したと推定されます。

 

この研究では、まず、ヒトを含む哺乳類のメラノサイトの分化に関わる遺伝子群に着目し、そこで鍵となっている3つの遺伝、Sox10, Pax3, Mitfをターゲットとして解析に着手しました。

その結果、この3つの遺伝子は魚類の黒色素胞の分化においても同様に働いていることが確認されました。

 

この3つの遺伝子に、もう1つ遺伝子、Pax7を追加すると、メダカ、ゼブラフィッシュにおいては、黄色素胞の分化が制御されました。

つまり、黒色素胞と黄色素胞はその分化の過程で途中まで同じ鍵遺伝子セットの制御を受けますが、もう1つ別の遺伝子が働くか否かで、最終的に黒色素胞になるか黄色素胞になるかが決まります。

 

解析した遺伝子セットに含まれるMitfは、遺伝子セットの中で中心的な役割を果たす遺伝子と考えられており、Mitf遺伝子を欠損したメダカの変異体では、黒色素胞も黄色素胞も分化しませんでした。

この結果は、メダカの色素細胞の発生において、Mitfが黒色素胞の分化にも黄色素胞の分化にも必要であることを意味します。

 

ヒトにおいても同様の現象が見られます。

メダカではMitf遺伝子の変異のみで黒色素胞の分化にも黄色素胞の分化が停止しましたが、ヒトにおいてはSox10およびPax3Mitfのいずれかに変異が起こると、メラノサイトの形成不全がみられます。

この現象はすでに疾病として認識されており、ワールデンブルグ症候群として知られています。

 

メダカ、ゼブラフィッシュで研究を行うことの意義

メダカが生命科学の研究にモデル生物として用いられたのは、明治時代の会田龍雄、山本時男、江上信雄などの生物学者の存在が大きく影響しています。

現在ではメダカは一般的にモデル生物として使われており、海外の研究室でも“Medaka”として使われています。

 

当時、日本においては全国的に分布しており入手が容易であることがまず挙げられ、温度耐性、耐塩性を持つため、飼育も容易です。

さらに飼育のためのランニングコストが非常に安く、繁殖が容易であるため遺伝学的な研究に使いやすいことも長く使われている理由です。

さらに、卵と胚の体が透明なため、観察に適しています。

 

メダカは観賞魚として江戸時代から親しまれており、様々な遺伝子変異体は「珍しい形をしたメダカ」として珍重されていました。

そのため、それらの遺伝子変異体が失われることなく引き継がれており、遺伝学的な知見を早い時期から得ることができたこともモデル生物として定着した一因です。

 

一方でゼブラフィッシュは、世界的に使われているモデル生物ですが、使われている理由はメダカとほぼ同じで、メダカが自然に生息しているか、ゼブラフィッシュの方が入手しやすいか、の違いでモデル生物として使うかどうかが決められています。

 

メダカ、ゼブラフィッシュは脊椎動物のモデル生物として使われる事が多く、同じくモデル生物である線虫、ショウジョウバエが脊椎動物ではない点では有利とされています。

 

本研究の意義

この研究で明らかになった黄色素胞の発生メカニズムは、脊椎動物の進化において黄色素胞が創出された経緯を考察するのに重要な意味を持ちます。

脊椎動物の祖先種はおそらく黒色素胞の原型のような細胞を持っていたと考えられ、魚類の誕生にともなって、この遺伝子セットにPax7が何らかの要因で追加されました。

このことで、魚類は黄色素胞を作ることができるようになったと考えられます。

また反対に、鳥類と哺乳類では、色素細胞の分化におけるPax7の作用が失われたことで、黄色素胞を作ることができなくなったと説明できます。

 

今回の研究成果がヒトにどう役立つかという点ですが、すぐに応用できるという結果ではありません。

しかし、色素細胞が関与する疾病は存在しており、これらの疾病の理解にいずれ大きな役割を果たすと考えられます。

 

また、色素幹細胞から発生するメカニズムが明らかになれば、iPS細胞から色素細胞を分化させ、研究に用いることも可能です。

つまり、色素細胞に分化させる培養方法の確立にはこの研究成果が非常に重要な役割を果たすことがほぼ確実と考えられ、この研究チームの今後の研究は注目すべき研究であるといえます。

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