順天堂大学発「子宮頸がんに対するiPS細胞由来CTL療法の医師主導治験」開始

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順天堂大学で子宮頸がんに対するiPS細胞由来CTL療法の医師主導治験開始

順天堂大学大学院医学研究科 血液内科学 安藤美樹教授、細胞療法・輸血学 安藤純教授、産婦人科学 寺尾泰久教授、東京科学大学 中内啓光教授らの研究グループは、2018年から日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム、2021年から再生医療実用化研究事業の支援を受け、iPS細胞技術および遺伝子編集技術を用いて作製された健常人由来細胞を用いる他家CTL療法の研究開発を進めてきました。

 

そして今回、AMED再生医療等実用化研究事業において、HPV16型陽性の子宮頸がん患者を対象に、HPV16抗原を標的とした他家HPV特異的CTL療法の安全性評価を目的とした医師主導第I相治験を順天堂大学医学部附属順天堂医院で開始します。

 

ポイントは、

  1. iPS細胞由来抗原特異的細胞傷害性T細胞(CTL)療法の安全性評価を目的とした医師主導第I相治験を開始
  2. 使用するCTLは、iPS細胞技術および遺伝子編集技術を用いて、健常人由来細胞から作製
  3. ヒト・パピローマウイルス(HPV)感染細胞を標的としたCTL療法
  4. HLA-A2402を持ったHPV16型陽性の子宮頸がん患者を対象

    の4つです。

     

    iPS細胞由来CTL療法とは?

    iPS細胞由来細胞傷害性Tリンパ球(Cytotoxic T Lymphocyte: CTL)療法は、iPS細胞を用いて、特定のがん細胞やウイルス感染細胞を攻撃する能力を持つCTLを作製し、患者に投与する治療法です。

    従来のCTL療法(細胞傷害性Tリンパ球療法:iPS細胞由来ではない細胞を用いる治療方法)の課題を克服し、大量生産やHLA適合細胞のストックが可能になることで、がん免疫療法やウイルス感染症治療の新たな選択肢として期待されています。

     

    従来のCTL療法の課題は、患者自身のCTLを増殖させるには数週間から数ヶ月の時間がかかる、しかしCTLは複製疲労し、長期間の培養が難しく大量のCTLを得ることが難しい、特異的な抗原を認識するT細胞の確保が困難であり、 HLA適合問題がある、という課題がありました。

     

    そこでiPS細胞の持つ 「無限増殖能力」 と 「分化多能性」 を利用することで、安定的に大量のCTLを作製し、患者ごとにカスタマイズした免疫細胞療法を提供できる方法が開発されました。

     

    まず患者自身のT細胞(または他の細胞)を用いて、リプログラミング因子(OCT4、SOX2、KLF4、c-MYCなど)を導入し、iPS細胞を樹立します。

    自己移植型、他家移植型二つの方法があり、自己移植型では患者由来のT細胞を初期化し、 患者のCTLを採取、iPS細胞に変換後、再びCTLへ分化させます。

    他家移植型はHLA適合ドナー由来iPS細胞を利用する方法で、HLAバンクに保存されたiPS細胞を用い、適合する患者に移植する方法です。

     

    iPS細胞からT細胞前駆細胞への分化は、まず胚様体(EB: embryoid body)やOP9/DLL1共培養法などを用いて、T細胞前駆細胞を誘導する所から始まります。

    そしてThymic-like(胸腺様)環境で、CD4⁺/CD8⁺の二重陽性T細胞へ分化させます。

     

    次にCTLへの分化と特異的抗原認識のステップに入り、標的とするがん抗原やウイルス抗原に応じたCTLへと誘導します。

    ここでは遺伝子改変(TCR導入やCAR技術)を行い、特異性を高めるために、特定の抗原を認識するTCRを導入 、またはがん抗原に特異的な人工受容体を付加し、より強力なCTLを作製するといった方法が使われます。

     

    そして大量培養を行い、機能的なCTLを選別、ここでは免疫抑制因子(PD-1など)の発現を制御し、より長く活性を保つCTLを作製、さらにHLA適合性を確認し、移植可能なCTLを選別します。

     

    次は患者への移植ステップになります。

    まず事前に放射線や化学療法で腫瘍免疫環境を整え、iPS細胞由来CTLを投与します。

    そして投与後のCTLの生着・増殖を確認し、免疫反応をモニタリング

     

    iPS細胞由来CTL療法の利点は、大量生産が可能、 iPS細胞から無限にCTLを作製できる、標的特異性の向上、TCR-TやCAR-Tを組み合わせて高精度なCTLを作製などがあります。

    さらにHLA適合問題の緩和が期待できることも重要で、 HLAバンクを利用して多くの患者に対応が可能です。

    老化したCTLではなく、若く活性の高いCTLを移植可能で、iPS細胞を冷凍保存し、必要時にCTLを作製できるというのも大きな利点です。

     

     

    血液がん(白血病、悪性リンパ腫、骨髄腫)、固形がん(肺がん、胃がん、膵がん、前立腺がんなど)などのがん療法に単独、またはがんワクチンとの併用療法で使われる事が予定されていますが、ウイルス感染症治療、EBウイルス(EBV)関連リンパ腫、サイトメガロウイルス(CMV)感染症、HIV/AIDSに対するCTL療法も期待されます。

     

    現時点での課題としては、iPS細胞由来のCTLが腫瘍化しないかの確認が必要、ゲノム編集を施したCTLの長期的な影響を評価する必要がまず挙げられます。

     

    さらに免疫拒絶の問題、製造コストの削減、まだ臨床試験段階であり、大規模な治験を経て実用化する必要がある。免疫療法と従来の治療(化学療法・放射線治療など)との併用戦略の確立も課題です。

     

    iPS細胞由来CTL療法は、がん免疫療法やウイルス感染症治療に革命をもたらす可能性のある技術です。

    特に、「大量生産が可能」「特異的なCTLを作製できる」「HLA適合問題を克服できる」 という点で従来のT細胞療法よりも優れています。

     

    しかし、安全性やコスト面での課題が残されており、今後の臨床試験や技術開発が鍵となります。

    将来的には、「がんに対するオーダーメイドCTL療法」 や 「感染症の長期的管理」 など、新たな医療の可能性が広がると期待されています。

     

    対象疾患の子宮頸がんについて

    子宮頸がんは、主にHPV感染が原因で発生するがんであり、女性の主要ながんの一つです。子宮頸がんワクチンは感染予防には有効ですが、できてしまったがんには有効ではありません。

     

    現在の標準治療法には、外科手術、放射線療法、化学療法およびこれらの組み合わせがあります。

    しかし、進行がんや再発がんの場合、これらの治療法が有効でないことが多く、予後不良であることが大きな問題であり、有効性の高い治療方法の開発が切望されています。

     

    子宮頸がんは、子宮の入り口(子宮頸部) に発生するがんで、主にヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が原因とされています。

    特に HPV16型と18型 は高リスク型とされており、がん化のリスクが高いと知られています。

     

    子宮頸がんの原因は、まずヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が挙げられます。

    このウイルスは性行為を介して感染するウイルスで、多くの人が一生に一度は感染するとされます。

    ほとんどの感染は免疫機能によって自然に排除されるが、一部の感染が持続するとがん化のリスクが高まります。

     

    他にも、喫煙(発がん性物質がHPV感染細胞のDNA損傷を促進)、長期間の経口避妊薬(ピル)使用、多産(妊娠・出産の回数が多い)、免疫抑制状態(HIV感染など)、性行動の早期開始、複数のパートナーとの性交渉も原因とされています。

     

    子宮頸がんの発症メカニズムは、子宮頸部の上皮細胞にHPVが感染、前がん病変(異形成) から上皮内がん(CIS)へと進行し、浸潤がんとなってがん細胞が基底膜を破り、周囲組織へ浸潤・転移します。

    進行すると子宮だけでなく、膀胱、直腸、リンパ節、さらには遠隔転移を起こすこともある。

     

    子宮頸がんの治療は、がんの進行度(ステージ) によって異なります。

     

    前がん病変(CIN:子宮頸部上皮内腫瘍)では経過観察(軽度の場合、自然消失することもある)の後、円錐切除術(LEEP・レーザー蒸散術)を行い、子宮頸部の異常細胞を切除します。

    この場合、妊娠の可能性を残すことができます。

     

    早期(ステージI)では、子宮頸部円錐切除術(妊娠を希望する場合)、単純子宮全摘出術(子宮を全て摘出)、広汎子宮全摘出術+骨盤リンパ節郭清(進行リスクがある場合)が選択され、進行期(ステージII以降)では、手術+放射線療法(化学放射線療法)、放射線療法(外照射+腔内照射)、化学療法(シスプラチン+パクリタキセルなど)、免疫療法・分子標的療法(ベバシズマブなど)そして近年、免疫チェックポイント阻害剤(ペムブロリズマブ)が適応拡大中です。

     

    今回発表された治験は、HPV16型陽性子宮頸がん患者で再発後に既存の治療による効果が見込めない患者を対象としており、本治験で安全性を証明し、今後の第Ⅱ-Ⅲ相試験で有効性が証明できれば、これまで有効な手立てのなかった再発・難治性子宮頸がん患者に対して、新たな治療法となる可能性があります。

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